モストマスキュラー!16「前哨戦」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
「おーい住谷さーん、アヤハさーん」
ビデオカメラを右手に、左手で大きく手を振るカワノくんを観客席で発見。
「場所取りサンキュ」
「俺、出ないけど、これくらいはしますよ」
確かに、カワノくんが場所取りをしてくれていた座席からは舞台がきちんと見える。遠すぎず、近すぎず。
さっき受付で貰ったパンフレットには、出場選手の在籍大学、一言メッセージが書かれている。
「やだ、アキラくんってば……『冷やし中華始めました』って意気込みでもなんでもないじゃん!」
「真面目なやつはほとんどいないから、アヤハちゃん」
タカシくんのニコニコ笑顔に、この子たち、本当に冗談の世界で生きているんだろうな、と思いながら読み進めると
安藤秀一郎 この大会が終わったら愛の告白をします!
時が、止まった──。
秀ちゃん、誰に? 愛の告白?
呆然としていたその様子を、ニヤニヤと野郎二人に見つめられていることに気づいた私は、右側に座っていた彼らへ睨みをきかせる。
「殺すよ?」
「アヤハちゃんやめろよ、アキラみたいなこというの」
タカシくんが完全に委縮している。カワノくんに至っては土下座しそうな勢いで頭を下げていた。
◆
大会の幕が上がる。
身長順にナンバリングされた選手が登場してくる。美しい姿勢で、筋肉をアピールするように入場する姿を見て、どきどきした。
「審査員の目がソイツに行くように、番号を叫ぶんだ」
タカシくんがそういいながら、声を張り上げた。
失礼かもしれないけれど、男の人たちの声が似ていて、どの番号を叫んでいるのか分からない。
これがもし私だったら──もっと突拍子もない言葉で注目させる。間違いなく注目させられる。
でも、初めてのボディビルの会場。空気に飲まれてしまって、勇気が出ない。
舞台上では、審査が始まっている。小柄なせんべいくんが一番バッジをつけてリラックスポーズ。焼けた肌と筋肉がちょうどいい感じで、頑張ってきたもんね、と思わず微笑む。
リラックスと呼ばれるポージングは、単にリラックスしてはいけないというのも大会前にみんなから教えてもらったこと。常に筋肉を意識して、立ち続けなければいけない。
フロント、サイド、バックとリラックスポーズを審査員に見せた後、フロント・ダブル・バイセップスを全力でする彼ら。正面を向いて、両腕をぐっと曲げて力こぶ──上腕二頭筋を強調するポーズ。
いわゆる『見てくれ、この腕!』の王道ポーズ。胸、肩、腕、脚までもバランスよく見せられるので、第一印象を決める勝負どころ、と秀ちゃんが教えてくれていた。
次はフロント・ラット・スプレッド。
正面から、腕を広げて背中の筋肉、広背筋を「ばっ」と広げるポーズ。
まるで背中に羽が生えているようなシルエットになる。体の横幅を強調し、『デカさ』を見せつける。このポーズが得意なのは、アキラくんだ。
そしてサイド・チェスト。よくテレビで観るポーズだ。体を横に向けて、片腕を曲げながら胸をぎゅっと縮めて押し出す。
胸筋の厚みと、力こぶのカットを同時に見せる、筋肉に奥行きを感じさせる立体的な見せ場。
「バック・ダブル・バイセップス」
ホールに響く、女の子のアナウンスでポージングをする。
背中を審査員に向けた状態で、両腕を曲げて二の腕と背中全体を見せるポーズ。後ろ姿で語る、筋肉の密度勝負。
バック・ラット・スプレッドは、背中を向けて、腕を広げて背筋を羽のように広げる。どれだけ広く、分厚い背中かをアピールする。背面の『存在感』を見せる技。
サイド・トライセップスはせんべいくんの苦手なポージングだと、トレ室の鏡の前で何度も練習していたポーズ。
横向きで腕を体に沿わせるように構え、二の腕の裏──上腕三頭筋を強調。ピンと張った腕のラインと体幹の絞りが見どころ。腕の裏まで手を抜いてませんよっていう証明。
アブドミナル・アンド・サイ。
これは私の好きな響きの名前で、一番最初に覚えたポージングだ。
正面でお腹に力を入れて腹筋をくっきり浮かび上がらせ、同時に太ももの大腿四頭筋も緊張させる。腹と脚のキレが命。
『絞れてるかどうか』が一目でバレる、誤魔化しがきかない恐怖のポーズだと彼らは頑張っていた。
そして最後は、モスト・マスキュラー。
とにかく『全部出し』するポーズ。両腕を前に出して握り締め、全身の筋肉を極限まで収縮させて「俺が一番の筋肉だ」と叫ばんばかりに表現する。
ボディビルのフィナーレにふさわしい一撃のポーズ。
歯を食いしばって渾身の一撃を審査員に見せつけるせんべいくん。でもその表情は笑顔だ。舞台では力を込めていても笑顔でいなくてはいけない。それも一つの隠れたルールだけれど、不思議な感じもする。
身長順なので、小柄なせんべいくんのあと、しばらくは東応の部員は出てこなかった。一度に審査できるのは最大六人のようだ。そのひとかたまりのグループを何度か繰り返し、そしてようやく出てきたのは、アキラくんだった。
──圧巻だった。
同じグループのひとたちが霞むくらい、圧巻の筋肉パフォーマンス。
しっかり焼けた肌、筋肉のカット、彫刻のように美しかった。
「じゅ、十八番! 最高にかっこいいよ!!」
初めて声を出して応援したら、なぜか周りの男性客たちに振り向かれて恥ずかしくなる。
普通に大きな声を出しただけなのに。
「アヤハちゃん、やるう」
タカシくんが面白がる。
◆
明智くんの時もなるべく精一杯の応援をして、そしてようやく──
「安藤! お前気持ちで負けんなよ!!」
腹の底からのタカシくんの声。
秀ちゃんが出てきたのはいいのだけれど、隣にいた人はいつかの雑誌の表紙で見た、学生ナンバーワンの筋肉の持ち主。優勝経験者だった。
でも秀ちゃんも頑張ってきたんだ、とわかる。
あれだけプヨプヨしていたお腹はすっきりと、そして腹筋も割れている。
骨が細くて心配していた腕の筋肉も、太ももも、筋肉で覆われていた。
涙で前が見えなくなりそうになる。感情のメーターが振り切れそうだ。
私はすっかり番号呼びを忘れて、叫ぶ。
「秀ちゃん! 最高に格好いいよ!!」
そして深呼吸をひとつして、今までで一番大きな声で伝えた。
「二十八番、大好きー!!」
秀ちゃんは、ポージングをしながら笑っている表情を一瞬崩しかけた。
けれど、また笑顔に戻る。
「アヤハちゃん、かっけえな」
「綾羽さん、やべえっす。俺、鳥肌立った」
隣の野郎二人に言われて、ふと我に返る。
──え、え、私、もしかして……やらかしたー!?
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