小6、祖母のためにGACKTを推す
「ファンになったきっかけは?」
「おばあちゃんっ子だったので、GACKTのことも好きになりました」
我ながら意味の分からないオタクQ&Aである。
「おばあちゃんがGACKTファンだった?」
「いいえ」
「おばあちゃん、特殊能力もってる?」
「いいえ」
この時点で正解が浮かんだ方、それこそ特殊能力かもしれない。
さて、2026年でGACKTを推して四半世紀になる。四半世紀て。すみません。「世紀」という字づらに急に圧倒されてしまいました。
かつては「Gackt」表記だった彼をはじめて認識したのは、2001年に見た堂本兄弟であることは確実だ。
当時、音楽番組をほとんど見たことがなく、友だちに「剛派?光一派?」と聞かれてもまったく区別のついていなかった私が、どんな因果で堂本兄弟に行き着いたかは謎である。(ちなみに同級生にツヨシがいたので、じゃない方の「光一」と答えた。失礼が過ぎる)
さて、小学6年生になったばかりの私が、はじめてGacktを見た印象は、
「ピアスしてる…不良のひとだ…」
である。
ド田舎で山を駆けずり回り、服のまま海に浸かっていた私はピアスの男性と無縁だった。
ある日、いつも通り居間で祖母と二人で喋っていたのだが、ふと会話が途切れた瞬間があった。その時に何故か、数日前にテレビで見た「ピアスのひと」のことを思い出した。
「ガックンって知っとる?」
口から漏れ落ちてた0.1秒後、いや、知らんよなあ、おばあちゃんやし、と微妙に無礼な一言が脳裏をよぎる。
しかし祖母はヒマワリのような大笑顔で、
「知っとるよ~堂本兄弟毎週見とるもん」
と答えた。全然私よりエンタメに強かった。さあ、予想外の展開というものに心底弱かった私はパニックになった。
そしてパニックのまま、
「ガックンかっこいいよねえ!?」
と超絶ミーハー女子ムーブを展開していた。
あれです、あれ。
「おばあちゃん」という生き物は孫が一度でも「好き」と言ったお菓子を、泣いて拒否するまで山盛りにして食べさせてきますよね?
それと全く同じで。
孫が一度「かっこいい」と言ったGacktの出演番組を、祖母は毎日テレビ欄で確認し「今日はGacktさんが●●に出るよ!!」と鬼電してくれるようになったのである。
もうね、全部見た。
おばあちゃんと楽しくお喋りできる話題ができたのが嬉しくて、実家の犬くらい勢いよく飛び付いた。実家で犬飼ってないけど。
ともかくおばあちゃんのことが、大好きだったので。
その結果、Gacktのことも大好きになった。
ひかえめに笑い、狙わずに面白いことをぽそりと呟くミステリアスな雰囲気 BIG LOVE。
歌も雰囲気も、エピソードトークの面白さも、実はめちゃくちゃ笑顔が可愛いところも、すべてが私の、私たちの世界を彩ってくれた。
おばあちゃんお菓子理論によって、この世にGACKTオタクがひとり爆誕したのだ。
中1になる前の春休みには、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングにゲスト出演するGacktを祖母と並んで見たし、Gacktが「そういえば僕、結婚したんです」と言うので、祖母と一緒に絶叫した。エイプリルフールだった。
毎年の紅白は祖母と正座で見た。
2005年、はじめてライブに行くときに着る服は、祖母が地元イチでっかいイオンで買ってくれた。
初参戦ライブのDVDを見ながら、オタク感性で「Gacktさんの衣装かわいいね!」と私が言えば、
「……似合っとるねえ!」
と怪盗キッドのマジックくらい巧みに同意を避けられた。
2006年にGacktが全国の卒業式をサプライズで訪問をするようになると、祖母は祖母らしくGacktをたたえた。
「テレビでねえ、校長先生が『Gacktさんはお茶の一滴も飲まずに颯爽と帰った』って。立派な人やねえ」
そこなんや、と思った。
祖母は私が大学進学で地元を離れるまで、ずっと一緒にファンをしてくれた。
一緒にライブに行きたいね、という夢は叶えられなかった。それだけが心残りだ。
とにもかくにも今、自分はとても幸せなGACKTファンをやらせてもらっていると思う。
あの時「ガックンって知ってる?」と聞かなければ、あるいは祖母が堂本兄弟を見ていなければ、もしかしたら全く違う人生だったかもしれないと考えて寒気がするくらいには。
祖母が虹の橋を渡ってから、もう15年経つが、毎年、GACKTが卒業式サプライズで学生たちの前で歌う度に、私は「今年もきっとお茶を一滴も飲まずに颯爽と帰るのだろうな」と思いにふけっている。
あと、GACKTさんのピアスめっちゃ増えたなあとも思っています。
おばあちゃんに与えられるがままGACKTを摂取した孫の「現在」はこちら↓
