たぶん、少し泣く|最終話 たぶん、少し泣く
前回:第十話 きみの時計
最終話 たぶん、少し泣く
箱の中には、封筒と、写真と、腕時計が入っていた。
腕時計は、もう動いていなかった。
振れば、ネジが巻かれて動きだすだろう。
……そっと置いた。
封筒を手に取り、便せんを広げる。
おしゃれなクラフト紙の封筒と便せんだ。
便せんは、何度も手に取り読んだはずなのに、シワもなく綺麗に畳まれていた。
こんなところが当時のわたしらしい。
”あっちゃんのことは今でも好きです”
”わたしが追い込んじゃったのかもしれない”
”お店を出すことより、一緒にいられることの方が大事でした”
”いつか元気になったら、迎えにきてほしい”
そのようなことが書かれていた。
今でも、それらの言葉は、その時の玲の本当の気持ちだったのだと思う。
けれど、その後の三カ月は、
わたしにとって、マイナスをゼロに戻すための時間だった。
玲にとっては、ゼロから別の方向へ進むための時間だったのだろう。
あとになって、知り合いから聞いた。
玲は、わたしと別れた後、ほどなくして、別の暮らしを始めたらしい。
それを聞いたとき、わたしは何も言えなかった。
ショックではあったが、それでよかったのだと、思う。
写真に目を移す。
ヴェルデで佐伯さんに撮ってもらった写真だった。
やわらかな光を受けた二人が並んで写っている。
「……ばれるよな」
口元が緩む。
記憶は、外国のお菓子の箱の中で、長いあいだ黙っていた。
時計を戻し、写真を戻し、手紙を戻した。
「最後まで、あっちゃんだったな」
小箱を閉じた。
会えない人は、死んだ人と少し似ている。
いつまでも追い続けることに意味があるのだろうか。
今でも玲のことが好きかと聞かれたら、好きだと答える。
けれどそれは、あの頃の、二人で過ごした頃の玲だ。
二十年経った今の玲は、もう、わたしの知らない玲だろう。
わたしも、もう、あの頃のわたしではない。
それでも、もし記憶をなくしてあの頃に戻ったなら、きっとわたしは同じことを繰り返すだろう。
そして、これからも同じ夢を見て、同じように目覚めるだろう。
箱を、もういちど引き出しの奥へしまった。
その上に書類を重ねた。
いつか、この箱を捨てられる日が来るのだろうか。
その時が来たとしても、わたしは変わらない。
それでも、その時は、たぶん、少し泣くだろう。
引き出しを閉じる。
階下で晶乃が呼んでいる。

たぶん、少し泣く
完
