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【社会】普通でいることは本当に幸せ?:フーコーと学ぶ「見えない鎖」から自由になる3つの思考法

結論:私たちが「普通」でいようとすることは、社会の「見えない権力」に従っている状態を自ら作り出すことで改善します。

理由:無意識のルールに気づくことで、自分だけの価値基準を持つことに集中できるからです。

今回は、フランスの哲学者フーコーの考えを基に、この見えない鎖から自由になるための3つの思考法をご紹介致します。


こんにちは、文翔です。

先日、友人とランチをしていた時のこと。
「最近、仕事もプライベートも"普通"すぎて、なんだかつまらないんだよね」と、ふと漏らしてしまいました。
すると友人は「普通が一番だよ!」と即答。
確かにその通りなのですが、心のどこかで「本当にそうだろうか?」と引っかかる自分がいました。
私たちは、いつの間にか「普通であること」をゴールのように設定していないでしょうか。

まるでドラゴンボールの世界で、戦闘力を測るスカウターで「平均値」を叩き出すことに安心しているかのようです。

出典 ドラゴンボール

でも、戦闘力5のおじさんだって、平和な村で幸せに暮らしているかもしれない。

この「普通」という名の呪縛について、フランスの哲学者ミシェル・フーコーの考えが、とんでもないヒントをくれました。

提唱者について

ミシェル・フーコー(Michel Foucault、1926年 - 1984年)
出典 wikipedia

ミシェル・フーコーは、20世紀のフランスを代表する思想家の一人です。

彼は歴史家であり、哲学者であり、社会理論家でもありました。

フーコーの探求は、一つの学問分野に収まりません。

彼は、私たちが当たり前だと思っている「狂気」「医療」「性(セクシュアリティ)」、そして「権力」といった概念が、実は特定の時代に作られた歴史的な産物であることを暴き出しました。

特に彼の父親が外科医であったことから、幼少期から医療や病院というシステムに触れる機会が多く、それが後の「臨床医学の誕生」や権力への問いに繋がったと言われています。

フーコーは、権力が王様や政府のような目に見える形で存在するだけでなく、学校や病院、工場、軍隊といった社会の隅々にまで浸透し、私たちの身体や精神を「規格化」していると考えました。

この「見えない権力」の仕組みを解き明かした彼の思想は、今もなお世界中に大きな影響を与え続けています。

あなたは「監視社会」の囚人かもしれない

フーコーは「パノプティコン」という言葉を使って、現代社会の権力の仕組みを説明しました。
パノプティコンとは、18世紀に考案された円形の監獄のことです。

中央に監視塔があり、そこからすべての独房を見渡せるようになっています。

ポイントは、囚人からは監視塔の看守が見えないこと。

つまり、囚人は「いつ見られているか分からない」ため、「常に見られているかもしれない」という意識から、自ら規律正しい行動をとるようになります。

看守が実際にいなくても、です。

フーコーは、この仕組みが現代社会そのものだと指摘しました。

学校の成績、会社の評価、SNSの「いいね」の数…。

私たちは常に誰かの視線を内面化し、自ら「普通」や「正解」とされる型にはまろうとしていないでしょうか。

これが、フーコーの言う「見えざる権力」による人間の規格化なのです。

権力とは「私たち自身の中にある監視カメラ」である

フーコーによれば、現代の権力は、私たちを力で抑えつけるものではありません。

むしろ、私たち自身が自分を監視し、管理するように仕向ける、もっと巧妙なシステムです。

例えば、健康診断。

私たちは定期的に自分の身体を測定し、「基準値」から外れないように食事や運動に気をつけます。

これは一見、個人の自由な健康管理に見えます。

しかし、そもそもその「基準値」は誰が決めたのでしょうか。

社会が定めた「健康な身体」というモデルに、自ら進んで合わせにいっている、と考えることもできます。

このように、権力は私たちの内側に入り込み、「自発的な服従」を生み出すのです。

フーコーの言う権力とは、私たちを外から縛る鎖ではありません。むしろ、自分自身を監視し、社会のルールに合わせようとする「内なる看守」なのです。

頭の中に設置された監視カメラ、フォトリアリスティック

手順1:「当たり前」を疑う質問を立てる

まず、あなたの周りにある「当たり前」に対して、「なぜ?」「いつから?」と問いを立ててみましょう。

「なぜ、大学を卒業したら就職するのが"普通"なのか?」

「なぜ、この年齢までに結婚するのが"望ましい"とされるのか?」

「そもそも、この"普通"って誰が決めたんだろう?」

このように、常識を一度カッコに入れてみることが、見えない権力から距離を置く第一歩です。

答えを出す必要はありません。

ただ、問い続けることが重要なのです。

手順2:自分の「小さな狂気」を肯定する

フーコーは、社会の規格から外れた人々を「狂人」として排除してきた歴史を明らかにしました。

裏を返せば、「狂気」とは、社会の「普通」に対する抵抗のエネルギーとも言えます。

もちろん、本当に狂人になれという話ではありません。

あなたが「これは自分だけのこだわりだ」「人には理解されないかもしれないけど、これが好きだ」と感じるもの。

それこそが、規格化された社会に対するあなたの「小さな狂気」であり、抵抗の証です。

非効率な趣味、無駄だと思われる時間、誰にも共感されない推し活。

それらを大切にし、肯定してあげましょう。

手順3:自分だけの「生き方の美学」を創造する

フーコーは晩年、「自己への配慮」というテーマを探求しました。

これは、社会から与えられた規範に従うのではなく、自分自身を一個の芸術作品のように捉え、自分だけの「生き方の美学」を創造していく、という考え方です。

何を美しいと感じ、何を善い行いとし、どんな人間関係を築きたいのか。

他人の評価や社会の「普通」を基準にするのではなく、自分自身の心に問いかけ、自分の人生を主体的にデザインしていく。

それは、自分という作品を創り上げる、創造的な営みなのです。

常識を疑い、自分だけのこだわりを大切にすること。

他人の基準ではなく、自分の美学で人生を創り上げていくことが、見えない鎖から自由になるためのステップです。

まとめ

私たちは、「普通」という名の見えない檻の中で、知らず知らずのうちに自分自身を縛り付けているのかもしれません。

ミシェル・フーコーの思想は、その見えない檻の存在に気づかせてくれます。

そして、その檻から抜け出す鍵は、遠いどこかにあるのではなく、私たち自身の内側にあることを教えてくれます。

常識を疑い、自分だけのこだわりを愛し、自分の人生を主体的に創り上げていくこと。

私も「普通ってなんだろう?」と自問するようになってから、他人の目が少し気にならなくなり、自分の「好き」をもっと大切にできるようになりました。

それは、窮屈な制服を脱いで、自分だけのお気に入りの服に着替えるような、晴れやかな感覚です。

今すぐできる3つのこと

  1. 今日一日で「〜すべき」と無意識に思ったことを1つ、メモに書き出す(2分)

  2. 誰にも理解されなくても好きなこと、こだわっていることを1つ、声に出して言ってみる(1分)

  3. SNSのタイムラインを眺めながら「これは誰にとっての"幸せ"だろう?」と心の中で呟いてみる(2分)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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参照元

#ライフハック #自己啓発 #社会学 #哲学 #ミシェルフーコー #生きづらさ #常識 #働き方

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