食い物に関する自己満足の妄想 ビルトン (Biltong) コン・ビン・ザン cơm bình dân ドリトス(Doritos)
見出し画像は、イタリア、ボローニャの肉屋にて
肉の加工品と言えば、アメリカや、ヨーロッパ、南米を誰でも思い浮かべるかもしれない。アメリカのどこにでも売られている調味料の味しかしない天○印のビーフジャーキーみたいなのは、問題外だ。意外だと思われるほど、逆に驚くほどおいしいのが東、南部アフリカで売られている肉の加工品だ。大概ドライミートなどと呼ばれていた。
まず旅行者の目では気がつかないような住んでいる人しか知らないザンビア在住のギリシャ人が営業している店に置いてあった。41年前、ザンビアのムフリラやキトウェで初めて食べた時、そのおいしさに目を丸くしたものだ。小袋に入った柔らかいしっとりとした乾燥肉。しかも地域ごとに味が違っていた。首都ルサカのはまずかった。マラウイのリロングウェではザンビアのそれではなく、サラミがおいしかった。また、南ア、ケープタウンの空港で全く期待しないで買ったお土産用のドライミートを試しに少し食べてみたら、期待していなかった分、あまりのおいしさに一袋ごと食べてしまった記憶がある。
ヨーロッパの場合、肉に関わってきた歴史が日本とは違い、これまた奥が深いと思わせるほど肉の加工品がおいしい。特にポルトガル、スペイン、イタリアは最高だ。当然、アフリカのようにヨーロッパを持込んだアルゼンチンなどの南米諸国のは、おいしくないはずはないと信じているのだが。
知人によれば、南部アフリカで売られている肉の加工品はヨーロッパよりもおいしいかもなどと言っていた。人それぞれの思い込みだと言ってしまったらそれまでだが。ビルトン (Biltong) のことだ。
オーストラリア旅行でいいことは、大抵のホテルにはキッチンが付いており簡単な料理ができきることだった。ジャポニカ米と醤油はどこの田舎の小さなスーパーマーケットでも売っていた。
長い旅行をするのに、食べたいものが食べられなくなると、旅する事自体が苦痛になってくる。若い時は、どこでも抵抗なく何でも食べられたものだったが、ある程度年をとってからは、夕方など移動に疲れて食事をしようという時に、バターっぽい料理とかパンは我慢できなくなることが多くなった。
アメリカでの旅行では、困った時の中華料理だった。どんな田舎でも中華料理店らしき店は必ずあった。せっかく見つけた店では、スープが先ではなく、おかずとメインとスープを同時に持ってくるようにいつも頼んだ。アメリカ生まれでない中国人のレストランでは、こちらのリクエストをすんなりと受け入れてくれた。最悪だったのは、ユタ州の田舎で食べた中華料理だった。明らかに料理人はアメリカ生まれの二世か三世の、顔だけ中国系だったに違いない。何を食べても砂糖がたっぷりと入った味になっていた。こんな甘い味付けを食べたことがないと言うと、何が不満なのかわからないみたいな受け答えだった。
50mおきに食べ物屋がある東南アジアと違って、食べられる場所を見つけるのが大変だったのは、中東だった。エジプトでも、ヨルダン、シリアでも食堂はどこかといつもきょろきょろしていたような気がする。
逆に、香港では持ち帰りの寿司折と吉野家の牛丼だけでも十分満足した。
ベトナムでの夕食は100%自炊で、米か麺の味だった。一週間に一度メキシコっぽい味が食べたくなり、近くの高層アパートの一階にある食料品店でチリコンカルネの缶詰とドリトスチップスを買い、自分の部屋でゆっくりオリーブの漬物と一緒に食べるのが唯一の貧しい贅沢になっていた。
ベトナム、ハノイでの生活の楽しみは、昼食だった。大概の日本人の好みに合っていた。コン・ビン・ザン cơm bình dân とは、ご飯とお好みの惣菜を選ぶベトナムの昼食だ。当時のレートで昼食は大体150円前後だったと記憶している。2010年当時、ベトナム通貨ドンを日本円に換算する時は、ベトナムドン額の下2桁を取って2分の1にして少し上乗せすれば円相当額になったはずだ。値段の割には、豚の角唐揚、葉物の炒め、高菜漬けとほとんど同じ漬物等、店によって多少違うが、十分過ぎるくらいに満足できた。
今になって悔いが残るのは、コン・ビン・ザンの写真を1枚も撮らなかったことだ。日本人の同僚は、食事前に一皿ごと毎日必ずデジカメに撮していた。それだけでコレクションになったのに。


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