真の男が往く道とは、、SEK LOSO復活ライブのタイメディア記事翻訳(2026年6月26日)
6月24日に刑務所から釈放された、タイのロック歌手SEK LOSO(セーク・ローソー)は、その2日後の6月26日、バンコク、バンカピのMCGホールで復活ライブ” SEK LOSO rebirth ”を開催した。
今回も格闘技関係ではない、番外編となるが、このライブについて、タイメディア”THE PEOPLE”が詳しくレポートしていたので、それぞれの曲のリンクと共に紹介したい。
セーク・ローソーは、1994年にバンコクでロックバンドLOSOを結成、バンド名はLow Society(下流社会・庶民)の略で、ハイソの逆の意味。自分たちの庶民的なルーツや、地に足のついたスタンス(庶民の代弁者)を象徴している。2003年にバンドは解散して、メンバーはソロ活動に移行したものの、時折再結成している。
セークの服役については、拳銃の違法所持、警察官への脅迫、薬物の使用などが罪状で、刑期は3年と20日。2025年5月20日より収監された。特別仮釈放プログラムへ参加し、評価基準を満たしたことから2026年6月24日に仮釈放となった。2027年12月までは、電子監視ブレスレットの装着を含む、定められた条件を遵守しなければならないという。
以下、「真の男が往く道 from THE PEOPLE」より(Google 翻訳とOdasaiによる翻訳)

↑ ↑ The Peopleの記事リンク、ラッタタコーン・シリレック氏(คุณรัฐฐกรณ์ ศิริฤกษ์)著
Raw Re Nai(เราและน่าย、私たちとあなた)
コンサート開始予定時刻の2時間前、午後6時にホールが開場した。会場に入ると、観客はボーカル入りとボーカルなしの様々なセーク・ローソーの楽曲を聴き、これから始まる魔法のようなひとときへの期待感を高めていった。

突然、合唱団がステージに上がり、Raw Re Nai(เราและน่าย、私たちとあなた)をR&B調のアカペラで歌い始めた。この時、誰もがセークがどのように登場するのか、ワイヤーで上から降りてくるのか、下から現れるのか、それとも彼の帰還と再生にふさわしい魔法のような登場の仕方をするのか、と期待せずにはいられなかった。
しかし、予想とは全く異なることが起こった。アカペラのRaw Re Naiの途中、観客の歓声が響き渡った。ホールの入り口にスポットライトが当たり、レザージャケットにAC/DCのTシャツを着た男がそこから現れ、ファン全員に挨拶をした。皆が待ち望んでいた人物、セーク・ローソーがここに現れた。

セークの登場は、花火や照明といった派手な演出ではなく、大勢の観客に囲まれたホール中央のステージへと、歓声の中、挨拶を交わし、握手を交わしながら進んでいった。しかし、満員の観客の中を歩いていく彼の姿は、まさに彼の復帰を象徴する最高の瞬間だった。セーク自身を含め、多くの人々が今も変わらず彼を待ち望み、愛していることを、誰もが実感したのだ。
さらに、この登場は、タイ音楽界で偉大な影響力を持つ楽曲を生み出してきたセークのようなアーティストも、ごく普通の人間であることを改めて示している。彼は預言者でも、奇跡を起こす人でも、神聖なアーティストでも、手の届かない存在でもない。人生の困難を乗り越え、私たちが愛してやまない音楽を再び届けるために戻ってきた、ただの普通の人間なのだ。
セークの型破りな復帰は、彼が過ちを犯し、失敗し、弱さを見せ、不完全な人間であるというイメージを確固たるものにしただけでなく、私たちのような普通の人々の気持ちを真に理解できるほど身近な「庶民のロックスター」であることを明確に示した。
セークの今日の復帰は、彼を伝説の地位へとさらに近づけた。なぜなら、彼は離脱という概念を超越し、完璧な復帰を成し遂げたから。「ダイヤモンドはどこにあってもダイヤモンド」であることを改めて証明し、人生を自らの目で語ってきた人物の視点を通して歌われる彼の楽曲は、これまで以上に深い意味を持つようになった。
Puu Chana (ผู้ชนะ、勝者)
観客をかき分けてステージ中央へと進むと、セークはレザージャケットを脱ぎ、お馴染みのギターを手に取り、ショーの最初の曲 Puu Chana (ผู้ชนะ、勝者)を演奏した。
大きな夢を持て
そして、目的地にたどり着きなさい 自信を持って
あなたのしたことは正しい 他人の言うことに耳を傾けるな
誰にも気を取られるな、自分の道を変えるな
揺るぎない決意を持つ者だけが勝利を手にする
Phuu Chanaは、タイの人々に長年親しまれてきた歌である。歌詞は、信念を貫き、困難を恐れず、揺るぎない精神で勝利を目指すよう、人々を励まし、鼓舞するもの。しかし、今日この歌を改めて聴くと、その真髄をこれまで以上に深く感じ取ることができる。また、この歌における勝者とは一体何なのか、という問いを投げかけられる。
個々の解釈はさておき、セークが今日この歌を歌う時、勝利とは他人を打ち負かして高みに立つことではなく、自分自身を克服することなのだ。「セークは悪魔に魂を売った」というのは、ロックンロールなライフスタイルを送っていた頃のセークを形容するのに、よく使われる表現かもしれない。
人生の嵐に何度も翻弄されてきた浮き沈みを乗り越えた、今日の勝利は、重荷にしていた障害を克服し、以前と変わらず音楽への情熱を胸に新たなセークとして生まれ変わったことにあるのだ。言い換えれば、これは彼自身の精神を取り戻した勝利なのだ。

