モストマスキュラー!18「夢」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
他校の選手たちのフリーポーズ審査の間に、私と秀ちゃんはホールの外に出た。
「時間大丈夫かな」
「大丈夫だから、こうやって綾羽を外に連れ出したんじゃん」
そう笑うジャージを纏った秀ちゃんは、秋のイチョウ並木の背景とミスマッチな黒い日焼け顔。
私は、その秀ちゃんの笑顔を見て、胸がぎゅっと締め付けられる気がした。
秀ちゃんは、ちゃんと憶えているのだろうか。私がさっき叫んだ言葉を。
「綾羽、さ」
「……なに?」
切り出される、と思った。
「綾羽は、将来何になりたいの?」
思わずズッコケそうになる。あれ? 私の『告白』、どっかいった?
でも、目の前にいる彼は、微笑んだまま私の言葉を待っているように見えた。
「将来か……将来はね、舞台女優になりたいんだ」
「舞台女優、か」
「うん、元々ね演劇部だったの。中学も高校も、ずっと。大学は芸術系じゃなかったけどね、諦めきれなくて、会社辞めて上京したの」
「そうなんだね」
「今はねえ、体力つけるのも兼ねてガソリンスタンドでアルバイトしながら、貯金切り崩して、食いつないでるよ」
「え!」
秀ちゃんが軽く叫び、目をまんまるにしている。
そう、私はスポーツサークルの他に、体力づくりと称してガソリンスタンドでアルバイトをしていたのだ。セルフサービスのガソリンスタンドも増えているけれど、有人も割と求人があって、足腰の強化、そして何よりも声を出せる環境に惹かれて働いている。
「なんでもっと早く言ってくれなかったの!」
「だって全然聞かれたことなかったんやもん! え、バイト先言わんといけなかったん?」
興奮して思わず大声の関西弁を出すと、神宮大の生徒だろう人たちにジロジロ見られた。
急に恥ずかしくなり、小声で秀ちゃんに話しかける。
「言わないと……いけなかった?」
「いや、俺、車通学だから。売り上げに貢献できるかなって思って……」
「あ、そっか」
そこまで考えが至らなかったので、なるほどと納得する。
「地元に未練は、ない? 淋しくない?」
その問いに「うん」と小さく頷く。
「大丈夫。『理解しようとしてくれる人』がいるだけで、それでいいんだ、って秀ちゃんたちを見てて分かることができたから」
私の言葉に、秀ちゃんが白い歯を見せて笑う。
「綾羽の声は凄く大きいし、向いてると思うよ」
「そう? ありがとう」
秀ちゃんの真似をして歯を見せて笑うと、後ろから「安藤さーん、アヤハさーん、もうそろ西本さんが始まりそうですー」と、泣き腫らした目で、でも笑顔のせんべいくんが、小さな身体を大きく使って私たちを呼んだ。
「綾羽、出番だな。俺も頑張る」
秀ちゃんが真剣な眼差しで私の背中をポン、と軽く叩く。
「うん、私も頑張らなくちゃね」
◆
「遅い! あともうちょっとでアキラだ」
小声でタカシくんに叱られる二人。
「ごめんなさい……」
「あああ! そんな本気で怒ったわけじゃないから。アヤハちゃん気にしないで」
「そうそう、タカシは女の子に弱いから」
「お前、今すぐ東京湾に沈めちゃうぞ?」
タカシくんの隣に座った秀ちゃんは、頭を思い切り掴まれて力を下へと押し込められている。
一方で、演技が終わると「ワンポーズ!」のかけ声が飛び交い、舞台上の選手がポーズを一つ決めて退場していた。
「あれって『お決まり』なの?」
隣の秀ちゃんに尋ねると「うん、恒例行事」と教えてくれる。
『ゼッケンナンバー二十番、西本晶くん、東応大学』
「にっしもと! にっしもと!」
「十八ばーん!」
一気に私たちのボルテージが上がり、西本コールを決める。
ステージにライトが落ち、曲が始まった。
大会ではフリーポーズは六十秒以内と定められている。「曲の編集がー!」とアキラくんが必死に編集していた頃が懐かしい。
この曲は、初めて出逢った頃アキラくんがトレーニング室でガンガンにかけていた、アメリカのロックバンドの曲。ギターリフとベースが重なるイントロ。アキラくんは観客を背に向けて立っていた。
「俺は背中が得意だから」と、あえて背中からのスタートにしようと何度も何度も夜遅くまで鏡の前で練習した思い出。
そこから、曲のビートに合わせて両腕を上げた。肩の筋肉がくっきりと浮かび上がる。その状態から広げる背中は、まるで戦士の羽のように力強く、それでいてどこか神々しかった。上腕二頭筋の形、胸の厚み、腹の割れ。ポージング一つ一つに、まるで言葉があるみたいだった。
筋肉をただ見せるだけじゃない──伝えている。そう思った。
肩を振り返るようにして見せるサイドチェスト。リズムに乗るたびに、彼の身体が熱く大声で叫んでいる気がする。
会場が、静かになっているのがわかる。観ている全員が、彼の筋肉の『語り』に引き込まれている。
最後のフレーズに差し掛かると、アキラくんは深く息を吸って、拳を固めた。そしてモスト・マスキュラー──全身の筋肉を爆発させるようなポーズを決める。その一瞬だけ、まるで照明が彼一人にしか当たっていないように見えた。
音楽が終わっても、拍手はすぐには起きなかった。全員が、余韻を噛み締めていたからだ。
「ワンポーズ!」
私は拍手しながら、第一声を上げる。
それを合図に、まるでスイッチが入ったかのように、拍手が起きた。最初は控えめに、そしてどんどん大きく、熱くなっていく。
手が痛くなるほど拍手した。まるで自分のことのように、胸がいっぱいになっていた。
──ちゃんと届いたよ、アキラくん。
あなたの中の、秀ちゃんの想い、後輩くんたちへの想い。私にも、伝わったよ。
◆
興奮冷めやらぬまま、結果発表の時間になった。
アキラくんは──
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