【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<1-3>
NO.1:洋服の国の段ボール姫 #03
「モモちゃん!」
「あおいさん、お疲れ様!」
今日は早上がり。お休みだったモモちゃんと二人で、五十嵐さん御用達の焼き鳥屋へ行こうと決めていた。
さすがターミナル駅。夕方の天宝寺駅の改札前は人で埋め尽くされている。学生集団や、スーツ姿の男性の集団。お揃いのぬいぐるみをスクールバッグにつけている女子高生の二人組、などなど……。
「やっぱりあおいさん、遠目から見ても目立つなあって思ってた」
「身長高いだけやん」
「いや、やっぱりモデルさんやなあって。華があるもん」
恥ずかしいので「褒め言葉としてとっておくわ」と言うので精一杯。昔のダサかった頃の私を知ったら、モモちゃんは苦笑いを浮かべるだろう。
「バックヤード、しんどくない?」
不安そうに尋ねてくるその表情が、まるで小動物のようでぎゅっと抱きしめたくなる。
「しんどくないよー。楽しい」
「それならよかった……モデルやってるあおいさんも好きやけど、バックヤードでパッキン運んでるあおいさんも好きなんよね」
「それはバックヤード冥利に尽きます」
その言葉で、モモちゃんが笑う。
駅から歩いて五分。「とりてん」と書かれた暖簾をくぐる。
夕方の焼き鳥屋は、それなりに混んでいたけれど、ぎゅうぎゅうというわけではない。昔ながらの「昭和」感をギュッと濃縮したようなお店の内装は、どこか田舎のおばあちゃんちに転がり込んだような、ノスタルジーを感じさせる木をあしらったものだ。
無事席も確保できて、二人の手にはジョッキの生ビール。
「かんぱーい」
ジョッキがカチリと音を立てて、私たちは一瞬無言で一口飲む。
「うんまーい!!」
アルコールって、ビールって、なんでこんなに美味しいのでしょう。炭酸の弾ける喉ごしは、仕事の疲れも吹っ飛ぶくらいのパンチ。最大級の褒め言葉が出る。黄金色の愛しいやつ。
「夕方のちょっと早い時間から飲む生ビールの罪深さ……ええよな」
ニヤついた顔のまま、私がビールの罪について語ると「ホンマそれな」とモモちゃんが同意してくれる。
早速注文した焼き鳥たちがどんどんテーブルに並べられていく。
「あおいさんって、ホンマ美味しそうに食べるよなあ」
「多分、職業病やから」
ふと、数年前の食レポ取材を思い出す。少食だから、数をこなせないぶん「どれだけ美味しく食べられるか」を研究してたな、と振り返る。
「びっくりしたなあ、あおいさんがバックヤードスタッフで入社してきたときは」
「また、その話をするんや」
思わず笑ってしまう。
「何度だってするわ! だってテレビで観てたひとが、目の前におるんよ? 普通驚くやん」
「否定はしない」
「ミューキャンのあおいちゃん!? ってなった」
「鶏ももタレ」の串をもぐもぐしながら、モモちゃんのおしゃべりは止まらない。深夜のローカル局の音楽番組「ミューキャン」――正式名称はmusic candy。その番組アシスタントを事務所に入りたてで任せてもらえたのだ。
そして、ミューキャンを予約録画して観ていたのが、モモちゃんだった。初対面で私の顔を見るなり悲鳴を上げていたのを思い出して、ニヤニヤしてしまう。
「しかも、SNSフォローしてたひとやし」
「SNSも仕事のために作ったもんやしなあ、まさか知人以外のフォロワーさんが職場におるなんて思わんて」
笑いながら私は「鶏皮の塩」を齧りながら、当時を思い出す。
私はとある雑誌の専属モデルをやっていたのだけれど、その最終審査が一般投票で決まるシステムで、これはインターネットの力も借りないと! と思って写真投稿SNSアプリのアカウントを作り、色んな情報を発信していた。投票のお願いのチラシを配ったときの一コマやプライベートなど、モデルになってからは取材の一コマだったり、日常だったりを更新していた。
そのアカウントは今も稼働中で、たまに撮影依頼をこなした日には、オフショットを更新するようにしている。フォロワーさんもおかげさまで三万人ちょっといる。
バックヤードでの仕事のことは全く発信していない。裏方ゆえ発信できないこともあるから、というのもあるけれど、バックヤードの人間が目立ってどうする、という考えだ。
「うちらはあおいさんがいて回ってるもんやし、時給あげてもらわな!」
「いや、そんな大層なことしてへんて」
「してる!」
ダン! と強く空のジョッキをテーブルに置いて、モモちゃんがまるで獲物を狙う野生動物のような視線を投げかけてくる。
「どうしたモモちゃん、もう酔ったん? あと呑むペース早い」
「あおいさんって、誰に対しても腰が低くて、感謝を忘れないじゃないですか。モデル時代からずっとそうやったんですか?」
モモちゃんの問いに、私は「鶏皮」を皿に置く。
「……どうやろね。むしろ二十代前半までは、何が足りないのかも分かってない、ただの『自分が見えてない』女の子やったよ」
そう言いながら、私はジョッキを持ちビールを流し込む。
「二回落ちて、三回目にやっと最終選考まで残ったのが二十七歳。最後は一般投票で決まるシステムやってんけど、その時気づいたんよ。『私には、応援してもらうための徳が足りない』って」
モモちゃんが好戦的な視線から、普段の目つきに戻る。
「色んなところに頭を下げて、SNSも必死で更新して、出会う人には死ぬ気で『ありがとうございます』って伝え続けた。自分を磨くだけじゃなくて、周りに支えてもらえる人間にならないと、この世界では一歩も進めないって分かったから」
