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【歴史の再解釈】なぜ、"一夫一婦制"が普通になったのか?人類史が示す「家族のかたち」の真実

結論:私たちが「普通」だと考える一夫一婦制は、農耕社会の発展と私有財産の概念が生んだ、比較的最近の制度であり、その歴史を知ることで現代の多様な家族観を理解できます。

理由:「家族とはこうあるべきだ」という単一の価値観から解放され、歴史上存在した様々なパートナーシップのあり方を知ることで、現代の変化に寛容になる視点を持てるからです。

今回は、人類学や歴史学の知見を基に、私たちが信じる「伝統的な家族観」がいかに新しいものであるか、その変遷を3つのステップでご紹介致します。


こんにちは、文翔です。

「結婚したら、生涯一人のパートナーと添い遂げるのが当たり前」。

多くの人が、そう信じていますよね。

ドラマや映画でも、一夫一婦の恋愛や結婚が「普通」の形として描かれます。

でも、もしその「当たり前」が、人類の長い歴史の中では、ほんの瞬きほどの期間しか主流ではなかったとしたら、どう思いますか?

まるで『DRAGON QUEST』で、ある村では「戦士」こそが最も尊敬される職業だと信じられているけれど、隣の村に行けば「魔法使い」が、海の向こうの国では「商人」が最も重要だと考えられているように。

私たちが唯一絶対の「正解」だと思っている「一夫一婦制」という家族のかたちもまた、数ある文化や時代の中の一つのローカルルールに過ぎないのかもしれません。

この視点は、私たちが無意識に抱いている「常識」を、根底から揺さぶる力を持っています。

提唱者について

このテーマは、一人の特定の提唱者がいるわけではなく、多くの歴史学者、人類学者、社会学者の研究の積み重ねによって明らかにされてきました。

その中でも、ドイツの思想家フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)が、1884年に著した『家族・私有財産・国家の起源』は、この議論の古典的な出発点として知られています。

フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)
出典 wikipedia

エンゲルスは、カール・マルクスの盟友であり、唯物史観の立場から家族の歴史を分析しました。

彼は、人類の原始共同体時代においては、特定のペアに縛られない「集団婚」が主流であったと主張しました。

そこでは、子どもは共同体全体で育てられ、「父親が誰か」ということは重要ではありませんでした。

しかし、農耕が始まり、土地や家畜といった「私有財産」の概念が生まれると、状況は一変します。

男性は、自分が死んだ後、確実に「自分の子ども」に財産を相続させたい、と考えるようになりました。

そのために、女性を特定の男性に帰属させ、その女性が産む子どもが確実に自分の血を引いていることを保証する必要が生まれたのです。

エンゲルスによれば、これこそが「一夫一婦制」の起源であり、それは男女の愛というよりは、男性が女性を所有し、財産を確実に相続させるための経済的な制度だった、と彼は結論づけました。

彼の見解は、その後の研究によって多くの批判や修正を受けていますが、「一夫一婦制が、人類の普遍的な制度ではなく、特定の経済的・社会的条件の下で生まれた歴史的な産物である」という視点を提示した功績は非常に大きいと言えます。

人類史の99%は「一夫一婦制」ではなかった

現代の私たちから見ると驚きですが、人類の歴史の大半を占める狩猟採集時代においては、家族の形はもっと流動的で多様でした。

多くの社会では、複数の男性と複数の女性がパートナーシップを結ぶ「複婚制」や、一時的なペア関係が一般的でした。

子どもは、特定の「核家族」の中だけで育てられるのではなく、血縁を超えたコミュニティ全体で養育されるのが当たり前でした。

「父親」という概念も、生物学的な繋がりというよりは、母親の兄弟など、子どもを社会的に育てる役割を担う男性を指すことが多かったのです。

私たちが「伝統的」だと考える、父・母・子からなる「核家族」というユニットが社会の基本単位となり、一夫一婦制が道徳的にも「正しい」かたちだと見なされるようになったのは、農耕社会が定着し、キリスト教などの一神教がその価値観を広めた、ごく最近の数千年の出来事に過ぎないのです。

「愛」と「結婚」が結びついたのは、もっと最近

さらに言えば、「恋愛感情」と「結婚」が結びつけて語られるようになったのは、歴史的に見れば、さらに新しい現象です。

中世ヨーロッパの貴族社会などでは、結婚は家と家との財産や権力を結びつけるための「政略」であり、そこに個人の恋愛感情が入り込む余地はほとんどありませんでした。

人々が、個人の自由な意思に基づいて、恋愛の末にパートナーを選び、結婚するという「恋愛結婚」が理想とされるようになったのは、個人の自由や権利が尊重されるようになった18世紀以降の近代になってからのことなのです。

