モストマスキュラー!11「スカウト(2)」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】
「あ、そうだ。今日は後輩がいるはずなんだけど、俺よりかはずっとボディビル部らしいやつらだよ」
「なるほど、ムキムキマッチョなのね」
私の言葉に、秀ちゃんは苦笑いしながら頭を掻いた。
「どうかなあ、今はそうでもないけど」
でも、いずれは皆マッチョになるけどね、と付け加える彼の言葉から、まだ見ぬ『ボディビル部らしい』後輩たちの姿を想像する。
◆
「今日はバラードなのね……」
トレ室のドアを開けると、そこは先週までとは打って変わって、爆音の失恋ソングが響き渡っていた。失恋ソングの代名詞、みたいに言われるアーティストのガッツリ失恋ソングに、プレハブ小屋が少し震えているのだろう、締め切られた窓が僅かにカタカタと音を立てていた。
「これは明智の趣味だな。明智がいるってことは田中もいるはずだ」
ちわっす、と慣れたように挨拶をしながら扉を開ける秀ちゃんと、多少慣れたように続けて「お邪魔します」と言う私。
だが、慣れていないのは、このプレハブ小屋の利用者たちだった。私の声に驚いたように振り返った彼らは、あまりにも対照的だった。
一人は、想像していたような筋肉質な体つきとは少し違う、黒縁眼鏡をかけた、恰幅の良い色白青年。私たちの姿を確認して軽く会釈をしたあと「やるべきことをやるのだ」と、まるで仙人のように淡々と筋トレに打ち込んでいる。外野にはあまり興味がないらしい。
もう一人は、少年と見間違えるほどの小柄な身長の、黒Tシャツを着た童顔青年。秀ちゃんの姿に一瞬笑顔になったかと思うと、隣にいる私と視線が合った瞬間だった。
ガシャン!
「危ない!」
彼が持っていたダンベルが床に落ちたのと秀ちゃんの叫び声が同時だった。金属片が床に叩きつけられる独特の音が、鼓膜を突き破るかのように耳に響く。
その音に、トレ室にいた全員が、一斉にダンベルの落ちた場所へ駆け寄ってきた。
「おい! せんべい! 大丈夫か!?」
「大丈夫っす……すみません……」
──せ、せんべい? この子、せんべいなの?
「集中しろよ」
色白青年はダンベルを拾い上げてせんべいくん(?)に渡しながらそれだけ言うと、また自分の筋トレに戻る。
「おい、メガネー。クールすぎるぞ。もうちっと心配してやれよ」
──今度は見たまま、メガネかよ!!
心の中の突っ込みが追いつかないうちに、更に続くニックネームの嵐。
「ラメンと皇帝は?」
「ラメンは五限のフランス語で、皇帝さんは今日見てないですね……」
「あいつ、フランス語ってキャラじゃないだろ」
秀ちゃんが可笑しそうに笑っている。いや、可笑しいのはそのニックネームだから!
笑いを噛み殺すのに必死な私を大きな瞳が捉える。
「ごめん、綾羽。こいつらが明智に田中」
やっぱり体育会系。以前のカワノくんのように、トレーニングの手を止めて二人が揃って「明智です」「田中です」と九十度のお辞儀をしてくれる。
せんべい、と呼ばれていたタナカくんが頭を上げると、恐る恐る秀ちゃんに尋ねた。
「あの、安藤さん。このお綺麗な方は……彼女さんでしょうか」
「はい!?」
私と秀ちゃん、同時に声を上げる。
お綺麗と来たか、褒められて悪い気はしないけれど、お綺麗は言い過ぎでしょ。
「そうだと嬉しいけどね、残念、違う。俺のサークル仲間の小阪綾羽さん。俺が無理言ってトレーニングの見学に来てもらってるんだ」
「小阪です。よろしくお願いします」
笑顔で挨拶すると、タナカくんが耳まで真っ赤にして視線を逸らした。
か、可愛い。小動物みたい。
「お邪魔にならないようにしますので」
私の言葉を聞いたであろうアケチくんが、それを合図とばかりにさっとトレーニング機器の方へ行ってしまった。
やっぱり……そうだよね。男の園、女人禁制だよなあ。マズった。
「おいメガネ、何か一言言ってからにしろよ」
秀ちゃんが諌めようとするのを、私が止める。
「こら、私が勝手にお邪魔してるんだから、いいの。ごめんね、アケチくん」
アケチくんは、黙ったままだった。そのまま静かに筋トレをしている。
私はそれでいい、と思っていた。
自分自身の稽古の時、誰が入ってきても集中力を切らしては元も子もなくなることを、身をもって知っているから。
集中している時は、思う存分集中したらいい。
「綾羽、素質あるよね」
秀ちゃんが真っ直ぐな視線を私に投げてくる。
「え? 何が」
「マネージャーの素質」
「マネージャー?」
人生で初めて言われる言葉だった。私に、マネージャーの素質が?
「今も、明智に気を遣っただろ?」
「まあ、そうだけど」
「それで、俺からの提案……これはアキラも言ってたんだけど、綾羽、ボディビル部のマネージャーにならない?」
突拍子もない提案に、私の口があんぐり開いてしまう。
「え、ええええ!?」
「ヤローばっかりでむさ苦しいっていうのもあるんだけど、正直マネージャーが居てくれるとありがたいこと沢山あってさ。別に毎日来てくれって訳じゃないんだ。客観的な視点を持っている人間が一人いれば、弱小ボディビル部の立て直しができるよなって」
確かに秀ちゃんの行っていることはもっともだった。第三者視点があれば、色々な改善が図れることは身をもって経験しているから。でも。
「私、東応の生徒じゃないのに?」
「大丈夫、誰だって良いわけじゃないんだ。綾羽がいいんだ」
「……考えさせて。バイトとレッスンの都合もあるし」
「もっちろん。綾羽さえ良ければ、だから」
秀ちゃんが、目尻を下げて笑った。
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