モストマスキュラー!14「後輩たちとツナ缶男」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
「西本さん、補助お願いしたいんですけど」
「おお、いいぞ」
今日の曲は、私が大好きなバンドのミドルバラード。誰の好みだろうと思っていたら秀ちゃんのチョイスだったので、何故か嬉しくなった。
「メガネは真面目だなー」
「安藤さん、ひどいっすよ。俺だって真面目じゃないですか!」
「そうだな、せんべいも真面目だよな。悪い悪い」
せんべいくんの名前の由来は、某有名漫画に出てくる主人公のロボットを開発した博士の名前が「せんべい」で、そのキャラクターと等身が似ているから。言われてみればそうだけれど、雑なニックネームだなと思った。
ラメンことカワノくんはパーマヘアーが麺みたい、メガネくんはそのまんまメガネをかけているからで、アキラくんの皇帝も主将だから、らしい。何故秀ちゃんがヘタレなのかについては触れなかった。
一応マネージャーになったけれど、特にやることは変わらない。皆のトレーニングを眺め、ポージングの練習をしているところを眺め、と眺めているだけだ。彼らの身体の変化や、集中している時の表情、時折漏れる息遣いなどを、私はただ静かに見つめる。
それもそのはず、私にはボディビルのにわか知識しかないのだ。何もアドバイスしてあげられないし、女子の私がアドバイスなんてしたら、きっとウザがられるだろう。立場を考えないといけないな、と改めて思う。
それでも、私がここにいることが彼らにとって、僅かでも「励み」になっていると信じたかった。
青白かったアキラくんの肌も小麦色になっていて、他の後輩くんたちも黒い肌になりつつある。ああ、もうすぐ大会なのだな、と肌の色で判断できるようにはなっていた。
そんなある日。
「実は、西本さんに昨日髪の毛を切ってもらって」
「え!」
思わず小さく叫ぶ。
確かにせんべいくんの髪の毛、さっぱりしたなあと思っていたら、アキラくんが?
「お前ペラペラしゃべりすぎなんだよ、トレーニングメニュー増やすぞ」
照れているのか、せんべいくんの髪をわしわし乱しながら、アキラくんが悪態をついている。彼らのやり取りを見ていると、ただの部活じゃなくて、まるで『兄弟』みたいだと思った。
「……なんか、いいね。そういうの」
ふたりのやり取りを眺めながら、私はそう呟いた。
『兄弟みたい』なんて言ったけれど、本当は少しだけ羨ましかったのかもしれない。誰かに頼られたり、からかわれたり、支え合ったり。
まるで自然な呼吸のように、そこに在る関係性。
『お前の夢って、俺と会う時間減らしてまで、やらなあかんことなん?』
唐突に、あの声が脳裏をかすめた。
その声の主の顔も、表情も、あのときの空気までもが、一瞬でよみがえる。
あのときは何も言えなかった。ただ、沈黙で怒らせてしまった。夢を語ることが「ワガママ」になるなんて、思いもしなかったのに。
「綾羽さん、どうしました?」
せんべいくんが、心配そうに覗き込んでくる。
「……え? あ、ううん。なんでもないよ」
私は笑ってみせた。大丈夫、もう過去には戻らない。
私の隣にいるのは、私の夢を笑わない人たち。
誰かを応援することで、自分自身を応援してる──そんな気がしてる。
◆
日曜日。
「えーと、電球電球……」
広い家電量販店の中、少々迷子になってしまった。トイレの電球が切れてしまったので買いに来たのだけれど、どこに何があるのかさっぱり分からない。仕方がないので近くにいた店員さんに訊くことにした。
「すみません、これと同じ電球ってありますか?」
「いらっしゃいませ……あ、綾羽さん?」
「アケチくん?」
尋ねた店員さんはなんと、殆ど口を聞いたことがないアケチくんで驚いた。驚いたのは私だけじゃない。目の前にいるアケチくんも相当驚いた顔をしている。でもすぐにビジネスモードの表情に切り替わり「こちらです。どうぞ」と案内される。
売り場までの道中、私から話しかける。
「バイトしてたんだ」
「好きでボディビル始めたんで……親には迷惑かけられませんし」
「そうだよね、部活ってお金かかるもんね」
「ありました。これで大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かりました」
「綾羽さん」
