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「妊婦に優しくない職場」なのか

—看護現場で感じる違和感—


「ここは妊婦には優しくない職場だ。」


ある妊婦の看護師が、そう口にした。

その言葉を聞いた時、私は思わず立ち止まった。

——本当にそうなのだろうか。

看護の現場では、妊娠したスタッフへの配慮は決して少なくない。

急な体調不良があれば、勤務途中でも帰宅できるよう調整する。
妊婦健診の日は、特別休暇として勤務表にあらかじめ組み込む。
重い物の運搬や長距離の移送は、「お腹が張るから」と免除される。
ナースコール対応を減らし、身体的負担を避けるよう配慮されることもある。

もちろん、それは必要なことだ。

妊娠・出産は命に関わる。
母体を守ることは、何より優先されるべきだ。

そこに異論はない。

むしろ、しっかり守られなければならない。

けれど、その一方で、現場にいるとどうしても感じてしまう“違和感”がある。

本当に、職場は冷たいのだろうか

たとえば——

「重いものは持てない」
「長く歩くとお腹が張る」

そう言いながら、休日には家族と旅行へ出かける。

もちろん、仕事と私生活は違う。

そこを単純に比べるのは乱暴かもしれない。

けれど、そのしわ寄せを日々受けている側には、複雑な感情が残る。

▶️誰かの分の業務を引き受ける人がいる。
▶️急な欠勤をフォローする人がいる。
▶️勤務変更で休日を削られる人がいる。

その“見えない負担”は、決して小さくない。

さらに、妊娠前から

「不妊治療があるので土日は休みたい」
「子育てがあるので夜勤は難しい」


そうした事情に配慮しながら、勤務を組む上司の苦悩も私はたくさん見てきた。

現場は、いつも誰かの善意で回っている。

その現実を忘れてはいけないと思う。


“配慮される側”だけの視点になっていないか

妊娠することは尊い。

出産も、子育ても、社会にとって必要不可欠なことだ。

だからこそ、守られるべきである。

でも同時に、それは本人の意思による選択でもある。

だから私は思う。

「守られて当然」
ではなく、

「支えてもらっている」
という視点も必要なのではないか、と。

初産婦なら、分からないことも多い。
不安も大きいだろう。

けれど、経産婦であれば、身体の変化や働き方の難しさはある程度予測できる。

その中で、

自分はどう働くのか。
どこまで責任を持つのか。
周囲にどれだけ配慮できるのか。

そこへの自覚もまた、大人として必要だと思う。


看護師は“人の世話をする仕事”だからこそ

私たち看護師は、人の世話をする仕事だ。

患者の命を預かり、
生活を支え、
不安に寄り添う。


だからこそ思う。

人の世話をする前に、
まず自分の世話ができなければ、この仕事は成り立たないのではないか。

▶️体調管理。
▶️生活管理。
▶️感情のコントロール。
▶️責任ある行動。

それらを含めて、“プロ”なのだと思う。

いつまでも

「子どもが子どもを産み育てる」

ような感覚では、現場は支えきれない。

妊娠したから守られる、ではない。

守られるに値する信頼を、日頃から築けているか。

そこが問われているのではないだろうか。


働きにくい環境は、誰が作るのか

「働きにくい職場」

そう感じる時、人はつい原因を周囲に向けたくなる。

▶️上司が悪い。
▶️職場が冷たい。
▶️制度が足りない。

でも、本当にそれだけだろうか。

職場の空気を悪くするのは、制度ではなく“人の態度”であることも多い。

感謝がない。
当然だと思っている。
負担を受ける側への想像力がない。

そうした小さな積み重ねが、

「妊婦に優しくない職場」

を作ってしまうこともある。

優しさとは、与えられるものではない。

互いに作るものだ。

支える側にも事情があり、
支えられる側にも責任
がある。

そのバランスが崩れた時、現場は苦しくなる。

看護の現場だからこそ、
そのことを忘れてはいけないのだと思う。


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7010nsous|看護師×公認心理師×第一種衛生管理者 応援いただきありがとうございます❗️ いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます‼️ 今後ともよろしくお願いします。