私たちがロマンチックなものとして捉えている「結婚」のイメージは、実は非常にモダンな発明品だった、と言えるでしょう。


私たちが「伝統的」と信じる一夫一婦制や核家族は、人類史の視点から見れば、農耕社会が生んだ比較的新しい発明品です。それ以前の長い間、人類はもっと流動的で多様なパートナーシップを築き、コミュニティ全体で子どもを育てていました。

手順1:自分の「当たり前」のルーツを調べてみる

まず、あなたが「家族とはこうあるべきだ」と考えている常識について、「この考えは、いつ、どこから来たのだろう?」とそのルーツを一度探ってみましょう。

「それは、自分が育った家庭環境から来ているのか?」
「学校の道徳教育で教わったことか?」
「テレビドラマや映画が描く理想の家族像に影響されているのか?」

自分の価値観が、普遍的な真理ではなく、特定の時代や文化の産物である可能性を考えてみる。

この客観的な視点が、あなたを「常識」の呪縛から解き放つ第一歩になります。

手順2:世界の「多様な家族のかたち」に触れてみる

次に、現代世界に存在する、多様な家族のかたちについて知識を広げてみましょう。

例えば、チベットの一部地域には、兄弟が妻を共有する「一妻多夫制」の文化が残っています。

これは、兄弟で土地を分割相続すると生活が成り立たなくなるため、財産を一つに保つための知恵です。

また、欧米では、結婚という制度に縛られず、法的なパートナーシップを結ぶカップルや、複数の恋愛関係を同時に築く「ポリアモリー」を実践する人々も増えています。

これらの事例は、何が「普通」で何が「異常」かを決めているのは、自然の摂理ではなく、その社会の文化や経済的な事情であることを教えてくれます。

手順3:自分の「理想のパートナーシップ」を定義してみる

最後に、社会が提示する「普通」のテンプレートを一旦脇に置いて、あなた自身が、パートナーとどのような関係を築きたいのかを、自分の言葉で定義してみましょう。

「法的な結婚は望むか?」
「子どもは欲しいか?もし欲しいなら、どのように育てたいか?」
「経済的な関係はどうありたいか?(財布は別々か、一緒か)」
「お互いの自由や、他の人間関係をどこまで尊重したいか?」

この作業は、既成概念に自分を合わせるのではなく、自分の価値観に基づいて、オーダーメイドの人間関係を設計する試みです。

たとえ最終的に「普通」の形を選んだとしても、自覚的に選んだその形は、あなたにとって全く違う意味を持つはずです。

「当たり前」のルーツを探り、世界の多様な家族観に触れ、そして自分自身の理想のパートナーシップを定義してみる。これらのステップは、社会のテンプレートに自分を押し込めるのではなく、自分らしい「家族のかたち」を主体的に創造していくための知的な冒険です。

まとめ

「一夫一婦制」という、私たちが固く信じてきた「普通」の家族のかたちが、実は人類の長い歴史の中では、数ある選択肢の一つに過ぎなかった。

この歴史的な事実は、私たちを少し不安にさせるかもしれません。

しかし同時に、それは私たちを大きな自由へと解き放ってくれる視点でもあります。

「こうあるべきだ」という一つの正解がないのであれば、私たちはもっと自由に、自分たちにとっての幸せな関係性を探求していいはずです。

私もこの歴史を知った時、自分が無意識にどれだけ狭い「家族観」に縛られていたかに気づき、衝撃を受けました。

そして、現代社会で起こっている、同性婚や事実婚、選択的夫婦別姓といった家族をめぐる様々な変化が、決して「伝統の破壊」などではなく、むしろ人類が本来持っていた「多様性」へと回帰していく、自然な流れの一部なのかもしれない、と感じるようになりました。

それは、硬直した常識から解放され、より広く、豊かな人間社会の可能性を見つめるような感覚です。

今すぐできる3つのこと

  1. 自分の両親や祖父母が、どのような経緯で結婚したのかを聞いてみる(5分)

  2. 「ポリアモリー」「事実婚」など、現代の多様なパートナーシップに関する記事を一つ読んでみる(3分)

  3. もし自分が全く違う文化や時代に生まれていたら、どんな家族を築いていたか想像してみる(1分)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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参照元

#ライフハック #自己啓発 #歴史 #社会学 #家族 #結婚 #多様性 #常識

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