第5章|AIと「守破離」と120点への道
第4章|AIは過去の最大公約数を出す天才であるからの続きです
「その前に、ところでOchi、『守破離(しゅはり)』って言葉、知ってるか?」
「しゅ、はり?」
突然の聞いたことないことばに、私はキョトンとしてしまった。
「ああ、知ってます」
Tanakaさんが、手元のグラスを置きながら静かに答えた。
「美大時代に、教授に教えられましたけど確か千利休が書いた『利休道歌』に書かれてる言葉ですよね」
「……? ますますわかりません(笑)。ボス、説明してください」
私が助けを求めると、ボスはニヤリとして言った。
「まあそう言われてるな、でも本当はその本をもとに言葉としては江戸時代に体系化されたと言われてるがな」
「本当ですか?」
「ほんとや、うそや思うんやったらそのスマホで検索してみ」
「……あ、本当ですね」
Tanakaさんは軽くため息をつきつ、それを見届けてボスは話はじめた。
「まあそんな感じや」
「なるほど」
「とはいえな、誰が言い出したかは大した問題やない、で、肝心の意味はな」
ボスが続けて説明する。
「この『守破離』いう言葉の意味はな、芸事を習う時の3つの段階のことや。まず最初は、師匠の教えをひたすら忠実に真似る。型を身につける。これが『守』や」
「はい」
「次に、師匠の教えを完全にマスターした上で、自分なりの工夫やアレンジを加えて既存の型を破る。これが『破』。そして最後に、師匠の教えや型から完全に離れて、誰も見たことのない自分だけのオリジナル(新しい型)を獲得する。これが『離』や。この修行のプロセスをまとめて『守破離』言うんや」
「なるほど、すごくわかりやすいです〜! ということは、私たちデザイナーも、まずは先輩の真似(守)から入って、少しずつ自分のデザイン(離)を作っていくってことですね」
「せや」
ボスは満足そうに頷き、そして真剣な顔で私たちを見据えた。
「でな。何が言いたいかと言うとな。AIちゅうのは、この『守』の天才なんや」
「ああ、わかります」
Tanakaさんが、腑に落ちたようにポンと手を打った。
「さっき私が言っていた『AIは過去の最大公約数(80点)を出す天才』というのは、まさにその『守』の段階に留まっているということですね」
「そうそう」
ボスはジンのグラスを傾けた。
「それもな、AIの場合は人間の弟子とはスケールがちゃう。何十億っちゅう膨大な過去のデザインデータを学習しとるんやから、言うなれば『世界中のいろんな師匠のとこに弟子入りして、すべての方程式(守)を完璧にコピーした状態』なんや。でもな、悲しいかな、機械には自意識がないから『自分なりの工夫(破)』もできんし、『新しいオリジナル(離)』も生み出せん」
ボスのその言葉に、私は思わず「ああっ!」と声を出してしまった。
「つまりAIって……いろんな師匠の技をたくさん持ってるけど、自分のオリジナルは生み出せないままの、ただの『超・小器用なヤツ』みたいなものってことですか?」
「ボス、Ochiさんのその例え、かなり秀逸ですよ(笑)」
Tanakaさんが珍しく声を立てて笑った。
「せやな(笑)。お前ら、もし職場に『どんな指示にも完璧に80点の仕事で返すけど、自分の意見は一切持たない、超絶手先の器用な後輩』がおったらどうする?」
「それは……めちゃくちゃ便利ですけど、最終的なデザインの『責任』や『方向性』を任せることは絶対にできないですね」
Tanakaさんが即答する。
「やろ? だから俺らが怯える必要なんてどこにもないんや。AIがどれだけ進化して『守』の精度を上げようが、人間が『離』の部分に到達せんと、Tanakaの言うところの80点やなしに『120点(人の心を動かすデザイン)』は絶対に出せんのやから」
「なるほど……。私はAIの限界を漠然と感じてましたけどボスのように『守破離の限界』と捉える方が、クリエイターのスタンスとしてはわかりやすいですね」
Tanakaさんの言葉に、私も深く頷いた。AIは、幽霊でも魔法使いでもなかった。ただの、過去の歴史(型)を完璧に記憶した巨大なデータベースだ。その「型」を土台にして、どう型破りな「120点」を叩き出すか。それは、体温とエゴを持った私たち人間にしかできない、泥臭い「離」の作業なのだと思う。
「結局120点を出すのは、色々悩んでいろんなもん作ってきた『離』の段階の人間やないと難しいいうことやと思うで」
「なんだか、AIに負けない気がしてきました! 私も早く『離』に行けるように頑張ります!」
私が元気よく宣言すると、Tanakaさんが冷たい視線を送ってきた。
神楽坂の夜は更けていく。AIという巨大な「守」の化け物を使いこなし、「離」の境地へ至るための考察はまだ続きます。
第6章に続く
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text by Ochi (d-fractal)
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