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小説 本好きの下剋上 制約の中でどう自己実現するのか?

 とにかく面白い、という印象です。本作はマインの目的達成への道のりの面白さと下剋上の快感があります。それは平坦な道でなくいろんなエピソードが積み重ねられますが、その一つ一つが後から考えると意味がわかるような構造になっています。結果的に「本好きの下剋上」のタイトルが回収され、大きなカタルシスが結末にはあります。

〇驚くほどの設定の緻密さと整合性

 図書館や聖典と言った「本」と、神殿や祈りつまり「神」が建国や貴族・魔法システムに深くかかわっていた、という部分が特にいつ設定が固まったんだろう、というくらい整合性があります。しかもストーリーに絡んで、説明ではなくしっかりと話で読み取れるようになっています。

 本作は、貴族社会と神・魔力・世界の関係性の設定は驚くほど緻密です。その点では、過去に見たなろう系の中で突出していると思います。これが当初から考えていた設定なのか、後から付け加えた説明なのか悩むところですが、整合性と構造性があることからある時点で明確に設計図を引いている気もします。

〇本編のローゼマインの1人称と、他人の1人称であるSSによるキャラ付け

 物語は基本1人称のマイン、後のローゼンマイン視点で描かれますが、各巻のプロローグ、エピローグとショートストーリーで違うキャラの1人称視点のエピソードが挿入されます。一人称の本編だけ見ると、ローゼマインに感情移入しますが、そのローゼマインを見ているほかの人物の考えを知る。この構成で世界観と物語に厚みが出ています。

 女性の原作の割にラブストーリー描写は控えめです。フェルディナンド一択なんですけど、実際にそれが明確になるのは後半も後半になってです。途中、アレ?そうなっちゃうの?という展開もあります。

 エピソードの積み重ねを分厚いものにしているのが、本作はキャラ付けがしっかりしていることです。これは貴族社会の設定の緻密さの裏返しでもあり、ショートストーリーの視点の移動の両方により実現されています。ローゼマインを中心にして、その社会の中でどう生きるかという選択がキャラ達
に常にあります。そのドラマの一つ一つが面白いです。

〇テーマは俺TUEEEでもあり、制約の中でどう生きるかでもある。

 この作品はテーマを抽出するのが難しいです。それは本筋の本づくりと下剋上そのもののストーリーがしっかりしすぎて、物語そのものを咀嚼するだけで十分満足できるからです。ローゼマインそのものだけ見ると、一種の俺TUEEEの無双ものと見えなくはないです。ローゼマインは無敵でも最強でもありませんが、結果的に大きな展開そのものは単純と言えば単純です。まあ、好きこそものの上手なれ、と言えなくはないです。欲望のままに自己実現する爽快な逆転ストーリーと見ることはできるでしょう。

 ですが、この作品が分厚いのは貴族社会の描写と、神々に祈る意味が想像よりも密接に物語に関連してくることです。

 窮屈で制約が多い貴族社会の中で、主人公ローゼマイン以外の特に学生のキャラたちが「どう生きるか?」という問題と常に隣り合わせで自分事として考えながら生きています。貴族としての身分、家族関係、魔力量などで決まる結婚相手と職業。エーレンフェストで言えば、ライゼガング、旧ヴェローニカ派という派閥で、出自についての悩みをそれぞれが持っている。

 選択肢がほぼない中でも、自分の適性と自分の立ち場でどうすれば一番いいのか、を常に考えながら生きています。それは大領地のお姫様であるエグランティーヌ、ハンネローレをはじめ、ローゼマインの妹のシャルロッテ、側近のブリュンヒルデ、リーゼレータ、フィリーネ、大領地からローゼマインに仕えるべく乗り込んできたクラリッサ、平民であるトゥーリ等々それぞれが自分の生きる道を模索しています。

