「WEBデザイナーからグラフィックデザイナーに転職したい!」という若者を保護してしまいそうな話|デザインのあうんVol.2.1
こんにちは。d-fractalのデザイナー、Ochiです。
季節は春めいてきましたが、私の「カフェでのデザイン課外授業」は、まだ細々と続いています。
生徒は、いつものアルバイト店員、今井くん。
かつては操作もおぼつかなかった彼も、今ではすっかりCanvaを使いこなし、お店の季節限定メニューのPOPを自分で作れるまでになりました。
「Ochiさん、今回の桜のシフォンケーキのPOPなんですけど……」
今井くんは、ランチ中の私にスマホでラクスルの注文画面を見せながら、真剣な顔で相談してきます。
「紙の種類、『光沢紙(コート)』にするか、『マット紙』にするかで迷ってて。春だから、テカテカしてるより、マットな方が優しくていいかなって思うんですけど……でも、写真が沈んじゃうかなあ」
「いい着眼点ね! シフォンケーキのふんわり感を出すなら、マット紙は正解よ。写真が暗くなるのが心配なら、Canvaの方で写真をほんの少しだけ明るく補正しておけば大丈夫」
「なるほど! その手があったか。じゃあマットの、厚さは……ペラペラはいやだから110kgくらいで……」
ツールは無料でも、「紙という物質」に落とし込む時の手触りを想像し始めている。その成長ぶりを微笑ましく見ていた、その時でした。
「あの……すみません」
背後から、遠慮がちな、でもどこか切羽詰まったような声がしました。
振り返ると、そこには一人の青年が立っていました。
年齢は20代半ばくらいでしょうか。少し伸びた髪に、疲れが滲んだ目元。手には使い込まれたMacBookを持っています。
「はい? 何か……?」
私が言いかけると、彼は意を決したように、私を真っ直ぐに見つめて言いました。
「失礼ですが……あなたは、『紙』のデザイナーさんですよね?」
■ WEBの海に疲れた青年
「え? ええ、まあ、そうですけど……」
唐突な質問に戸惑う私に、彼は深々と頭を下げました。
「盗み聞きするつもりはなかったんです。でも、後ろの席で、あなたが彼(今井くん)と『紙の厚み』とか『質感』の話をしているのが聞こえてきて……どうしても、声をかけずにはいられなかったんです」
「紙の話、ですか?」
「はい。僕は、WEBデザイナーです。都内の制作会社で働いているんですが……」
彼は、自嘲気味に笑いました。
「毎日毎日、コーディングとバナー制作の繰り返しで。作ったデザインは、ブラウザの更新ボタンひとつで消えてしまうし、スクロールされれば一瞬で消費される。……触れることも、重さを感じることもないんです」
ああ、なるほど。
いわゆる「デジタル疲れ」というやつかもしれません。0と1の世界で、実体のないものを大量生産し続ける虚無感。
「さっき、楽しそうに『マット紙の手触りが』なんて話が聞こえてきて。……羨ましいなって、思ってしまったんです。『手に取れるモノ』を作る仕事が、すごく輝いて見えて」
彼の言葉には、切実な響きがありました。それは、単なる憧れというより、デジタルの海で溺れかけた人が、陸地(リアル)を求めているような、必死さでした。
■ 突然の「職場見学」リクエスト
「僕、WEBの世界に疲れちゃったんです。もっと、温度のある、残る仕事がしたい。……つまり、グラフィックデザインの世界に、転職したいんです」
彼は、私に向かって一歩踏み出しました。
「もしよろしければ……あなたの事務所を、見学させてもらえませんか?今僕休職中なので時間の自由は効きますから、 どんな風に仕事をしているのか、紙のデザインの現場の空気だけでも感じたくて」
「ええっ、事務所を!?」
これには私も驚きました。いきなり見ず知らずの人を、しかも転職希望者を事務所に入れるなんて。普通なら「ごめんなさい」とお断りする案件です。
でも。
彼の、その真っ直ぐで、少し悲しげな目を見ていると、無下にはできない私がいました。
かつて、私が迷っていた時に、ボスが拾ってくれたように。
あるいは、今井くんが私を頼ってくれたように。
この青年もまた、何かを求めて、必死に手を伸ばしている。
「うーん……私の一存では決められないんだけど……」
私は少し考えて、ボスの顔を思い浮かべました。あのボスなら、面白がって「ええで」と言うかもしれません。
(ただし、その横にいるTanakaさんが、どんな顔をするかは想像したくもありませんが……笑)
「分かったわ。ボス……うちの代表に、一度聞いてみる。約束はできないけど、それでもいい?」
「はい! お願いします! それだけで十分です!」
彼の顔に、初めて少しだけ生気が戻ったように見えました。
青年の名前は、竹田くん。
WEB制作会社で3年、消耗しきった若者。
連絡先を交換し、彼が店を出て行った後、今井くんがポツリと言いました。
「Ochiさん、なんか新しい弟子ができたみたいですね」
「弟子じゃないわよ。……でも、なんか放っておけなくてね」
神楽坂の小さな喫茶店で始まった、予期せぬ出会い。これが、d-fractalに新しい風(あるいは嵐?)を吹き込むことになるなんて、この時の私は、まだ知るよしもありませんでした。
お会計を済ませようとレジに向かうと、ショーケースの中の「自家製シュークリーム」が目に止まりました。

こんがり焼けた皮に、溢れんばかりのクリーム。
「……あ、これ」
ボス、シュークリームには目がないんだった。
特に、生クリームたっぷりのやつには。
「すみません、このシュークリーム、テイクアウトで3つお願いします」
ボスにいきなり変な相談を持ちかけるんですから、これくらいの手土産は必要ですよね。
あくまで、「ついで」のお土産ですけど(笑)。
手提げ袋の中で揺れる甘い匂いを感じながら、昼休みの終わった私は事務所への道を急ぎました。
text by Ochi (d-fractal)
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