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丸山健二を初めて読んだのは、大学2年、夏の終わりだった

2011年

丸山健二を初めて読んだのは、1978年、大学2年の夏の終わりだった。残暑がきびしい年だった。実家が田舎なので一番近い隣町の本屋へ行くのにバスで30分を要した。ほとんどが週刊誌、月刊誌しか置いていない小さな本屋だった。多少文庫本が並んでいたが、その冊数もたかが知れていた。その中で「薔薇のざわめき」「明日への楽園」「穴の海」のなどという文庫本を偶然見つけた。タイトルが気に入って、「薔薇のざわめき」を手にとって数ページをめくってみた。文節が短く、よけいな描写がなく、尚且つ映像が目に浮かぶような文章に夢中になり、すぐに虜になった。それ以来、好きな作家は丸山健二、マルケンのまま三十数年変わっていない。

短編の名手、同時に丸山健二の小説は寓話であるなどと言われていた時期がかつてあった。寓話云々については、勘違いも甚だしいと思ったものだった。小説としているが、実は「田舎」のノンフィクションではないか、田舎の、現実の生活で起きていることを小説仕立にしているのではとさえ思った。後に、批評、評論を書いているのは、都会生活者で田舎のことなど何も知らない連中であると確信した。「私だけの安曇野」に至っては、安曇野という地域名の部分を替えたら、まさしくこれは自分の田舎そのものだった。実は日本の田舎の過去、数十年は、広く「安曇野」だったのではないかと想像した。たぶん、文学云々について拒否反応を持つ丸山の視点は、元々気恥ずかしさなど無用な本能から発する視点であり、だからこそ極めて正確に田舎を観察できたのではないかと考える。裏返しとして評論家その他の連中は、同じ日本に居ながら、田舎の視点など微塵も持たず誤解し、一見高尚ぶった戯言を言えたのかもしれない。

小説の本質に関係なく大したことではないのはわかるが気になることがある。些細なことだから誰も指摘しないであろう。農家のことや農作業の描写が出てくると、明らかに勘違いしている部分、誤って理解している部分が必ず何箇所かある。それを指摘できる農家の連中が丸山の文章を読むはずがないだろうし、また丸山健二がそんな農家とつき合うことなどあろうはずがない。

丸山健二は、常に変化し続けている。初期の切れのある文章から読む側のレベルを試すと豪語するぐらいに変わっている。かなり昔の作品で「ぶっぽそうの夜」などは、物語始めから半分まであまりに見事と感じた分だけ、結末への収束の仕方に絶句してしまったことがあった。時々ついていけなくなることを承知で毎度の新作を楽しみにしている。

#丸山健二  

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