 ローゼマインの義理の兄、ヴィルフリートは男性で、出自と育ちに翻弄され、甘やかされて政治に利用され主体性が否定されていく様と対照的です。ただ、彼も結果的には生きる道を見つけます。見つけますが女性たちに比べると描写が残酷です。
 
 また、学生だけでなく大人のキャラにも奥行がある。ローゼマインの貴族における実の母であるエルヴィーラの設定はいろんなところに出てきますが、その不遇をはねのけつつ、派閥を取りまとめ、家庭を取りまとめ、優秀な子を3人育てつつ、執筆、印刷業を成功させる。

 全体として 「女性は社会や家族制度のために子供を作るマシン」に見えなくはないです。これが意図的かどうかですね。

 原作者は中世ヨーロッパのロンドンやパリなどに詳しい気がしました。というのは平民の生活の不潔さ、排泄物や屠殺などの生臭い感じの描写が丁寧です。また、貴族と平民の圧倒的な階級差、貴族のエライさんが決して一人で行動しないところなどリアリティがすごいんですよね。つまり、そういう時代の造形が深いということでしょう。大学のヨーロッパ系の文学とか史学、民俗学をやっている人かなと思ったくらいです。
 そういう知的水準が感じられる設定です。たまたまそういう物語になったとは考えられません。あえて、不自由の中で女性の職業や生き方に焦点を当てている印象を持ちました。

 そういう知的水準の原作者ですから、この貴族制度の不自由さの描写の丁寧さから、実存主義的な「自由という牢獄」構造主義の「構造の奴隷」という哲学的な知識もある気がしました。今の時代、自由こそ最高、個人の権利絶対というときの自由や個人の権利というのは、結局は社会や他者によって決められています。それを勘違いしている状況に一石を投じている気がしました。

 それを感じるのが、神々です。つまり、動かすことのできない仕組みです。この作品において神々はわがままで理不尽で、理解不能です。つまり、自然であり社会のアナロジーです。この自然と神の関連は物語の中核をなします。

 伝統や行事と社会の構造が実が密接につながっている。それを忘れて、伝統を軽んじたが故に国が荒廃し、生産性が落ちるというのも一つのテーマになります。人間が神に祈ることをわすれるから、国が衰退する。その復活はストーリーの幹として貫かれます。
 単純な環境問題ではなく、やはり「構造」つまり自然や社会によって人間は定義され活かされているのだ、という感覚を強く抱きました。そしてある意味では究極のフェミニズムの気もします。女性たちが不自由の中でどう自己実現していくか。後半の女性たちの活躍が素晴らしい作品になっています。

 そして何よりも家族・家族愛を描いています。ローゼマインの行動原理の一つで、この点では本づくりよりも家族でした。もちろん物語としてそれは素晴らしいですし、現代の家族の喪失に対するメッセージも感じました。

〇エグランティーヌとミュリエラが好きかも。

 はじめはローゼマインが一直線に本づくり、図書館づくりに進む。その過程で本当に下剋上する。それが面白い作品でした。初回はその面白さで一気読みに近い感じで読み切りました。
 マイン、ローゼマインはあまりに身勝手で、生前いったん成人しているとも思えない幼さを見せますが、その性格の悪さがあるのでヒロインが聖女にならないで突き進む。それがいいんだと思います。
 
 その上で、作品の構成、サブキャラのエピソードの使い方が上手く、ローゼマインの主観ではない客観的な情報や他人の情報が上手く物語を補完しているんですよね。それがおもしろくて読み込んでいたら、その世界観の一貫性に関心し、そして、現代社会の批判になっている部分があるなあ、と感じました。

