俳優を辞めて、道東で羊飼いになろうとした話。 とある羊飼いのおじさんと出会った。
こんにちは。元看護師で俳優の沼田花香です。
株式会社Filmii(フィルミー)の代表も務めています。
今回は俳優を辞めて羊飼いになろうとした割と最近のエピソードを一つお話しさせてください。
昨年、『春の歩き方』というnoteを書きました。
そこでは、春が来るたびに自分に成長を課してしまうというような話を書きました。まあ、春というか年中そうやって自己と向き合っていたものですから、昨年の夏の舞台のあと、いよいよ身体に不調が出ました。
数年前に看護師を辞めて独立してから、割と一生懸命走り続けて、なんとなく休む機会を見失っていました。
会社をつくったり舞台に立ったり、さらに上京したり、自分の引っ越し、会社の引っ越しまで。
プライベートも含めて延々とバタついていた数年でしたので、コイツなかなか休まないなということで身体が限界サインを出してくれたのかもしれません。
身体ががっくりと調子を落とし、元気を失って、個人的にちょっとしばらく休むわ宣言をしました。
そして気付いたのは、私って休むのが下手なんだということでした。
常に脳味噌が回転しているタイプで、何も考えないということができない。
マグロ(寝てるときも泳ぎ続ける)の如く、動きを止められないので休めない。
今更ながら、切るスイッチが付いていないことに気付きました。初期不良かな。
ちなみにマグロでさえ、夜は泳ぎをゆっくりにして脳を半分ずつ休めているらしいですよ。
上手く休めないなんて、残念ながらマグロ未満の可能性があります。
休むと決めて何も行動をせず、頭だけ動き続けているとどうなるかというと、不安になります。
漠然とした不安。わけのわからないことをぐるぐると悩み始めてしまいました。
それでとにかく思考の末に、羊という動物と出会うことになるのです。
話が飛んで訳がわからないと思いますが、ここを詳しく書くと果てしないため、とりあえず様々な不安から逃げようとしたら出会ったのです。最初は頭の中で。羊と。
羊に興味を持ってからは、はじめにAmazonプライムビデオで『ひつじがすき』を観ました。書籍版があるのでそれも読みました。
そこから多分十冊かそれ以上、羊関連の書籍を読みました。絶版になった羊の本も中古で買って大切に読みました。そして休日は車を走らせ、羊たちに会える場所を訪れる日々を過ごしました。
羊ってなんて可愛いんだ!!!!!!
(暇な人へ。ヴァレーブラックノーズシープの赤ちゃんを調べてみてください)
という衝撃と、
馬や牛や豚よりも先に人間と共にあった人類最古の家畜であると知った感動。知れば知るほど深まる魅力。
一万年前からこの可愛い子たちが、人を癒し、人の腹を満たしてきました。
毛や皮は家やら服やらの素材になり暖を取らせ、血や脂は医療に、腸は食に限らず楽器やスポーツ用品の一部に、とにかく使えない部分なんて少しもない家畜として、ずっと我々と共にありました。
もちろん、可愛いけれど最後には屠畜しなければならないのが人と家畜の関係性。そこには最大限の尊重と感謝があります。
今はアニマルウェルフェアという言葉があって、家畜の自由も定義され、守られるようになっています。
現代において、我々一般家庭の人間は肉を気軽に買って食べているけれど、こういう命のやりとりのありがたみは、やはり意識して生きたいと改めて思わせてくれるきっかけになりました。
日本において羊は、干支の十二支の一員である割に、メジャーな動物ではありませんね。
羊は過去、何度も政治の影に埋もれ、国内で増えては減りを繰り返したちょっとだけ不憫な動物です。
