モストマスキュラー!19「宴のあと」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
深夜。
私と秀ちゃんとタカシくんはアキラくんの一人暮らしの家に突撃することになった。
秀ちゃんとアキラくん、そして私はアルコールを飲んでいたので、一滴も飲めないタカシくんが車を出してくれたのだ。
街灯がぽつぽつと照らす深夜の道路。コンビニやドーナツ屋のネオンが、静けさの中で浮かび上がるように明るく見えた。
信号の赤が誰もいない交差点に滲むように輝いている。人の気配はほとんどなく、私たちの車の中だけが妙に賑やかだった。
「ちょっと待った! ドーナツ! ドーナツを俺は欲している!」
「アキラに便乗! 俺も! 俺も!」
帰りの道中、あれだけ焼肉を食べた彼らは、ドーナツ屋を指差して運転手のタカシくんに「ドーナツ買わせろ」と連呼している。
「ええ!? 大丈夫なの?」
「分かったよ、ちょっと車停めるから」
私の悲鳴と違って、慣れたようにタカシくんは車を路肩に停めた。
いそいそと日焼けした肌の二人がドーナツ屋に駆け込む様子は、まるで銀行強盗。
しばらくして、両手にドーナツの長箱をたくさん持った不審者二人が戻ってきた。
「そんなに買ってきたの!?」
「うん、これでも足りないよな?」
「アキラくん、全国大会どうするのよ!?」
「大丈夫! ちょっと食べないと筋肉落ちるから」
「ちょっとって量じゃないよ!」
──アキラくんは関東大会六位という輝かしい成績で、堂々の全国大会出場決定。ポーズダウンという下位から名前を呼ばれる方式の筋肉アピールタイムでそれが分かったとき、せんべいくんがまたしても大号泣。落ち着かせるのに必死だった。
それだけ兄貴分のアキラくんの入賞が嬉しかったのだろう、彼は自分のことのように喜び、泣いて、また喜んでを繰り返していた。
そして打ち上げの食べ放題の焼肉チェーン店でたんまり肉を喰らい、めいめいが家へと帰っていった。
アキラくんの家は大学の近辺なのだけれど、「食い足りねえ」の言葉に「俺も」と同意した秀ちゃんという同学年コンビに、タカシくんが「んじゃ送ってやるから」と言ったことから、自動的に私もお邪魔することになったのだ。
「アヤハさんの声ってすっげーよく通るっすね。一発でわかりましたもん」
「え、そんなに?」
後部座席のアキラくんの言葉に、隣に座っている秀ちゃんが同意の頷き。
「本当に良くわかったよ、綾羽の声」
「あんまり言わないで……結構恥ずかしいの」
あの時は無我夢中で叫んでいたけれど、振り返ると恥ずかしいことだらけ。助手席で小さくなる。
眠りにつく前の街を窓越しに眺めながら、私は火照った頬に手を当てた。
点滅する街灯やシャッターの閉じた店が、静かに通り過ぎていく。
どこもかしこも眠っているような時間、私の中の熱はおさまりそうになかった。
◆
アキラくんの家は本当に大学から近くて、そしてとても綺麗に生活をしていた。生活感があまりない。オフホワイトを基調としたインテリアは少し女子的でもあった。
「フリーポーズの曲、使えなかったね」
舞台上では叶わなかった、秀ちゃんのフリーポーズ。
私がぽつり、呟く。
「じゃあ今撮ろうぜ」
「ちょっと待ってよ、ちょっとパンプアップさせて……」
「じゃあ俺、曲かけるわ」
すかさず三人の野郎たちが動き出す。秀ちゃんは鞄の中から試合で使っていた規定のパンツを風呂場で履き直して登場し、腕立て伏せを始めた。
タカシくんはスマートフォンのカメラを立ち上げて準備万端。
アキラくんはスマートフォンの中のプレイリストをいじっているようだ。
「なんでそんなノリノリなの!?」
舞台上と違って、気恥ずかしい。
トレ室なら恥ずかしくないのに、このシチュエーションが悪いのだ、と思った。初めて入るおうちの小さなお部屋で、この黒い青年たちは異質だし、ましてや裸にパンツ一丁だ。
