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【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<1ー2>


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NO.1:洋服の国の段ボール姫 #02

 この梅雨前が、一番商品が混乱する時期だ。
 春物と夏物が混在するバックヤードには、棚に入りきらない商品たちがパッキンの中で出番を待っている。

「なんで今日もこんなにあるんやろうねえ……」

 パッキンたちを眺めながらため息をひとつく。
 ため息の理由は大量のパッキンのせいだけじゃない。先日、新しい学生アルバイトさんが入って、裏方の仕事を教えてくれと店長の五十嵐さんから教育係を指名されたからだ。
 ちゃんと教えられるかな、ブランドのこと好きになってもらえるかな、などと一人で不安がっていると、背後から「あおい!」と五十嵐さんの声が聞こえてきた。
 振り返ると、カーキのテーパードパンツに白シャツを合わせた店長の五十嵐さんの隣、色白でショートカットの小柄な女の子が立っていた。その二人を確認して、私は腰を上げる。

白石しらいしさん、この子がバックヤード専門で働いてくれてる紺野あおいさん。バックヤードのことなら何でもお任せのやり手だから」
「五十嵐さん、ハードル上げ過ぎですよ……紺野です、よろしくお願いいたします!」
「あっ、白石みおと申します。よろしくお願いします!」
「じゃああおい、白石さんに色々教えてあげて」
「かしこまりました」

 そう言い残して、五十嵐さんが颯爽と倉庫から出ていく。
 その美しい姿勢の後ろ姿を眺めて、ふう、と一息吐く。
 まず、緊張でカチコチに固まっている白石さんを柔らかくしないとな、と頭の中で会議する。

「白石さん、入社したてで全然わからないですよね。何から教えて欲しいとか希望ありますか?」
「あの、品番が一番難関かなと思っていて……皆さん品番で商品を把握されているので」
「びっくりしますよね! 私も入社した時、ちょうどセールの時期で五十嵐さんや仁科さんに無理やり覚えさせられた感じですもん」

 以前エクセルでまとめた品番の読み方シートがあったはず、と普段から使っているラピスアークのノベルティだったメモ帳を取り出し、挟んであった綺麗に折りたたんでいるA4のコピー用紙を広げる。

「あったあった。もしよかったら写します? スマホで撮影でも、書きとりでも」
「書きます! 手を動かした方が覚えると聞いたことがあるので」

 彼女の手にはメモ帳とボールペン。真面目な姿勢は見ていて眩しい。

「LA177200902……確か今日五着入ってるはず。じゃあこれを教材にしちゃいます」

 そう言って私は近くに置いてあった半袖のカットソーを取り出して、タグを見せる。

「品番だけで商品が分かるんですね……」

 不安そうな表情の白石さん。私は意識して明るく伝える。

「これはもう『慣れ』、ですかね? LAはラピスアークの略、17は夏物、72がトップス、009がカットソー、02はライトグレーの意味です」
「覚えられるでしょうか……」
「大丈夫です、テストがあるわけじゃないし。まずは自分が『可愛い』と思った服の品番から指差し確認していけば、一週間で景色が変わりますよ」

 白石さんはしっかりメモを取り、更にスマホのカメラで撮影までしている。とても勉強熱心な子なのだな、と安心した。
 私は、手にしていたカットソーをビニールの上から丁寧に整え、平積みの山へと戻した。カサカサ、という硬質な音が静かな倉庫に響く。

「私からお教えできることで一番大切なのは、最初から全力を出そうとしないこと、ですね」
「え?」

 白石さんのメモを取っていた手が止まる。

「どうしてもセール中はみんな必死で、売り上げ目標もあるから殺気立っちゃうこともありますが、今はそのシーズンじゃないですし。マイペースに、丁寧にお仕事をしてもらえるほうが私も販売員さんたちも嬉しいと思います」

 天宝寺店はフラッグシップ店というのもあるけれど、売り場面積もかなり広く、派遣社員さんと他店のヘルプさんも入ってようやく店が回る状態だ。せっかくラピスアークを選んでくれた白石さんを、一時いっときの忙しさで使い潰したくない。そんな想いが自然と口をついて出た。
 私が笑って言うと、白石さんは「はい、頑張ります!」と拳を握った。その初々しさに、私の心も少しだけ洗われる気がする。