そんな羊と文明開化以降の歩みを学んでみると、自分の出身である北海道と羊の結びつきや、学校で習うような歴史の大枠のストーリーの影に隠れた沢山の人間と羊のノンフィクションがとても面白く感じました。
私は歴史がさっぱりで、学生時代に勉強を頑張らなかったことへの一抹の後悔もあれど、羊に興味を持ったおかげで珍しい切り口からなんちゃってリカレント学習ができたように思います。社会人の学び直しは大切ですね。
さて、できるところまで座学で羊を学んだのち、私は北海道のずっと東にある白糠町に向かいました。羊たちと生きてみたいという気持ちは膨らみ、気付けば沢山の書籍を小脇に抱えて、私は北海道に降り立っていました。
寒い冬の時期に行きましたが、北海道のどこまでも続く広い景色に懐かしさと喜びが湧き上がります。少しの緊張とともに雪を踏みしめました。
白糠町は釧路の近くにあり、この土地で長く羊飼いをされている方が数名いらっしゃって、羊の歴史がある町の一つです。
実は私は本気で羊飼いになりたいと言って、研修を受けさせていただきました。このとき本気で移住して羊飼いにジョブチェンジする覚悟だったのです。我ながら思い切りのいいことです。
ちなみに研修にあたっては、履歴書に職務経歴書、自分の思いを800字程度でという作文の課題にも取り組みました。
農業経験なしで突然羊飼いになりたいとやってきた若者を見た羊飼いのみなさんは、なんでまた羊飼いに?と怪訝そうでした。
それでも自分にできるのは本気を伝えることだと思って、すべて本気で取り組んだのです。
書籍代だって、飛行機代だって、滞在費だって、改めて確認すると相当な額になってしまいましたが、惜しくはありませんでした。
皆さんとても良くしてくださって、「まあ、羊飼いなんてマイナーな仕事だし、未経験で急に始める人が多いから、まだそういう業界だから」と、いろいろなお話を聞かせていただきました。
しかし辞めていく人も多いからこそ、見定められるような視線も感じながら数日過ごしました。
出会って間もなく、羊飼いのSさんから「君は人生二周目だね」と言われました。
「倍速で生きてるし、何を聞いてもそんなふうに答える26歳いないでしょ?異常に落ち着いているね」と。
そこから自分のルーツの話、何をして生きてきたか、羊飼いになって何を達成したいのか、どこでどう生きたいのか、そんなお話をしました。
あんまり深い話をするので、普段誰にも話さないような、自分でもあんまり触らないような自分の奥底の感情とか起源みたいなものを少し掘り起こして、うるっときた瞬間もありました。
短い滞在でしたが、実際よりもずっと長い時間を過ごしたような感覚が残っています。
対話を重ねて、そして何度も問われました。
「羊飼いになって、何をしたいの?」
美味しい肉を生産するとか、一度飲んだ羊乳が美味しかったから羊乳の生産に興味があるとか、羊と暮らすことで人生の手触りが欲しいとか、ましてやどんなビジネススタイルでとか、そんな答えはどうやら求められていないようでした。
ふと私が白糠に辿り着く前、『私の最後の羊が死んだ』という直木賞作家・河﨑秋子さんの著書を読み、とても好きな本だったのを思い出しました。
そして、河﨑秋子さんは実際に羊飼いだったことがありますが、羊の飼い方を教わった方が、このとき私の目の前にいる羊飼いのSさんであることは予想がついていたのです。
「河﨑秋子さんの『私の最後の羊が死んだ』という本を読んだのですが」
「ああ!秋子ちゃんね」
世界は案外狭くて繋がっているのを強く感じる瞬間がときどきありますが、まさに。
「羊飼いになって何がしたいか、秋子ちゃんに聞いたときはね。文章を書きたいって言ったんだ」
……文章?
