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「本堂修理おおむね完成!」能登半島地震後を生きる・№287(2026/07/08)

8月末までに終了予定だったお寺の本堂等の修理。予定より1ヶ月早く終わりそうだという。本堂内部の修理はおおむね完成した。
業者さんから「門徒さんたちにも,出来上がり具合をぜひ見て欲しい」と呼びかけがあったので,〈ご縁サロン〉で訪れた門徒さん・ご近所さんに,きれいになった本堂内部を見てもらった。

漆喰の壁が光っている(撮影:2026.07.07)

地震発災以降1年半,ずっとヒビが入っていた――余震で少しずつ崩れていた――漆喰の白壁は,三度塗りされて白色がまぶしかった。

かかっていた額も元通りに(同上)

酷いところで15㎝くらいズレていた本堂の柱は――どのように作業したのか知らないが――ちゃんとスキマがなくなっていた。ガタガタしていた板も,しっかりしている。

柱とこの板との間にはスキマがあった(同上)

この板の上に乗るたびに,ガタガタいっていたのだが,ちゃんと柱の下に固定されているようだ。
渡り廊下の花頭窓まわりの漆喰もきれいになっている。

本堂の縁の下の柱や天井の上など,下から見えないところもちゃんと修理されているという。

今年の祠堂経しどうきょう(8月1日,2日)からは,地震前よりもきれいになった本堂でお勤めができる。ありがたやありがたや。

お寺関係ついでに,墓の話題。

うちのお寺の墓地に,お墓が増えた。
ある門徒さんが,これまで別の場所にあった墓を,ここに移設したのである。「自宅近くにお墓を置いておきたい」ということらしい。そういえば,わたしの家のお墓も,40年ほど前,3㎞離れた山中――このあたりはわたしの家の土地――から,この墓地へ移設したのだった。

この方の家は公費解体され,ご本人はしばらく2次避難されていたが,最近,新しい家が完成したので戻ってきている。

地震をきっかけに〈墓じまい〉というのが流行っているような気もしていたが,みなさんの気持ちはそんなところにはないらしい。
「新築する家は小さいけど,小さな仏壇を置こうかなと思っている」という若者――わたしとの比較――の声も聞いた。

考えてみれば,わたしのまわりには地震後〈墓じまい〉をした,する予定,という話を聞いたことがない。〈墓じまい〉〈共同墓地〉って,「新聞折り込みチラシ」がいっているだけか? 結局,「合同でお骨を管理しますから」という商売を流行らせようという人たちの災害便乗商売でしかないのかもしれないと穿った見方をしてしまう。

「できれば先祖代々の場所に一緒にいたい」というのが一般人の願いだろう。田舎のよさは,自分の家の墓地がしっかりあることもその一つだと思う。

〈お骨一括管理〉の道に進むことは悪いとはいわない。人それぞれだ。しかも,今回は,大きな災害にあい住む家さえもなくなっのだから――。

しかし昔の人も,おそらく,いろんな大災害をくぐり抜け,その土地に住み続け,営みを復活させ,生きてきたはずだ――いまよりも他の土地に移動しにくかったので「住み続けざるを得なかった」というのはあるかもしれない――。それは恐らく,いま以上に困難な道だったと思うけど,そうがんばってきてくれたからこそ,こんな辺鄙なところに,いま,わたしが住んでいるのだろう。

わたしのご先祖様をどこまで遡れるのかは知らないが,少なくとも,ここで生きていてもいいといわれている間は,ここで生きていく。

あらあら,話が全然違った方向に進んだみたいだ。失礼m(_ _)m

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