「紺野さんは、ずっとこのお仕事を?」
「あおい、でいいですよ。私もミオちゃんって呼んでもいいですか?」

 私の提案に、ミオちゃんがパッと顔を輝かせて頷く。

「キャリアは一年ちょっとですね。最初はモデルの仕事の合間に……と思って始めたんですけど、今じゃこっちが本業みたいなものになってます」
「モデルさん! やっぱり、背が高いからそうだと思ってました。素敵ですね」
「素敵かどうかは怪しいですねー。軍手はめて段ボールと格闘してる時間が一番長いですし」

 謙遜ではなく本音だ。スタジオよりも、この埃っぽい倉庫で品番を完璧に仕分けている時の方が、今の私にはしっくりくる。

「私、ラピスアークが大好きで……高校生の時から、いつかここで働きたいって思ってたんです」

 ミオちゃんが頬を赤らめながら、棚に並んだ服を慈しむように見つめる。

「『好き』って気持ちがあるだけでハナマルです! その気持ちがあれば、重いパッキンも少しだけ軽く感じる……かもしれない」

 私は両腕を目一杯使って、頭上でマルを作ったのだけれど。

「あはは、本当ですか?」
「あ、それは言い過ぎた。やっぱり重いものは重いわ」

 真顔で言い直して、腕で作った頭上のマルをそのままに固まると、ミオちゃんはこらえきれないというようにクスリと笑った。

 ラピスアークの特長は、幅広い年齢に愛されているブランドである、ということ。カジュアルシーンからキレイめオフィスカジュアル、そして華やかなオケージョンワンピースまで、品揃えがとにかく豊富だ。
 積極的な外部コラボもあり、年間通して飽きのこない店づくりを行っている。最近では「ラピスアークのプチプラパンプス、履き心地良くてカラバリ多くて最高!」とSNSで大バズりし、今も靴の欠品が続いている。
 一日中、バックヤードや倉庫でパッキンを捌く音がこだましていたあの狂乱の時期を乗り越えて、ようやく落ち着きを取り戻したところだ。

 ミオちゃんは積極的に私に質問してくれるし、私も自分の復習になって、これはこれでいいのかもしれない。

「あおいさん、このパンプスの『L』と『LL』、箱の厚みが微妙に違いますね。こっちの棚が少しだけ浮いて見えます」
「おっ、正解。よく気づきましたね」
 
 私は作業の手を止め、感心してミオちゃんを見た。

「うちのパンプス、LLサイズは安定感を出すためにヒールの付け根を少しだけ厚く補強してるんです。その数ミリの差が、箱の設計にも出てるんでしょうね。それを見逃さないのが、棚を美しく保つバックヤードの『魔術』です」
「数ミリの魔術……! サイズによって構造まで違うんですね」
「ちなみにこっちのパンプスは0.5センチ区切りで21.5センチから26.5センチまでありますよ。補強も0.5センチ刻みで変わります」
「いつも見てて、すごい品揃えだなと思ってました。私も家に一足あるんです」
「ミオちゃんが持ってるその一足も、この棚のどこかで誰かが『数ミリ』を揃えた一足かもしれないですね」

 ミオちゃんが感銘を受けたように、そして自分も「そのブランドの一員」だという真剣な顔でメモを取る。
 ただ闇雲に作業するんじゃなく、ブランドの「こだわり」ごと吸収しようとする彼女の姿に、私も初心を思い出した。
 靴箱の品番タグがすべて手前を向くように、両手で交互に棚の奥へと押し込む。ゴトッ、と箱が棚の背板に当たる鈍い音が、心地よいリズムで続いた。
 好きこそ物の上手なれ。
 ミオちゃんの小さな発見を拾いながら、私はパンプスの山を整えていく。
 きっと彼女は素敵な販売員さんになれる――私の勘がそう言っている。そのミオちゃんが私のノートをじっと見つめていた。

「あおいさんのそのノート、ノベルティですよね?」
「おー、めざといですね。一年前のかな?」
「私、この裏表紙に書かれている英語の意味が知りたくて、必死に調べたんです」
「このローズゴールドのプリントのところの?」
「はい」

 ブラウンのリングノートの裏表紙に英文がプリントされている。

 “Arc is not the end—it’s the bridge.”

 直訳すると「弧は終わりじゃない——それは“橋”なんだ」。
 その直訳をミオちゃんが口に出して「でも何か違う気がして」とずっと考えていたんです、と教えてくれた。

「これね、意訳すると多分しっくりくると思いますよ。五十嵐さんの受け売りですけど」
「意訳ですか!」

 ――目に見えるゴールがすべてじゃない。その先をつなぐものが、ちゃんとある。

「そっか、そういうことか」

 その意訳を聞いて、目を輝かせるミオちゃん。
 私はその彼女のまなざしを、あたたかな気持ちで見つめていた。


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