「ん? なに?」
「いつも僕たちを見守ってくれてありがとうございます」
そう言うと、体育会式九十度のお辞儀を私に向けてくれるアケチくん。
「え?」
「部外の人に応援されるの、初めてなんで……不器用ですみません。ちゃんとお礼言えてなくて」
「いえ、いいえ! 邪魔してるんじゃないかなって不安だったから、そう言ってもらえてこっちも嬉しい、です」
「また、いつでも遊びに来て下さい。歓迎します」
メガネの奥の瞳が、普段のクールな表情からは想像できないほど、温かく優しい笑み。それは確かな、心からの歓迎の笑顔だったように思う。
──なんと折り目正しい受け答え。
メガネ、というニックネームにふさわしすぎる。
何故だろう、急にこの青年に自分の想いを伝えたくなったので、口を開く。
「もっと」
「え?」
「もっと私、勉強します。だから、アケチくんも色々教えてくださいね。頑張ります」
そう言って私は両腕の袖をまくって、女子の割にはしっかりついている両腕の上腕二頭筋を強調するポーズを、自信満々に決めた。
「ダブルバイセップス、って言うんでしょ?」
「…………」
アケチくんは、口元を片手で覆い、肩を震わせながら、必死に笑いをこらえていた。その様子に、私が何かとんでもない勘違いをしたのか、それともポーズがよほど滑稽だったのか、私、そんな変なことをしたのかな、とやや不服だったので「え、何がおかしいの?」と、むうっと唇を尖らせてぶうたれた。
◆
外を歩けば、夏のむせ返るような緑の匂いから、随分と様変わりしたような気がする。東応大学の正門から校舎へ続く立派な並木道も朱く色づき始め、秋の訪れを教えてくれる。
秀ちゃんはやれ卒業研究だ、やれトレーニングだと忙しくてしている。
同じように忙しくしているのがアキラくんだ。アキラくんは早々に卒業研究を終えてしまったらしく、秀ちゃんの二倍、それ以上に自分を追い込んでいた。筋肉は立派に成長していて、すごく逞しい。
そんなある秋の日のこと。
秀ちゃんは卒業研究が終わり次第トレーニングに行く、と言って私をトレーニング室まで送り届けたあと、研究室へとんぼ返り。
トレーニング室に取り残された私は、置いてあるCDのラインナップを見比べて、今日は何をかけようかなと品定めしていた。
「ちわっす」
背後からアキラくんの声が聞こえてきて、振り返った私は、その姿を見て唖然とした。
「ちょっと、なに!? その大量の荷物!」
その中身を覗くと、銀色の光沢を放つツナ缶が、隙間なくぎっしりと詰め込まれていた。ツナ缶、ツナ缶、そしてツナ缶……!
「スーパーにあったツナ缶、全部買い占めましたよ」
アキラくんは、達成感に満ちた、どこか狂気じみた笑みを浮かべている。
「だからって、こんなにも買わなくても……」
私の目の前には、ありとあらゆるメーカーのツナ缶が軽く百個を越えて鎮座していた。
「毎年大会と言えばツナ缶で始まり、ツナ缶で終わるんです。俺」
そう言って、まだまだ買い占めますよーと目を輝かせる青年を目の前に、私は少しだけ眩暈を覚えた。これはもう、執念だ。
「お、お金は大丈夫なの?」
「俺、バイトの全財産を日サロと食事につぎ込んでますから」
「ひええ……降参!」
「去年、悔しい思いしましたからね。あと一位順位が上だったら初の全国大会だったんですけど、駄目だったんで」
「そうなんだ」
「俺は今年必ず全国十位以内に入りますよ。宣言します」
色黒マッチョ青年が笑う。
「そう言えば、みんなの食生活ってどんなの?」
「僕は西本さんと同じようにツナ缶です」
せんべいくんが答える。
「ねえ綾羽さん、ツナ缶、食べてみます?」
アキラくんがいたずらっぽく差し出してくる。
「う、うーん……白ごはんと一緒なら……」
「ダメです! オイルを切ったツナそのままです!」
「む、無茶ぶり!!」
また笑いが起きた。過去の痛みを、今のこの空気がそっと洗い流していく。
ほんの少しずつでいい。前に進めてるなら、それでいい。
──私の偏見、ちょっとずつなくなってきているのかな。
そう思えるようになった自分が、ちょっとだけ、好きだと思えた。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは私の書籍購入代や「豊かな感性」の生活のための資金にさせていただきます!今後とも応援よろしくお願いいたします!!