出逢った頃はちょいメタボで、この青年が本当に痩せて腹筋が見えるようになるのかな、そう思っていた。
けれど、今スマートフォンのカメラの前で全力でフリーポーズを演じている彼のお腹には贅肉はなく、腹筋は割れているのが見える。相当努力したというのが筋肉から伝わってくる。
演技が終わり、私がパチパチと拍手を送る。
「俺が全国大会で、お前のフリーポーズの曲を使ってやる」
「え?」
「聞こえてなかったのかよ、お前が使うはずだったフリーポーズの曲、俺が全国大会で使うっつったんだよ」
そう言ったアキラくんは、どこか照れくさそうだった──のだけれど。
「なんでアンタたちまで脱ぎだすのよ!」
「こうなったら全員でやる!」
「俺、ちょっとマジック使うわ」
唐突にアキラくんが上半身に着ていたものを脱ぎ、下もトランクス姿に。
タカシくんは、マジックを持ってキッチンに篭った。
二分ほどして戻ってきたタカシくんのお腹には、マジックで腹筋を六分割に描いていた。可笑しくて可笑しくて、バカバカしい。
「やめて、笑い殺される……!」
私は本気で涙を流して、笑っていた。
こうやって笑っていられるといいな、ずっと。
◆
「買い出しに行ってこい、って急な無茶ぶりだよな、あいつら」
秀ちゃんがややそわそわしながら、早く行こうと私においでおいでと手を振る。
コンビニまでの間、私たちは沈黙だった。
「綾羽」
沈黙を破ったのは、秀ちゃんだった。
コンビニ近くの灯りの下、立ち止まって秀ちゃんが私を見る。
あの、ふにゃっとした笑顔じゃない。ちゃんと、まっすぐに。
「これからも、こうしていられたらいいなって、思ってる」
「……え?」
「大会は終わっても、俺の挑戦はまだ終わらないし。綾羽も……夢、目指して頑張るんだよね?」
「うん」
「だったらさ、一緒に頑張れたらって。……そう思ったんだ」
不器用な言葉だった。告白というより、想いのかけら。
私は、ちゃんとその重さを受け取った。
だからこそ、少しだけ意地悪をしたくなった。
「もうちょっと腹筋のカットを出してから、また言って」
「え?」
目を丸くする秀ちゃんに、私はニヤッと笑いかけた。
「大会、終わってないよ? アキラくんの全国大会、応援するんでしょ?」
「う、うん」
「だから……もうちょっとだけおあずけ」
「うわーん、それ絶対ずるいやつー」
「なっさけない声ださんとって!」
私が関西弁で一喝したあと、なぜか二人で笑った。
ひとしきり笑ったあと、自然と抱きしめ合っていた。
秀ちゃんの身体からは焼肉と、タバコと、汗が混じったにおい。でもちっとも嫌じゃなかった。
「早く行かないと」
逞しい腕の中で、私が呟く。
「もう少しだけ、俺に力ちょうだい」
「ん?」
「俺さ、アキラと一緒に減量続けるって決めてたから。一人じゃできない闘いだから。だから俺はアキラのそばにいる」
「うん、頑張れ。応援してる」
空には薄く雲がかかっていたけれど、その合間から月が静かに顔を覗かせていた。
夜風が、街路樹の葉をわずかに揺らしている。
私たちはその音も匂いも全部抱きしめるように、そっと身を寄せて、彼は静かに私のおでこに口づけを落とした。
その口づけは、何も約束しないけれど、何かを始めようとしていた──そんな気がした。
【第一部・完】52407文字(改行除く)
創作大賞の締め切りのため、ここで一旦区切りとして「第一部・完」とさせていただきます。
全国大会の第二部もゆるゆる更新して参りますので、ぜひ遊びに来てください!
体調不良でご迷惑をおかけしました……ひとまず「お疲れ様でした!」
オガワヒカリ
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは私の書籍購入代や「豊かな感性」の生活のための資金にさせていただきます!今後とも応援よろしくお願いいたします!!