「羊飼いになって文章を書きたいなんて、最初はエッセイとかそれっぽいことでも書きたいのかなって思ったんだけど、全然違ったね。直木賞作家になっちゃった。秋子ちゃんは最終的には羊飼いをやめちゃったけど、彼女が羊を飼う理由から逸れずに成功したんだから、羊飼いとしても成功だと思う。
他にはチェロを弾きたいからっていう人もいた。
羊飼いになりたい理由と目的を見失うと、金儲けとか、本来なりたかった羊飼いじゃない方向性に走ってしまうから、何のために羊飼いになりたいか、よく考えたほうがいい」
なんだそれ、深すぎる。
この言葉は、人生の本質かもしれない。
これで舞台が一本作れそうな話です。
チェロを弾きたいからとか文章を書きたいからとか、正直その理由を他人が聞いても、羊とどこに接点があるのか理解ができないかもしれません。
本人にしか意味はわからないと思うけど、その軸が一本しっかりとあることが大切なんだと、よく理解のできる話でした。
「はなちゃんはね〜、今すぐ羊飼いになるにはまだ早い気がする」
きっとまだいい上司や大人に出会えていない、そんな話もされたと思います。
「羊を通して色々学ぶ人と、色々学んだ後に羊に落ち着く人がいる。ここで研修しているもう一人の若者は前者だと思って育てているけど、君は……」
ビジネスや芸能の世界から田舎の羊飼いへ。
どこか疲れて老後を迎えるかのように落ち着こうとしていた自分を、きっと見透かされたのだと思いました。
しかし、志は一切否定されませんでした。
否定されないどころか、むしろ会話の折に触れて私自身の持っている力について賞賛していただいたと言えます。
「羊飼いは、農業は、何よりクリエイティブな仕事だ。経営者でビジネスの視点をすでに持ってる君はとても有利だし、すぐにでも羊飼いになれるよ」
流石にそうは思えないけれど、そうだと言うならそうなのかな。
それでも私にはまだやるべきことがあって、もっと学べるチャンスや人として豊かになるチャンスを手放すな、ということかもしれない。
Sさんと握手をして別れ、東京に帰り、自分の人生ってなんだ、何がしたいんだろうと再び考えはじめました。
幼少期に大層苦労したという世界の三大喜劇王の一人、チャールズ・チャップリンの名言にこんな言葉があります。
「最初から多くのことを成し遂げようとして極端な努力をすると、たちまちのうちに全てを放棄することになる。」
2倍速で生きてきた私は多分、8割本気で羊飼いを志していたけど、2割は疲れて全てを放棄しようとしていた。
「何のために意味なんか求めるんだ?人生は願望だ、意味じゃない。」
死んでもハリウッドに行くとか、絶対売れて有名になるとか、別にそんな大層な夢も今はない。
それでもこうなりたいという思いはあるし、せっかく生きるなら格好よく、豊かに生きて、目指すところを達成したいという願望はある。
「わずかの人間で決めた賞なんて、そうたいした名誉ではない。私のほしいのは大衆の喝采だ。大衆が私の仕事を賞賛してくれたならば、それで十分だ。」
私は人の心を動かせるような表現活動がしたいと思っている。喝采は人の心が動いた証拠で、人の心が動くと人生も動くから、確かにそういう表現を目指したい。
今思うことは、いつか、遠い将来でも羊と生きてみたいという思いを大切に、もうしばらく自分らしい人生を頑張っていこうということです。
2倍速だった人生を1倍速に戻して、生き急がず、じっくりと憧れに向かって成長していきたいと思っています。
Sさんはこんなお話もされていました。
「将来の夢は何?ってみんなよく聞くけど、夢なんてなくてもいい。もっと大切なのは、日本はとても恵まれた国だから職業選択の自由があって、夢をみることが許されてるんだって教えてあげること。小さい頃から夢は何ですか?って聞かれすぎて夢がないって悩む人がいるけど、自由があることの幸せを教えてあげることの方が大事だ」
Sさんはモンゴルで暮らした経験があります。
田舎で羊飼いをしていながら、言葉の端々に知性、教養、豊かさを感じました。
私も既に手元にある自由や幸福を実感しながら、好きな表現活動のために、豊かな人になるために、知識や教養を身につけて日々を送りたいと思いました。
羊が大好きになって、羊を追いかけて白糠まで行ったはずなのに、自分の方こそ群れから逃げた迷える子羊だったのかもしれないなあ。
でも羊は群れの生き物だから、逃げても放っておけば戻ってくるのです。
戻ってきたぞ、東京。
また一年、自分らしく頑張ってみます。
道東で出会った沢山の可愛い羊と、温かい言葉をくれた羊飼いに感謝の気持ちを込めて。



※ヴァレーブラックノーズシープを調べてくれた皆さんへ。超可愛かったでしょ!
【追記】
本記事が、株式会社マイナビ×noteコラボ開催の「#未来に向けた挑戦」投稿コンテストにて、入賞に選ばれました。
この記事は、「書く仕事に挑戦しよう」と決めてから書き始めたnoteの第1作目でした。それが受賞に届いたこと、大変嬉しく思っています。本当にありがとうございます。
実は、このエピソードに至るまでの苦悩や葛藤、挫折、その後の再起までを一から書き直し、『創作大賞2026』エッセイ部門に応募いたしました。
ぜひ、そちらもあわせてお読みください。
▼ 創作大賞2026 応募作品はこちら
──中途半端な人生に悩んだ私は、なぜか羊を追いかけた。同じように悩む人に、私を救った言葉たちを手渡します。

