GACKTを落としたら、猫になるらしい
「あ~…お客さんのスマホ、ここには届いてないですね。落とした場所によって、届くところが変わるんですよ。この先だとメトロの……」
改札になだれ込む人々の列から少し離れた場所で、駅員さんが男性に説明している。私は改札を通り抜けつつ、胃がきゅっと縮むのを感じた。
まったく他人事とは思えない。高校時代に初めて手にした携帯電話からスマホに至るまで、何度落としたり置き去りにしただろう。携帯やスマホを失くすたび、この世の終わりのように落ち込むくせに、対策を怠り続けたせいである。
さすがに現在は悪用を懸念し、スマホストラップという物理で手放せなくする施策と、ケータイお探しサービスの二刀流だ。えばることではない。
さて、かつての私は、紛失しないための対策をサボる割に、いざ落とした時はわざわざ終点の駅まで探しに行っていた。行動力のバランスがバグっている。
大学1年生ぐらいだったと思う。例のごとく電車の中で携帯を落としてしまった。翌日は不幸中の幸いで大学が休みだったため、朝から終点に向かった。
心臓をバクバクさせながら、駅員さんに声をかける。私は「黒い携帯で、着物を着たキャラクターのストラップがついているもの」が届いていないかと尋ねた。駅員さんの目がキラリと光る。
「そのストラップって戦国武将みたいな?」「!!そうです!」
私の脳内で勝利のホラ貝の音が響いた。というのも着物を着たキャラクターの正体は、大河ドラマで上杉謙信を演じたときのGACKTをデフォルメしたものである。
上杉謙信といえば、ど真ん中の戦国武将。ありがとう、勝ちました。
「これですね!」
現れたのは、ひこにゃんだった。
滋賀県は彦根市が誇る、猫のゆるキャラ。
確かに武将みがある。でも駅員さん、ひこにゃん着物着てません、全裸に兜です。絶望する女を前に、ひこにゃんも心なしか気まずそうである。
きみは、持ち主の元に帰れるといいね……と念じながら、反対方向の電車に乗った。
その足でドコモショップに行き、悪用防止の遠隔ロックをかけてもらう。ショップのお姉さんが明るく言った。
「私も電車で財布を落としたことがありますよ~!出てきませんでした!」
慰めにしては少々不穏すぎるが、「大事なものを失くすというのは結構みんなやってしまうことで、あなたが特別ダメな訳じゃないよ」という意味だと拡大解釈をきめた。
それから一週間後。なんとポストに「拾得物のお知らせ」のハガキが届いていた。私はスキップする勢いで、すぐさま指定された警察署に迎えに行った。
今度はちゃんと上杉謙信の衣装をまとったGACKTが出てきた。聞けば「30代の男性」が拾って届けてくれたらしい。
その頃、ちょうどGACKTも「30代男性」だった。一週間ぶりに愛機が戻ってきた興奮もあって、私は「GACKTが拾ってくれたことにしよう」と厚かまくこじつけた。んな訳ないことは承知しているが、詳しい身元が分からない以上はシュレーディンガーの拾い主が成立するのである。
こんな私は「落とし物をしがちな人、だいたい友だち」だと思っている。なので、出先で誰かの落し物を見つけたら必ず届けようと誓っている。今朝のように落とし物をした人を見かけた際は「見つかりますように」と切実に祈る。
これは優しさとか思いやりの類いではなく、
落とし物の神様、見てますか。いま、私は徳を積んでおります。次に私が何かを落としたときは、どうか手元にお戻しください。
こういう、いやらしくて小ずるい思惑が大元にある。
そんなことをするくらいなら、Amazonで紛失防止のエアタグのひとつでも買ったほうがいい。
私が神様なら、こんなやつ絶対にバチを当てている。
