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【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<3-3>


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NO.3:裏方が表に立つとき #03

 審査が終わったのは二時間後だった。吉岡さんをカフェに放置してる! と慌てて待ち合わせのカフェへ向かうと、吉岡さんはノートパソコンを開いて仕事をしていた。

「遅くなりました……すみません……」

 息が上がって、うまく話せない。私の姿を見て、吉岡さんは目を丸くし、カタカタと打ち込んでいたパソコンをパタンと閉じた。

「走ってきたんですか? 私なら大丈夫ですよ。お疲れ様でした。何か飲まれますか?」
「じゃ、じゃあアイスのロイヤルミルクティーを……」

 腰かけたふかふかのイエローのソファは、私の疲れた筋肉をほぐすように優しく包み込むようだ。そのまま私は背にもたれて、力を抜く。ヒールを履いていた足が限界だった。帰るためにスニーカーに履き替えたけれど、疲れが全然とれない。

「明日はバックヤード業務はお休みなんですよね? ゆっくり休んでください」
「はい……正直セールで忙しいのに慣れちゃって……モデルとしての筋肉の使い方を忘れてました……」

 ロイヤルミルクティーが運ばれてきて、私はゴクゴクと喉を潤しながら本音をこぼす。

「これからです、あおいさんは。私は、あおいさんがスチールモデルになることは夢じゃないと思っていますから」
「ありがとうございます」

 吉岡さんの言葉がありがたすぎて、私は向かい合って座っている吉岡さんへ、ゴンと音を立てておでこをテーブルにめり込ませる勢いで、お礼を言った。

「ちょ、あおいさん!? おでこ、おでこ割れますからやめてください! カフェの机よりあおいさんの顔の方が大事です!」

 吉岡さんが本気で焦って、おしぼりを差し出してくる。そんな彼の慌てぶりに、私は痛むおでこを押さえながら、また小さく笑ってしまった。

 珍しく二日オフが入り、一日は泥のように眠り、もう一日は家のことを片付けた。
 久しぶりに履いたヒールで、少し靴擦れができている。絆創膏を貼って、ふくらはぎのマッサージをしたり、ストレッチをしたり、掃除に洗濯、買い物と「何の肩書きもない紺野あおい」として過ごした。

 三日ぶりのバックヤード。セールは一週間で終わり、通常営業に戻っている。
 なんだかんだでセール品はほとんど売れてしまったし、プロパー商品もなかなかの売り上げだったとモモちゃんから聞いていた。
 いつものようにパッキンを台車に乗せて、倉庫へ向かう途中、エプロンの前ポケットに入れていたスマートフォンが震えている。売り場なので着信には出ない。しばらくして、また震え出す。しつこいなあ、と取り出すと表示は「PLACE加賀美社長」。シフトがある日のデータは渡してるのに……と、しぶしぶ電話に出る。

「はい、紺野です。おつかれさ」
「あおい! やったな!!」
「社長、だから今日は仕事……」
「さっきオンリーズから電話があって、あおいに決まったって!」
「え」
「ラピスアークのミューズになれるんや、よかったな!」

 え?
 私が?
 決まった……の?

「ふ、ふええええええん!」
「なんや、その泣き方!」

 私はスマートフォンを耳から外し、子供のように声を上げて泣いた。
 こんなに泣くのは、奈良の雑誌の専属モデルに決まった時以来かもしれない。

「え、ちょ、ちょっとどうしたん?」

 泣いている背後で驚いた声を出しているのは、仁科さんだった。
 振り向いて、止まらない涙をそのままに「……決まりました……」と呟く。その言葉にまた涙があふれる。

「え、もしかして、例のスチールモデル!?」

 仁科さんが目を丸くしている。私はコクコクと頷く。

「すごいすごい! おめでとう、あおい!」

 仁科さんが私を強く抱きしめる。初夏なのに、仁科さんの肌の温かさが今は嬉しい。

「仁科さん、お洋服に私のファンデついちゃいます……」
「そんなの洗濯で取れるから気にしない! ねえ、私から五十嵐さんにだけ報告してもいいかな? 今パッキンチェック中でしょ?」
「いいんですか?」

 ようやく涙が落ち着いてきて、普通に喋れるようになってきた。

「まっかせて! あ、商品取りに来たんだった。これと、これ」

 棚にあったキャミソールとTシャツを二枚ずつ掴んで、仁科さんは「私も泣きたいけど、我慢するー!」と言いながら走り去っていく。
 確かに売り場の販売員がパンダ目になっていたら驚くよね、と一人で納得していた。

「あ、電話……切れてる」

 興奮のあまり、電話を放置していたことに気が付いて、スマホを見ると切れていた。
 社長、すみませんでした、とメッセージアプリで送信すると、OKという吹き出しのついたニワトリのスタンプが即、送られてきた。
 なんでニワトリ? と思っていたら「悪いけど、仕事終わったら事務所に来てくれ」というメッセージがきて、「かしこまりました」と返信した。

 モモちゃんは今日お休み。
 早く伝えたくて、休憩に入ってすぐ電話をかけた。

「もしもし? モモちゃん、今時間大丈夫?」
「起きたばっかりやから、だいじょうぶ~」
「眠そうやな、また改めてでもええけど」
「いや、今聞く。あおいさんが休憩時間に電話してくるなんて、なんかあったってことやろ?」
「……おっしゃる通りで。実は、最終、決まった」

