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モストマスキュラー!6「偏見、或いは」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】


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 部屋に響く歌声は邦楽のバラードになり、話題のアニメソングになり、そして全然知らないアーティストのヒップホップに変化していく。その間も彼らは、彼らの時間を己のリズムで刻んでいく。

部屋に響く音楽と、男たちの雄叫び。熱気にむせ返るこの場所は、どう考えても私にとって確実にアウェーなはずなのに、不思議とちっとも帰りたい気持ちにならない。

 あの雑然とした部室で感じた居心地の悪さが嘘のように消え去っているのは、ここが「トレーニング」という純粋な目的に特化した場所だからなのか。それとも、彼らがそれぞれの目標に向かって、ひたむきに己の肉体と向き合う「真剣さ」に、私の心が反応しているのだろうか。

「俺補助やるわ」
「頼む」

 私がどう頑張っても持ち上げられそうもないバーベルの前で、トレーニングウェア姿の青年二人が短いやり取りを交わす。秀ちゃんの腰には重そうな黒い革張りのベルトが巻かれている。
 五分前、「綾羽に裸見られたくないよ~!」とわざとらしく恥ずかしがり、外でトレーニングウェアに着替えてくれた彼の気遣いを思い出しながら、私は鏡越しに彼らを見た。

 彼らがいる反対側に、幅が四メートルくらいの大きな鏡が壁に取り付けてある。その前に私は立っていた。
 鏡に映る私は、このトレーニング室のドレスコードに合っていない。マルチカラードットの七分袖シフォンワンピースにエナメルパンプス姿。思わず笑いそうになるのを堪え、レッスンの時と同じように背筋をピン、と伸ばし気を付けの姿勢をした、その瞬間。

「うぉおおおああああああ────!!」

 断末魔の叫びって多分こんな声なんだろうと思わせる絶叫。
 ぎょっとして振り返ると、秀ちゃんがバーベルを背中に抱える形になって持ち上げている。中腰の姿勢が見るからに苦しそうで、そりゃ雄叫びをあげるよなとすぐに理解した。理解はしたけれど、見ていられない。叫ぶ彼の背後で何故かアキラくんが同じ体勢でぴったりくっついて、バーベルに手を添えている。

「おら、もうちょい頑張れや」
「ぐうぅ!」
「いける、いけるー。耐えろー」

 淡々と応援する青白い顔のアキラくんとは対照的に、今にもバーベルに押しつぶされそうな秀ちゃんは首の筋が浮き出ていて、顔も真っ赤だ。

 え、なにこの状況。
 思わず近くにいた休憩中のカワノくんに話しかけてしまう。

「す、すごいですね」
「あの重さは俺らではフツーなんすよ。声で驚きました?」

 頷くと、目の前では長めの前髪から汗を滴らせた細目の青年がスポーツドリンク片手に笑う。

「ですよね、俺も入部して最初聞いたときは『やっべ、ここ何人か死んでる』って思いましたもん」

 あっけらかんとそんなことを言われて、ぞっとする。体育会系ってどこも同じようなものなのだろうか。根っからの文化系には分からない。

「さっき普通って言ったけど、あれで何キロですか?」
「百です」

 さらりと答えるカワノくんは秀ちゃんとアキラくんとも違う、ごくごく平均的な体型の青年だ。普通だと答えるこの彼も、百キロは持ち上げられるということになる。なんだこの世界は、と背筋が凍りそうな気がした。

「ちなみにすごい人はどのくらい持ち上げるんでしょう?」
「スクワットだと、うーん」

 今、秀ちゃんがやっているのはスクワットらしい。私が知っているスクワットとは全然違う。カワノくんは更に目を細めて、黒板に掲示されている紙を確認すると、私へ一言。

「二百です」
「にひゃくぅ!?」

 算数の苦手な私でも逆算できる。私の体重の約四倍。私四人を持ち上げるってただ事じゃない気がする。

「パワーの大会だと二百はザラです」
「ぱ、パワーの大会?」
「パワーリフティング、って聞いたことあります?」
「聞いたことあるような、ないような」
「それの大学選手権です。もっとも、うちの部は手伝いにいく程度で大会には出場してませんけど」
「あ、もしかしてパワーリフティングって、これ?」

