死んだらどうなるのだろう――高野山奥の院で学んだこと
先日、親の介護についての相談を受けた。
話の途中で、その方がぽつりとこう言った。
「死ぬのが怖いんです」
その言葉に、少し考え込んでしまった。
怖くない人なんて、いるのだろうか。
死んだらどうなるのか。
それを知っている人はいない。
けれど、人はずっとそれを考えてきた。
人類は何万年も前から、死者を埋葬していたと言われている。
つまりその頃からすでに、「死のあと」を意識していたということだ。
わからないものに、意味を与えようとする。
その積み重ねが、宗教や哲学になっていったのだと思う。
介護の現場でも、こんなことがあった。
ある高齢の男性が、冗談まじりに言った。
「俺が死んだら、お前のところに行くからな」
私は笑って返した。
「え〜コワイから遠慮しますよ~」
その方は、しばらくして亡くなった。
けれど、来ると言っていたその人が、来ることはなかった。
当たり前のことかもしれない。
でも人は、そうやって「死んだあと」を口にする。
確かめようのないものを、言葉にする。
死後を言葉や形にしてきたのは、個人だけではない。
それを積み重ねてきた場所が、宗教の場だ。
以前、高野山を訪れたことがある。
奥の院には、無数の墓が並んでいた。
宗派も、立場も関係なく、同じ場所に眠っている。
明智光秀も、織田信長も、同じ場所にいる。
生きている間は対立していた人たちが、死んだあとには、同じ場所にいる。
クリスチャンが葬られていると聞き、とても不思議な気持ちになった。
そんな高野山で、夜の奥の院を歩くツアーに参加したときのことだ。
あまりの寒さに耐えきれず、私は一人、走って宿坊に戻った。
長い一本道の参道を一人で走っていると、前から人影が近づいてきた。
こんな時間に一人で来る人がいるの?
すれ違ったあと、何気なく振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
見間違いだったのかもしれない。
けれど私は、こうした経験をしたことが何度かある。
そうした説明のつかない経験をすると、「死後の世界」を想像する人々の心理に触れたような気がするのだ。
翌日、宿坊のお坊さんにこのことを話した。
するとお坊さんは笑ってこう言った。
「いても不思議はないけど、私たちが毎日きちんとお勤めしているのです。
悪いものなんていませんよ」
死について考え続けてきたのは、子どもの頃からだった。
私は子どもの頃から、入院生活が長かった。
病院は、生と死が日々隣り合わせの場所だ。
きのうまで会話していた人が亡くなることも珍しくない。
そのため、死んだらどうなるのだろう?という疑問を持ったのは、とても自然な事だったと思う。
誰も見たことがないもの。
誰も答えを知らないもの。
多くの人の死に関わってきた今でも、子どもの頃からの問いを思い出す。
死にたいわけではない。
ただ、純粋にその先を知ってみたいという気持ちがある。
少しだけ、その時が楽しみでもある。
死を意識することで、生を全うできるような気がするのだ。
人は、答えのないことをずっと問い続けてきた。
多くの人のその思考は、哲学や宗教として、今を生きる私たちの血肉になっている。
その教えを説いた一人が、高野山を開いた空海だ。
夜の奥の院を歩くツアーを案内してくれたお坊さんは、奥の院の燈篭(とうろう)に刻まれた太陽と月について、こう教えてくれた。
「空海は、この自然の中にこそ教えがあると考えました。
太陽や月は、常に形を変えながらも、変わらずそこに在り続ける。
人の心もまた、それと同じように揺れ動き、変化していきます。
また、蓮の花は泥の中から美しい花を咲かせます。
人の人生も同じことなのです」
太陽や月、蓮などに、言語化できない「密かな教え」を見出すのが密教なのだろう。
太陽も月も蓮も、自然の中に存在するだけだ。
けれど人は、そこに自らの心や救いといった意味を見出さずにはいられない。
その「意味を探し、言葉を形にし、何かと繋がろうとする切実な営み」こそが、宗教の本質なのだと思う。
私は、人生の最後にひとつだけ思いたい。
「いろいろあったけど、私の人生、そう悪くなかった」と。
そして、長年の問いに答えをもらうつもりだ。