 誰が聞いているか分からない休憩室。暗号のように区切って、合格を伝える。

「……」
「あれ? モモちゃん? 電波悪いんかな」
「電波悪ない! うええええええん!」
「えー!! モモちゃん、なぜ泣く!?」
「ミューキャンのあおいちゃんが、うちのブランドの服着て宣伝してくれるなんてー!! めっちゃ嬉しいし、ヤバいー!!」

 ああ、ここにも喜んでくれる人がいた。私の視界が少し滲む。

「ありがとう、モモちゃんが私をずっと見ててくれたから、頑張れたんよ」
「私なんもしてへんよー!」

 大泣きしながら、否定するモモちゃん。

「してくれた。そばにいて応援してくれて、ありがとう」

 我慢できずにひとすじの涙が頬を伝う。モモちゃん、本当にありがとう。私に戦う勇気をくれたのは、モモちゃんだから。
 言葉にならず、しばらく二人で泣いた。

 電話を切って、沢渡さんからメッセージが届いていることに気が付いて読む。

『成長したね、あおいちゃん。見違えるほど綺麗になってた。カメラマンとしてこれほど嬉しいことはないよ。おめでとう。今度はロケで逢おうね』

 沢渡さんにこんなに褒められたこと、あっただろうか。
 まだ奈良でモデル活動していた頃は、ここまで褒められてはいなかったと思う。
 胸元にスマートフォンを引き寄せ、抱きしめるように沢渡さんからの言葉を受け取る。

「あおい」

 休憩が終わってバックヤードに戻るとき、五十嵐さんに呼び止められた。

「はい」
「おめでとう」

 周りに派遣さんや他店ヘルプの人がいるからだろう、淡々と一言告げる五十嵐さん。

「ありがとうございます」

 本当は話したいことがいっぱいある。でも今は勤務中。
 五十嵐さんが社長の撮影許可をしていなかったら、私は合格を貰えなかったかもしれない。
 もうひとつの現場の私を認めてくださって、ありがとうございます。

 今日のやるべきことが終わり、片付けをして社長と吉岡さんが待つPLACEへ地下鉄で向かう。帰宅ラッシュ少し前、電車はそこまでぎゅうぎゅうではなかった。初夏の帰宅ラッシュのために、既に電車は冷房が効いていて、冷気が腕を冷やしていく。Tシャツにデニム姿の私は少し身震いした。

 本当に私に決まったのだろうか。まだ実感がわかない。
 受付を済ませ、社長室に入った私の顔を見て、「夢とちゃうぞ」とニヤついている社長がいた。

「社長、人の顔を見て笑うのやめてください」
「そんなん無理や。笑うてまうやろ、自分の事務所のモデルが天下のラピスアークの顔になったんやぞ。ほら、そのパッとせん顔、緑茶でも飲んでシャキッとせえ」

 そう言って、あの美味しい緑茶のペットボトルを私に差し出した。

「カメラマンは沢渡やから、安心やろ?」
「はい、カメラテストのときから沢渡さんがカメラマンをされていたので、落ち着いて撮影できました」
「沢渡も拠点を東京に移して、バリバリやってるからなあ。気安く宣材撮ってくれって言いにくうなったわ」

 その言葉に社長と私は笑う。吉岡さんは「じゃあ私からスケジュールの説明しますね」と書類を渡される。それは「香盤表こうばんひょう」と呼ばれる、撮影当日の分刻みのスケジュールやスタッフの名前がぎっしり書かれた進行表だった。
 そこに『Main Model:紺野あおい』と太文字で印字されているのを発見。
バックヤードでいつも見ている、品番と数量だけの伝票とはまったく違う。
 これは、私のためだけに用意されたステージの設計図だ。急に胃のあたりがキュッと引き締まる。

「場所は千葉の屛風ヶ浦びょうぶがうら、東京に前泊ありの二泊三日の行程です。ドラマとか見てたら多分わかる、有名な崖があるところですね。私有地なのでロケの許可貰って撮影します」
「私有地なんですね」
「観光客は専用の道を通るのですが、普段は入れないところにいけるのは楽しいと思いますよ」
「へえ……! なんだか、ちょっとした冒険みたいですね……あの、吉岡さん。崖の近くって、やっぱりヘルメットとか被って撮影するんですか?」
「あはは、まさか。あおいさんにヘルメット姿でラピスブルーのワンピースを着せるわけにはいきませんよ。スタッフの安全対策は徹底しますが、本番の撮影は崖から安全な距離をとった、特別な許可エリアで行いますから安心してください」
「あ、良かった……。ワンピースにヘルメットだったらどうしようかと」

 私の心配に、吉岡さんは眼鏡の奥の目を優しく細めた。

「あおい。気負う必要はないけどな、PLACEの代表として、お前の『一番ええ顔』を東京の連中に見せつけてこい」

 加賀美社長が、お茶を一口飲みながら真面目な声で言った。

「……はい! 全力で見せつけてきます!」

 吉岡さんも隣で深く頷いてくれている。
 最高の合格祝いと緑茶を胸に抱いて、私は事務所をあとにした。


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