 例えばエグランティーヌの視点とローゼマインの視点ですね。ローゼマインから見ればエグランティーヌはあこがれから許しがたい敵になります。現代日本の個人主義的な視点でいえば、ローゼマインに肩入れしたくなる。しかし、世界の理、貴族社会の仕組みから考えれば、そして政変における個人の体験から言ってもエグランティーヌに圧倒的に正義がある。
 そして、責任からの逃げをうったエグランティーヌは、しかし、自ら責任を引き受ける。それは自分の娘のためとも言えるし、社会の構造上そうすることが正しいという判断にも見える。一方でローゼマインはわがままの果てに図書館都市を手に入れる。
 エグランティーヌは責任感と平和への想いから勝手なキャラに見えますが、その出自を考えると納得できます。そして、ローゼマインとの対比で考えると、どうしてもエグランティーヌに肩入れしたくなる。現代でいえば母と大統領を引き受けつつ、わがままな夫を制御する女性として、素晴らしいと思います。何より美しいですしね。一番好きなキャラかもしれません。

 レオノーレも出自が良く強く頭がいい女の割に、女性的な恋心もあっていいですね。ローゼマインの強さのある意味で一番の理解者です。
 クラリッサは自己実現と言えば最高の自己実現を強引に行いました。ギャグ要員、癒しキャラですね。女性版ハルトムート。面白さで言えば最高です。
 フィリーネも下級貴族で貧乏というマイナスをはねのけ、幸せを手に入れました。この娘は癒し枠ですね。

 スピンオフができるくらいだし、ローゼマインの親友なのでハンネローレもいいんですけどね。ちょっとあざといかな。成長はしますけどね。

 その他、面白ポイントやキャラを列挙するときりがないです。私が一番気に入ったのは、ブリュンヒルデやアンゲリカと言いたいですが、実はミュリエラが最高でした。オタク友達ができて幸せそうに語り合っているのが、なんか可愛かったです。それだけでなく、厳しい境遇の中で、自分で選択して道を見つけました。


〇レッサー君が印象的でした。

 シュミル(異世界うさぎ)の図書館の魔道具とかレッサー君とか、小物をコミカルに描くセンスは素晴らしいです。しかも、その小物の特異性をローゼマインの個性、キャラ付けにしてしまっている。

 特にレッサー君は本当に上手く作りましたね。真面目なシーンでも、ローゼマインがこれに載ってヒョコヒョコ移動している姿を想像すると笑ってしまう。ただ、それも羽がなく乗り込み式の設定があるからこそ、ですね。変わっているけど便利で大活躍します。パラダイムシフトとはまさにこのことです。

 女性という視点でいってもスカートで乗り込めるというメリットが大きい。ここをもしフェミニズム的視点でテーマに絡めていたのならすごいですが、これはたまたま上手く設定が機能したんだと思います。

 バスにもなり魔力が使えない人間も荷物も運べる。そして、ディッターでも素材採取でもバリアとしても、宿泊施設としても利用される。最後、巨大化して強敵を倒すところは最高です。

 聖典と礎のカギの関係やメダルと言った設定も、物語の展開と絡んで上手く機能しました。


〇最大のテーマとも言える「家族」ですが…

 そうはいっても、最大のテーマは初期の下町の家族なんですよね。虚弱なマインに愛情をもって育ててくれた家族。ギルベルタ商会はローゼンマインの商売人としての修行の場でした。前半の主要なキャラ達です。 

 ただ、どうも後半の下町家族関係は私はあまり乗れなかった。もちろんマイン、ローゼマインのキャラの複雑さ内面には大きく意味があるし、それがあるから面白いとも言えるのですが…フェルディナンドと家族としての愛、の原点でもあるので、重要ではないという事はない。むしろ、ど真ん中に通っている物語の幹ではあるんですけどね。面白さ、興味という点では2部までで消化してしまった。

 ここは作者の思惑と私の読書の興味がズレたところかもしれないし、逆に後半、下町家族の設定を持て余したような雰囲気もなくはない。正直、再読を何度もしていますが、この家族のパートは流してしまうことは多いです。

 1部2部を面白いと思うか、4部5部が好みかで意見が分かれる気がします。私はやっぱり貴族院が最高でした。

 

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