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LOSOのカセットテープの思い出~1998年のバンコク、カンチャナブリ

今回も格闘技から離れて、タイのロックバンドLOSOと、セーク・ローソーについて。

私が人生で初めてタイにやってきたのが、バックパッカー旅行で訪れた1998年である。その旅の目的地はインドだった。日本からまずタイに飛んで、現地でインド行きのチケットを買うと安くあがるという話を聞いていたので、タイについての知識も殆んどないまま、まずバンコクを目指した。当時、選択肢として安い部類だった大韓航空のチケットは、関空からソウル乗り換えでドンムアン空港というルートだった。


ドンムアン空港~カオサン


ドンムアン空港に到着したのは、夜9時とか10時だったと思う。空港に降り立ち、入管検査を終えて、まずしたことは、日本人の旅慣れたっぽい人を探すこと。大きなリュックを背負った気の良さそうな二人組に「すみません、日本人ですか?カオサンに行くなら一緒に連れていって下さい」と、お願いして、タクシーに同乗させてもらった。

空港を出ると、夜中なのに、もの凄い熱気と湿度を感じた。ボロボロのタクシーを捕まえた2人組、更にもう1人、バックパッカーらしき女性が追加され、4人でシェアされたタクシーは、オレンジの薄暗い照明が照らす暗い道路を、バックパッカーの聖地と言われる、カオサンロードに向かった。どういう方向に向かっているのか全く見当もつかない。そして、30分もすると、けたたましいダンスミュージックの音がして、怪しい光に照らされたカオサンに到着する。

タクシー代をシェアして宿を探す。と言っても、タクシーで同乗させてもらった2人組の定宿というゲストハウスに行くのだ。カオサンには、数限りないほどの宿があるから、その場で探せばいいと、以前のバックパック旅行で上海行きの船で一緒だった人に聞いていた。そのゲストハウスに2人組は泊まれたが、私の部屋はなかった。そして、タクシーで一緒だったもう1人の女性と、何軒も宿を廻ることになった。シーズンなのか、どの宿もいっぱい。移動で疲れている中で「Can I have a room?」とか何とか言って、聞いて回るも、、全然部屋はない。

そして10軒は廻っただろうか、ドミトリーで1人分空きがあったとかで、女性が先に泊まることに。残ったのは私だけだ。その宿か、次の宿だったか記憶は定かではないのだが「部屋はないけど、遅いから、ロビーで寝てもいいよ」と言われる。タイに来て初めての夜は、ロビーの床で寝ることになった。同じくロビーで寝る旅行者もいたように思う。ビールかコーラで乾杯した気がする。

2泊目は、空きがあった別の宿に泊まることができたが、気が滅入るような暗い部屋だった。後々、映画ザ・ビーチを観た際に、デカプリオが泊まった宿と雰囲気がそっくりで驚いた。

昼間のカオサンロード

印象に残るタイの曲


そんな初めてのタイへの旅で、よく耳にした現地の曲があった。デパートのような商業施設や、ローカルの市場で聴いた。流行しているのだろうこの曲は、男性歌手のバラード調で、サビが印象的だった。タイ語のロック調バラードというのも新鮮に感じた。ある時は「この曲は何ですか?」と現地の人に尋ねたのかもしれないが、質問が伝わってないのか、その人が曲名を知らないのか、回答を得られないままだった。

3000円くらいで買った安いウォークマンを日本から持ってきてて、毎日ロックを聴いていた。そのタイの曲のカセットテープでも買ってインドに行こうかと思ったが、できなかった。結局日本から持ってきたテープと、カオサンで買い足した洋楽のテープを持って行った。覚えているのは、ブランキージェットシティのライブ、ドアーズのベストくらい。

そして、ひと月インドへの旅が終わり、再びタイに戻った。もともと2か月いるつもりだったが、インドで体調も何度も崩したりと、期間を短縮したのだ。帰国までの1か月はタイや近隣の東南アジアを回れば良いと考えた。1か月留守にしたタイは、インドでくたくたになっていた私には、余計に良いところに見えた。

そしてタイではゲストハウスの旅人ノート(宿泊者が旅情報を書くノート)を読んで、良さそうだと思った、ホアヒンの海、カンチャナブリの山などに出かけた。カンチャナブリだったと思う。夜、飲みに行ったバーで、タイ人の男性がアコースティックギターで弾き語りをしていた。ジョン・デンバーのカントリーロード、ニール・ヤングのハートオブゴールドなど、旅行者が多い地域でもあるので、外国人にも合わせた定番曲を聴かせてくれた。

LOSOのアライコヨーム(อะไรก็ยอม)


その弾き語りのお兄さんがインドの旅の中で、すでに忘れていたあのよく耳にしてたタイの曲を演奏し始めた。すぐにあの曲だ、と気付いた。演奏が終わった彼に「何という曲ですか?誰のコピーですか?」と尋ね、紙に書いてもらった。

バンコクに戻り、店員さんに聞いてテープを買った。CDもあるそうだが、すぐにウォークマンで聴きたい。その曲「アライコヨーム」が入っているという、BEST OF LOSOを聴いてみる。驚くことに、カッコいいロックソングもあり、LOSOはバラードだけではないバンドということが分かった。

初めて購入したタイミュージックは、LOSO

ライブバージョンで聴いたLOSOの曲


日本に戻って、LOSOのカセットテープは、ほとんど聴かないまま紛失してしまった。正社員の仕事に就き、忙しい日々が始まると、バックパックを背負って東南アジアやインド、中国など、あちこち出かけたことも忘れてしまった。

それから何年かして、LOSOのライブCDを友人からタイ土産にもらった。久々に聴くLOSO、ライブバージョンのアライコヨームも良かった。彼らが、何と歌っているのかが知りたくて、ネットで調べたり、タイ語を勉強し始めた。

ฉันเพียงต้องการให้เธอ อยู่กับฉันตรงนี้นานๆ
私はあなたがずっと一緒にいてほしい
ฉันเพียงต้องการให้เธอ อยู่กับฉันตรงนี้เรื่อยไป
私はあなたが、この先もずっと一緒にいてほしい
ที่ฉันยอมทุกสิ่ง เรื่องจริง(ทั้งที่จริง)ไม่เคยยอมใคร
ほかの人だとそんなことはできないけど 
あなたのことなら全て受け入れてあげられる
ก็เพราะรักเธอทั้งหัวใจ อะไรก็ยอมเธอ
あなたを心の全てで愛している あなたの全てを受け入れます

アライコヨーム(อะไรก็ยอม)から

2026年6月26日のセークLOSO復活ライブ


それから、長い長い時間が過ぎた。LOSO、そしてソロとなったボーカルのセーク・ローソーは他にヒット曲を幾つも出して、98年の大ヒット曲、アライコヨームの影は薄くなってしまったように思う。

ファンが、そして私自身が待ち望んだ、6月26日のセーク・ローソーの復活ライブ、会場のMGCホールでは、開演前にLOSOと、セーク・ローソーのナンバーが次々と流れる。時間的に、開演まであと1曲だろうとなった時に流れたのが、アライコヨームだった。セークの復活を待ち望む会場のファンは皆でアライコヨームを合唱する。開演前なのにライブ終盤のような、熱気と盛り上がりとなった。そして私は、このアライコヨームを聴いて、ライブ前にすでに満足してしまった。

(ライブ本編については、下記リンクの”真の男が往く道”にて)

ライブ会場で

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