 私がバーベルを頭の上で持ち上げる動作をすると、カワノくんがかぶりを振った。

「それはウェイトリフティングっていう別競技なんです。日本語だと重量挙げ」

 競技そのものが違うことに驚く。同じバーベルを挙げるだけで全く別物とは。

「あれ、それだとパワーリフティングもボディビルも違うのに……手伝い?」

 頭の中が混乱しつつ尋ねると、青いTシャツの青年が振り返り、私たちに近づいてきた。

「結局のところ、パワーとボディってやってることは一緒なんすよね。大会に出るか出ないかだけ。もちろん競技としては別モノですけど」
「アキラくん」
「パワーリフティング部だったりボディビル部だったりバーベル部だったり、好きなように名乗ってますよ。ちなみに東応ウチでは正式名称はボディビル部。と言っても部員全員がボディの大会に出てないですよ。現に河野コイツは出てません」

 アキラくんはそう言って、冷たい視線をカワノくんに投げつける。

「四年になったら出ますよー、多分」
「多分かよ」

 漫才のような掛け合いに私が笑うと、アキラくんの背後から弱々しい声が聞こえてきた。

「ちょっとアキラ……こっち手伝ってよ、補助してくれてたんじゃないのかよ……」

 バーベルを置いていた機材の下で、秀ちゃんがバテている。

「お前なんか知らん。一人で挙げとけよ」
「ひどい!!」

 秀ちゃんの哀しい仔犬のような叫びを無視して、アキラくんが私たちの輪へと入ってきた。

「そういや、ボディビル部ってはっきり言ってる大学ってどんだけあったかなあ」

 アキラくんの呟きに、カワノくんが反応する。

「あー、確かに。つか俺が言うことじゃないっすけど、『ボディビル』って言葉のイメージが悪過ぎますよね。偏見ですけど」

 その言葉にちくり、と胸を刺す痛み。
 実際にイメージだけで決めつけている人間がここにいて、彼らの輪に入っている。自分の矛盾に脈打つ音が聞こえ始めた。
 そんな私に幸い誰も気がついていない。彼らはやっぱり慣れているのだろう、私という部外者がそこに存在していても平然と会話を続いていく。

「まあ、気持ち悪いっちゃー気持ち悪い。言葉だけなら間違っちゃいねえ」

 青いTシャツの袖をまくったり戻したりを繰り返しながら、さっきまでカワノくんが腹筋をしていたマシンにまたがり同調するアキラくん。

「入部するまでは、ボディビルなんて訳わかんねえって思うわな」
「俺、彼女にボディ部に入ったって言ったら『ナルシストか!』ってゲラゲラ笑われましたし」
「で、先輩のトレ見たり、仕上がった先輩の身体見たり、大会見に行って超感化されるっつー」

 そこで二人がどっと笑う。どうやらボディビルあるある、らしい。

「よく言われるのが『ボディビルの筋肉は使えない筋肉だ』とかね。無駄なことしてるって」

 アキラくんのセリフが、鼓膜の向こう側で響いていた鼓動をサッと鎮めた。

 ──使えない筋肉? 筋肉に使える使えないって、ある?
 
「え? トレーニングで筋肉つけてる、イコール必要な筋肉でしょ? さっきアキラくん懸垂してたのだって、筋肉があるからでしょ? なんで使えない筋肉なの?」

 やや早口で彼らに疑問をぶつけると、シン、と静まり返った。
 このタイミングで、何故か音楽も止まった。彼らも私の顔を見て止まっている。まずいことを言ってしまった、のだろうか。

「……予想外の答えキタコレ」

 アキラくんが心底驚いた顔をして私を見る。

「使えないって意味が分からない、んだけど……。間違ってる?」

 しどろもどろになって更に問いかけると、ようやく立ち直ったらしい秀ちゃんが最後に私たちの輪へ入ってきた。

「手段は一緒でも、目的地が違うだけ。ただそれだけのことだよ」

 癖のある笑みを浮かべて言う秀ちゃんに、カワノくんがうんうんと頷く。

「結局なんだかんだでみんな筋トレしますしね」

 ──そこで、さっきと同じアメリカのロックバンドの曲がまた流れ出した。CDが一周したらしい。
 イントロに乗せて、ふと聞こえてくる声はとても小さかった。

「安藤が正直に話したくなる理由が、何となくわかったかな。俺も」
「ん? 何がですか?」

 私がアキラくんに尋ねると、秀ちゃんがアキラくんを肘で小突いた。

「いや、コイツの独り言だから」


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