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なぜ生きづらい?リオタールが説く「大きな物語の終焉」を、自分だけの「小さな物語」で乗り越える方法

結論:私たちは、誰もが信じた「大きな物語」を失ったからこそ、自分だけの「小さな物語」に救いを求めます。

理由:社会全体のゴールが見えない時代、手触りのある熱中できるものが、心のコンパスになるからです。

今回は、哲学者の言葉をヒントに、現代の閉塞感の正体と、私たちが今を生き抜くための3つの視点をご紹介いたします。


こんにちは、文翔です。

先日、部屋の掃除をしていたら、小学生の時に書いた自作の物語ノートが出てきました。

あまりの痛々しさに一度はそっと閉じましたが、好奇心には勝てず、恐る恐る読み返してしまいました。

そこには、選ばれし勇者が仲間と共に魔王を倒し、世界に平和を取り戻す…という、それはもう壮大なストーリーが描かれていました。

読み終えた私は、あまりの恥ずかしさに顔から火が出そうになると同時に、ふと思ったのです。

「今の私には、こんなに大きな話は一行も書けないな」と。

世界平和や人類の進歩といったテーマを、何の疑いもなく信じられたあの頃の自分は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか。

今回は、そんな私個人の小さな発見から出発して、この時代全体の大きな謎に、少しだけ迫ってみたいと思います。

 提唱者について

ジャン=フランソワ・リオタール(JeanFrançois Lyotard)/ 1924年 1998年
出典:Wikipedia

フランスの哲学者で、「ポストモダン」という概念を世界に広めた人物です。彼の主著『ポストモダンの条件』は、現代を理解するための必読書とされています。

彼が指摘したのは、かつて社会を一つにまとめていた「大きな物語」の終わりでした。例えば、「科学の進歩は人類を幸福にする」「経済成長はみんなを豊かにする」といった、誰もが疑わずに信じていた共通の目標。

リオタールは、これらの壮大な物語が力を失い、人々がそれを信じられなくなった時代の到来を「ポストモダン」と呼びました。

まるで、国民全員がプレイしていたRPGのメインストーリーが、ある日突然、ぷっつりと途絶えてしまったような状態。

彼の思想は、そんな時代の戸惑いや閉塞感の正体を解き明かしてくれます。

 サービス終了した「大きな物語」

かつての日本には、確かに「大きな物語」がありました。「頑張れば豊かになれる」という、右肩上がりの成長物語です。

それは、まるでドラゴンクエストのように、倒すべき竜(目標)がいて、レベルを上げれば誰もが勇者になれると信じられていた時代でした。

しかし、その物語は終わりを告げます。私たちは、メインクエストを失った広大なフィールドに、一人取り残されたプレイヤーのようです。

どこへ向かえばいいのか、何を信じればいいのか。この羅針盤を失った感覚こそが、私たちが漠然と抱える不安の正体なのです。

だから、私たちは過去を振り返ります。「昭和レトロ」への憧れは、明確な物語があった時代へのノスタルジー。

そして同時に、失われた物語の代わりに、自分だけの新しい物語を探し始めます。それが「小さな物語」への熱中なのです。

壮大な物語という羅針盤を失い、私たちは自分だけのコンパスを探す旅に出ています。

 視点1:「推し」という、自分だけの聖典

「大きな物語」という共通の経典が失われた今、私たちが心の拠り所にするのが「小さな物語」です。

その最たるものが「推し活」ではないでしょうか。

アイドルやキャラクターの成長物語に、私たちは自分の希望を託し、その一挙手一投足に一喜一憂する。

それは、かつて社会が共有していた壮大な神話の代わりに、自分だけが深く信じられる「聖典」を見つけ出す行為に似ています。

重要なのは、それが誰かに与えられたものではなく、自らが見出し、意味を与えた物語であること。

まるで、世界を救うような大それた使命はなくとも、自分の守りたいもののために剣を取る。

そんな『進撃の巨人』のキャラクターたちのように、自分だけの戦う理由を見つけることが、この時代を生きる私たちを支えてくれるのです。

出典:進撃の巨人

 視点2:ノスタルジーを「未来の設計図」にする

「昔は良かった」という感情は、単なる後ろ向きな感傷ではありません。それは、私たちが本当に価値を置くものが何かを教えてくれる、未来へのヒントが詰まったタイムカプセルです。

例えば、あなたが80年代のシティポップに惹かれるなら、それは当時の都会的な洗練や、アナログな音の温もりに価値を感じている証拠かもしれません。

その感覚を、現代の生活にどう活かせるか考えてみるのです。

当時の音楽を聴きながら夜の街を散歩してみる。ファッションに当時のエッセンスを取り入れてみる。

ノスタルジーを、過去に浸るための麻酔ではなく、自分の「好き」を再発見し、未来のライフスタイルを形作るための「設計図」として活用するのです。

過去の「好き」という記憶の断片は、未来の自分を形作るための大切なパーツになります。

 視点3:「共感」ではなく「リスペクト」で繋がる

「大きな物語」があった時代は、「共感」という強い連帯感が社会を支えていました。しかし、物語が多様化した現代では、誰もが同じものに共感するのは不可能です。

ここで重要になるのが、リオタールがヒントをくれる「リスペクト(尊重)」というスタンスです。

あなたの「小さな物語」と、私の「小さな物語」は違う。それでいい。互いの物語を無理に理解したり、共感したりする必要はありません。

ただ、「あなたは、その物語を大切にしているんだね」と、その存在を認め、尊重する。

それはまるで、異なるスタンド能力を持つ者たちが、互いの能力を認め合いながら共闘する『ジョジョの奇妙な冒険』の世界観に似ています。

分かり合えなくても、共にいることはできる。そのくらいの、少しドライで、でも優しい距離感が、これからの人間関係の鍵になるのかもしれません。

 まとめ

壮大な物語の主人公にはなれなくても、私たちは自分だけの物語の主人公にはなれます。

世界は救えなくても、自分の機嫌くらいは自分で救えるはずです。あなたの心が震える「小さな物語」こそが、この広大な世界を歩むための、何よりのコンパスになるのだと、私は信じています。

 今すぐできる3つのこと

1. 今、一番好きな「物語」(本・映画・漫画など)の魅力を、スマホに3行でメモする(3分)

2. 「昔のあれ、好きだったな」と思うものを1つ挙げ、なぜ好きなのか理由を考えてみる(5分)

3. 友人が好きなものについて話していたら、「面白いですね」と、その物語に敬意を払ってみる(10秒)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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参照元:

  •    Lyotard, JeanFrançois (1979). La Condition postmoderne: rapport sur le savoir. Les Éditions de Minuit.

  •    Stanford Encyclopedia of Philosophy: JeanFrançois Lyotard (https://plato.stanford.edu/entries/lyotard/)

  •    The New York Times: JeanFrançois Lyotard, 73, Dies; Philosopher of 'Postmodernism' (https://www.nytimes.com/1998/04/23/world/jean-francois-lyotard-73-dies-philosopher-of-postmodernism.html)

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