「……それで、受かったんですか?」
「うん。最後はたったの二票差。その二票の重みを考えたら、怖くなった。この二票は、私が頭を下げた誰かの優しさやんか、って。だから事務所に入るまでのあの一年間は、とにかく感謝を返すために『いい子』でいようって決めてたんよ。最初は必死の努力やった。でも、一年、二年と続けてたら、それがいつの間にか私の『普通』になってしもたんかな。今じゃバックヤードで軍手はめてても、パッキン運んでくれる運送屋さんに『ありがとうございます!』って、勝手に声が出るしな」
苦笑いして、少し温くなったビールの最後の一口を流し込む。
「……だから、私はもともと性格がいいわけちゃうよ。二票差で人生が変わった、あの時の恐怖と感謝を忘れたくないだけ」
私も酔っているのだろうか、饒舌になっていた気がする。
「……ううう、あおいさんは、自分を低く見積もりすぎやー! もっと自分の魅力に気づいてー!!」
そう言うと、モモちゃんは突然、机に突っ伏して泣き始めた。
「わー、まてまてまてい! 泣くんじゃないよ、木村桃瀬!」
魅力なんて、と笑いながら、私は泣き上戸のモモちゃんの肩をさすった。
誰かに必要とされることが、こんなに喉を熱くさせるなんて。生ビールのせいだけじゃないことくらい、私にだってわかっていた。
モモちゃんに飲ませるチェイサーを頼み、私は新たに頼んだビールを流し込む。チェイサーを飲むと、あっさりといつものモモちゃんに戻るので、私はモモちゃんと呑むお酒が割と好きだ。
「失礼しました……すぐ泣くクセを直したいです」
「いえいえ、慣れてますから……あ、慣れと言えばミオちゃんはどう? 売り場では」
「うん、素直やし、こちらが言ったことをちゃんと聞いてくれるから、やりやすいよ」
「どこかのリリカ様とは大違いって?」
私の言葉に、モモちゃんが飲んでいた水を吹き出しそうになっている。リリちゃんも最近は頑張っているけれど、最初は大変だった。「わかりません」の一点張りで、あの五十嵐さんさえ扱いに困るくらいだった。何がきっかけかは分からないけれど、最近は割と素直に仕事をしている。
「リリカ様はリリカ様の良さがあるけど、ミオちゃんは真面目すぎるのがネックになってるかも」
「そうやんね、接客ってマニュアル通りにいかないことばっかりやし」
「新人育成って大変やわ……」
「裏方は品番さえ理解してもらえれば、あとはやること決まってるし」
「いやいや、それだけちゃうよ。販売員を支えてくれる人やから」
そう言って、照り輝く「鶏つくね」を頬張るモモちゃん。
「……あおいさん、ミューキャンの時、ほんまにキラキラしてた。私、録画したやつ今でも消されへんもん」
モモちゃんが「鶏つくね」のタレを口角につけたまま、熱く語る。
「もう、その話はええって。今は軍手はめてパッキンと格闘するのが、しっくりきてるんやから」
私は、生ビールをグイッと煽って、照れ隠しに串に残っている「鶏皮の塩」を口に運んだ。パリッとした香ばしさにプリッとした食感と、絶妙な塩気。これよ、これ、と口の中で旨味が踊っている。
「でも、なんで辞めたん? PLACEの掲示板、荒れてたんやから」
PLACEは今も私が所属しているモデル事務所の名前だ。自分の知らないところで、誰かが私の不在を惜しんでいたことを知り、胸が痛む。
「荒れてたんや……まあ、色々あったんよ。それに疲れてしもたんかな」
本当のところ、疲れたわけではない。
ミューキャンのアシスタントの契約終了は、突然だった。
二十九歳。事務所の社長が抗議してくれたと聞いた時は、一人で泣いた。
「あおいさんは、自分を低く見積もりすぎやー!!」
デジャヴ。さっきのモモちゃんの叫びが、焼き鳥屋の店内に響き渡り、またしても突っ伏して号泣している。私は他のお客さんに「すみません」と謝りながら、モモちゃんをなだめる。
「わー、わかった! わかったから! ほら、この『皮』食べる? 脂乗ってて美味しいよ」
私は慌てて、残っていた「鶏皮の塩」の一本と、追加で届いた「ぼんじり」と「ハツ」も含めてモモちゃんの皿に押し付けた。
「……ミオちゃんには、自分がモデルだって言ったけど……」
ふと、初々しい彼女の顔を思い出す。
「ミオちゃんに? あおいさんから言うのって珍しくない?」
半泣きのモモちゃんが顔をあげて、目をまんまるにした。頬はほんのりと赤く、私の次の言葉を待っている。
「後から言うのって、なんか隠してるみたいで。それに今の私は、ただの『品番の魔術師』や。それで一生、この薄暗い倉庫とバックヤードを守り抜くつもりやから」
「怖い怖い、魔術師はヤバいやつ。あとモデルは絶対、辞めんといてください」
私の「魔術師」という言葉に、モモちゃんがケラケラ笑っている。
「はいはい……で、次はなんの串食べる? 私は『レバーのタレ』いきたい」
「賛成! あ、あと、ここの『鶏雑炊』、シメに最高なんよね……!」
過去の栄光なんて、今の私には冷めた串と同じだ。
食欲そそるレバーのタレと、心地よく回るアルコール。それが今の私の、揺るぎない「正解」。
モデルの仕事がない日でも、過去の栄光に執着するのではなく、今を美味しく。
「……すみませーん! レバー二本と、おかわりください!」
モモちゃんの笑い声と、焼き鳥の煙。
私は、少しだけ軽くなった心で、次の串に手を伸ばした。
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