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【チ部】恥と和解せよ・紹介文という名の感想文

チ部「恥と和解せよ」を読んだ。

ネタバレしない程度に、だがその魅力が伝われとの魂を込めて、この紹介文という名の感想文を書こうと思う。

文フリの当日。
来てくれた方々に自分たちの本を渡しながら、
「そういえば中身を知らないよなぁ」と思いながら売っていた。
だが、これが圧倒的に恥ずかしい本であることは
読んでいなくても自信があったので、
私は「こんにちは!チ部で~す」と道行く人に声をかけたりした。

私がチ部本を手に取り、読み始めたのは皆と解散し、
ここから快活女神に会いに行くという山手線の車内であった。
その後、全体力を使い果たし、眠りにつき、
目が覚めて、早朝の電車で読みふけった。
帰宅し、用事を済ませた後、なんどか体力の限界を迎え、
30分程度の睡眠をとりながら、読み進めていき、
読み終えたのは昼頃であったか。

そして改めて再確認したのだ。
私自身がこの8人のファンであることを。
自分も含めるんかいというツッコミもあろう。
でも自分も自分のファンである笑

ネタバレをせずして、どのように魅力を語るか。
私にはとある方法がある。
それは、「内輪的」な方法である。
私の記事を読む人は、この8人のファンである、
もしくはこれからファンになる可能性が高い。
そうであるならば、すでに出ている記事や、
noteから伝わるその人となりを通して
お伝えしていくということが出来そうだ。

知らない人には読んでも一切わからない、
極めて「内輪的」な方法である。
だがよいではないか。伝われば。
8人の書いたčhib(言葉)はここではさらけ出さないが、
8人の書いてきたものはnoteにあるのだから。

前置きが長くなった。
では行こう。

初めからお伝えしておこうと思う。
この本は「圧倒的なニョロうさぎ的オススメをもって一気読みすべき」である。

なぜか!?
それは、全く異なる8人の物語なのに、それぞれが連なって、
リレーしているかのようなのだ。
「恥」というもののとらえ方や書き方は全くことなるのだが、
最初に始まった物語から、
同じ色がグラデーションのように移り変わっていく。
新しい色が入りながら、だんだんと色がかわりながら受け継がれていく。
そういう無数の虹彩が色を変えながら
初めから終わりにかけて連続的に続いている。
そんな感じだ。

始まりは高らかな巻頭言から始まり、そしてすぐに真っ黒な恋の話の裏側が語られ始める。読みやすくグイグイ進むパワーワードたちに踊らされながらも、かつて綺麗に見えていたものが全然そうじゃねぇかもしれないぞという思いに沈んでしまうのだ。

そして、バトンは受け継がれる。まるで散歩をしているかのような語り口のまま、自然に受け取った語り。自分はあの頃どうだったかという共感と追憶を抱きながらともに散歩していく。ちなみに私も同類である。違う人もいそうだ。だがこの話は確かに恥部だ。

次の走者の語り口は、穏やかだけども時々厳しさも感じる語りである。私が伴走しているこの物語はこれで三周目。今度はどんな光の当たり方をするのだろうと思って読み進めていくと、誰かを探して思わず天を仰ぐことになった。空は青かった。

感情を揺さぶられた後は、誰であれ苦戦する。だが次の走者には関係なかったようだ。何の悩みもなさそうな、変態まっしぐらな妄想を展開し、それを実現せんとひたむきに励む主人公。それは喜劇のくせに、世界を変えかねない。

異世界のその先もやはり異世界だったがファンは皆知っている。日本のどこかの話のようでいて、明らかに何かが、あるいは全部がぐにゃりと崩れる。待ちに待っていた生身の重なり合いの時間は知らない世界の扉をどんどん開いていく。

世界は現実へ。だが逆に、中の人の篤さがゆえに、本当なのか喜劇なのかわからなくなる手触りの世界がまっている。男なら誰もが通る母ちゃんとの攻防。そして、妙にのめり込んでいく出会い。私なら別ルートを行く!と思うのは、没入しているからか。

そして、現実に戻ってきたところで始まる独白。くだらないものを鋭く分析する流派だと思っていたら全く違う、旅人が女神に抱きしめられる話がここでも起こっていることを知る。全然違うと思っていても、原体験に共感できるのは全裸になったからこそなのだろう。

最後はどうやって閉幕するか。そんな思いは読むだけでひりつくような独白で粉々にされていく。読むだけで危ない、ここまで?と思うのは最終走者の葛藤を見てきたからか。予想のはるか上空を行くこのアウトなお話は恥部をぶちまけ続けて終わる。

私は時々、すさまじいものが創作されたときに「神が降りてきた」という。
今までの人生でも数度、noteを始めてからも何度かあったのだが、
この本も神の存在を感じざるを得ない。

正直に言おう。
一人ひとりの話は、私が全員のファンなので「おおおっ!」となる。
すごいし、やばいし、気持ちいいし、気持ち悪い。
私が心躍る、または揺さぶられるのは予想の範囲内なのだ。

だが。

この順番。走順。
どの順番を入れ替えてもしっくりこない。

開幕はゆりこさん以外考えられないし、
そこからの自然な始まりは浮世さんじゃなければならない。
うらのさんの後はニョロうさぎでなければ立ち直れない。
異世界を走り続けるのはやはり再生さんだし、
そこから現実に戻しつつ崩せるのは岩男さんだろう。
そして、とろちまさんが想像もしなかった独白をして、
最後に蛇内さんが危うすぎるものをぶちまける。

どこも変えられないのだ。

この走順は、一番の監督と、八番の副部長以外は
全部あいうえお順である。

ゆりゆりこ
うきよのすけ
うらのそれな
きんだんのにょろうさぎ
さいせいほしゅう
とうきょうろーかるいわお
とろろちまき
やまもとじゃない

つまり、note世界で自分に名付けた瞬間に、この走順は決まっていたのだ。
名付けた瞬間に力を得る。とはよく言う話だが、
名前によって、この神がかり的な走順が決まっていたと思うと
ゾクゾクという電流を感じざるを得ないのだ。

この走順は人によってつけられた順番ではない。
ここに強い神の意志を感じる。

神の誰かが、たぶん言葉の神が、「初めから」いたとしか思えない。
そう。それぞれがnote世界の自分に名前をつけたときから。

なお、神話には終わりがあるが、実話には終わりがない。
もう、物語は次へ向けて回り始めているのだ。

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まだ見ていないが、この神がかり的な一冊を読みたいという方。
こちらで入手可能である。

ぜひ、時間をとって初めから終わりまでぶっ通しで読んでほしい。


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