(ฉันหรือเธอ (ที่เปลี่ยนไป、私かあなたか(変わってしまったのは))
Phuu Chanaの演奏後、セークはファンに「Hello Let's Rockn' roll 」と挨拶し、続いてChan Ruu Taa (ฉันหรือธอ (ที่เปลี่ยนไป、私かあなたか(変わってしまったのは)) を披露した。3曲目を披露する前に、セークはファンに向けて「私のような元受刑者を愛してくれてありがとう」と語りかけ、続けて「真の男は、過ちを犯した時、それを認める勇気を持たなければならない。代償を払った時、彼は最も純粋な人間になるんだ、友よ!」と続けた。
これは彼の姿勢と哲学、つまり真の男として生きるための核心的な原則を表しており、過去の行いと勇敢に向き合い、浄化することで真に無垢な存在になったことを物語っている。
Om Prama Puut ( อมพระมาพูด、絶対に信じない(仏像を口に含んで話す))
セークは続けて、かつて全国で大ヒットしたOm Prama Puut ( อมพระมาพูด、絶対に信じない(仏像を口に含んで話す) ) を歌った。特に2004年のバード・セークバージョンは有名だ。
※セークは、かつてタイポップスの大御所、バード・トンチャイとコラボし、アルバムを1枚製作。Om Prama Puut はアルバムの1曲目。
何があっても、みんなに戦い続けてほしい
気を引き締め、力強く、そして信念を持ち続けて
この言葉で、セークは自身の人生哲学を体現した。過ちを犯した時は、それを認める勇気を持たなければならない、と。しかし次の曲で、彼は困難に立ち向かい、責任を負い、そして途中で立ち直るために必要なことを語り続けた。

Roi Yim Nak Suu (รอยยิ้มนักสู้、闘志あふれる笑顔(戦士の微笑みの跡))
最も重要なことの一つは、闘志あふれる笑顔(LOSOの曲、Roi Yim Nak Suu (รอยยิ้มนักสู้)から。戦士の微笑みの跡、とも訳できる)だ。
疲れたら、まずは立ち止まって休むんだ
焦ってはいけない、焦っても上手くいかない
Live and Learn
辛い恋愛、仕事、お金、すべてに執着するのをやめるんだ。少し休んで、それからまた始めればいい」ボーイ・コシヤポンはかつて、「Live and Learn」という曲はカマラ・スコーサンにしか歌えない、なぜならこの曲の励ましのメッセージは人生を歩んできた人の声を通してこそ伝わるからだと語った。確かに「学ぶこと、受け入れること、自分の考えや意識を常に意識すること、夢ではなく今あるものと共に生きること、そして最善を尽くすこと」という歌詞におけるカマラの歌声は、人生経験豊富で人生の指針を与えてくれる、思いやりのある両親や祖父母、あるいは年長者からの心温まる助言を彷彿とさせる。
※ボーイ・コシヤポン(Boyd Kosiyabong / บอย โกสิยพงษ์)は、タイの著名なシンガーソングライター、音楽プロデューサー。かつて若者に支持を集めたインディーズレーベル、Bakery Music の創設者。カマラ・スコーサン(Kamala Sukosol、タイ語:กมลา สุโกศล)は、タイを代表する著名な実業家(ホテルグループのオーナー)、ジャズ歌手。
私もあなたと同じように傷つき、辛い経験をしてきた
でも、そのたびに私は自分を強くし、決して負けなかった
Roi Yim Nak Suu (รอยยิ้มนักสู้)~Mee waa (แม้ว่า)
今回のセークの復帰は、Roi Yim Nak Suu (รอยยิ้มนักสู้) 戦士の微笑みの跡という曲の意味をこれまで以上に明確に示している。ある意味では、この歌に込められた言葉は、彼が辛い時期に自分自身を慰めるために使う、心温まる言葉のようだ。
また別の意味では…人生の嵐や刑務所生活、数々の困難を乗り越えてきた人を見ると、「君と同じくらい辛い思いをしてきた…」という歌詞は、より深い意味を持つようになる。それは、人生の苦難にもかかわらず、リスナーに立ち上がり、再び戦う勇気を与える、闘志あふれる彼からの、心温まるメッセージであり、笑顔なのだ。
セーク自身の人生の歩みが、彼の歌にさらに深い意味を与えていることが分かる。さらに、このコンサートでは、セークの息子であるタイガーが参加した Mee waa (แม้ว่า) という曲も披露された。そして、セークは妻のカーン・ウィパコーン・スクピマイへの愛を次のように語った。
「これまで女優やモデルなど、多くの女性と付き合ってきました。でも結局、カーンだけだったんです。」

Khuun Chan (คืนจันทร์、月夜)
この夜をさらに特別なものにした出来事は、Khuun Chan (
คืนจันทร์、月夜)という曲の前に起こった。セークはオーム ・パンダポン(元Cocktail)をステージに招き入れたのだ。オームは、このステージで歌を歌っても、収入にはならないが、急な申し出を快諾した。彼はまた、セーク・ローソーをタイ音楽の礎とステージの上で称賛した。
Som San(ซมซาน、挫折から助けを求める意味)
その後、オリジナルLOSOのメンバーが登場した。ヤイ ・ローソー(ドラム、キティサック・コットカム)、クラン・ローソー( ベース、ナッタポン・スンタラヌ)、ラット・ローソー( ベース、アピラット・スクジット)と、全員が再びステージに上がり、共演した。そして、LOSOの代表曲の一つであり、タイ音楽史において最も影響力のある曲の一つ、Som San(
ซมซาน、挫折から助けを求める意味)が演奏された。
他の多くのLOSOの楽曲と同様に、Som Sanは、シンプルながらも力強いメロディーとコード進行、そして馴染み深いギターリフと心に響く歌詞で、会場に集まった多様な観客を魅了した。どれだけ時が経っても、LOSOファンはセークと共にこの曲を歌い続けることができる。


14 Eek Krang (14 อีกครั้ง)、Chakayan Si Daeng(จักรยานสีแดง)、Phanthip(พันธ์ทิพย์)
その後、観客の懐かしさを誘うように、14 Eek Krang (14 อีกครั้ง、14歳をもう1回)、Chakayan Si Daeng(
จักรยานสีแดง、赤い自転車)、Phanthip(พันธ์ทิพย์、※パンティッププラザというデパート)といったLOSOの楽曲が披露され、続いて古参メンバーがセークとの出会いを語るエピソードが語られた。
Wanipok ( วณิพก )、Raja Ngern Phon (ราชาเงินผ่อน)
ショーの終盤に差し掛かる前に、セークは、大先輩のCarabaoのナンバーから、Wanipok ( วณิพก )とRaja Ngern Phon (ราชาเงินผ่อน) の2曲を披露した。
↑ ↑ Carabaoのライブにゲスト参加したセークの動画(Wanipok)と、CarabaoのRaja Ngern Phon
Raw Re Nai(เราและน่าย)再び
午後10時30分頃、コンサートは最後の曲で幕を閉じた。 2時間前にセークの登場を目にした時、流れていた曲と同じ、Raw Re Nai(เราและน่าย)である。
ここでのRaw Re Nai(เราและน่าย、私たちとあなた)は、セークと親しい友人たち、LOSOのバンドメンバー、ミュージシャン、タウィー・ソドソン警察大佐(セークの恩赦に力を尽くした)、ナッタウット・サイクア(国家維持党の党首)、オーム・パンダポン、そしてセーク・ローソーの復帰を待ち望んでいたタイのファン全員との絆を表している。
↑ ↑ ライブの観客が撮ったRaw Re Nai、削除される可能性あり
セック・スクサピマイ(セーク・ローソーの本名)の人生は、タイ社会と彼自身に多くの教訓を与えてきた。同時に、困難に立ち向かう勇気と、人々のためにロックスターとして復帰するという決意は、人生という長い道のりが障害と茨に満ちていることを私たちに示している。私たち全員が持ち続けなければならないのは、Roi Yim Nak Suu (รอยยิ้มนักสู้)~闘志あふれる笑顔である。そうすれば、いつか私たちは自らの力で Puu Chana (ผู้ชนะ、勝者)になれるだろう。(終わり)

Original from The People by Khun Rattanakorn Sirirek (คูณรัฐฐกรณ์ ศิริฤกษ์), Photos from The People and Odasai.
↑ ↑ LOSOについて書いた記事、LOSOのカセットテープ~は、ライブRebirthの開演前の会場の様子を少し書いた。
↑ ↑ Odasaiの著作、「ムエタイ裏街道」はAmazonで発売中。
