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モストマスキュラー!10「スカウト(1)」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】


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 家に帰り、なんとなく誰かと話したくなったので久し振りに高校時代の友人に電話をかけた。

「もしもし、実咲みさき? 今大丈夫?」
『おーっす、ご無沙汰。大丈夫じゃないけど大丈夫やで』
「なんよそれ」
『今締め切りに追われてまーす』

 実咲は東京の出版社で音楽雑誌のライターをしている。

「相変わらず大変ですなー」
『ここ数日ほっとんど寝てへんし、昨日は家に帰れんかったわ。自分が臭いんとちゃうかってメッチャ気にしてる』
「え、そんなに大変やったら切る切る。後日改めて」
『ええねん、ええねん。息抜きせんとやってられん』
「そらそうやな。んで、息抜き代わりに聞いたってくれへん? 私の話」
『息抜き代わりに?』

 不思議そうな声が受話器の向こうで響く。 
 この一ヶ月で起きた出来事を簡単に話すと、電話の向こうで豪快な笑いが聞こえてきた。

『あははは! すごいことになっとるやん!!』
「笑いごとちゃうで、ホンマに」
『私も実際見てみたいわ、その子ら。筋肉男子は割と好みやで』
「機会があったらな。でもめっちゃ普通の子らやで。見た目は」
『中身はどうなんよ』
「すごく男子校っぽい。汗臭い」
『うちらも似たようなもんやろ』
「確かに。女子クラスは女子校やしな」

 私と実咲は高校時代一年間女子クラスを経験している。少しだけ女子校のノリを知っているので、彼らのノリもそれと同じなのだろうなと納得できた。

『あ、せや。綾羽』
「ん? 急にどないしたんよ、改まって」
『アイツ』

 その言葉に身構える。実咲が「アイツ」呼ばわりする人間は、世界で一人しかいない。

「……アイツがどないしたんよ」
『最近アンタの行方を嗅ぎまわってるらしいで。この間ワクちゃんからメッセージきてた』
「…………は?」

 時が止まったような気がした。
 ワクちゃんは私たちと同じ高校の友人。地元にいた頃は真奈まなという同級生と四人でいつも遊んでいた。ワクちゃんは地元で就職して実家に住んだままなので、貴重な情報源だったりする。

『綾羽が会社まで辞めるって想像できんかったみたいやな。遅いっちゅーねん。とうの昔に逃げとるわ』
「逃げてはないけどな……」

 いや、半分逃げたようなものか。心の中で溜息をつく。

『後悔させたったらええやん。アンタの夢、見せつけたりぃや』
「……せやな」
『私の方でも釘は刺してるから、連絡先は漏れへんと思うけど。ただな……』
「何よ?」
『ワクちゃんの報告によると、アンタの実家に押しかけたらしい』

 実咲の言葉に、心臓が張り裂けそうになった。
 アイツが私の実家に、押しかけた!? 思わず声が大きくなる。

「はあ!? 私、なんも報告受けてへんで!?」
『そりゃ綾羽パパママからしたら、一人娘守るためにわざわざ要らん心配はかけへんやろ』
「もー、どないなっとんねん……」

 誰もいない部屋で、思わず頭を抱える。

『大丈夫やって。行き先知ってるのは私とワクちゃんと真奈だけやん。あ、あとは綾羽パパママか』
「……ごめん」
『何謝ってんの! アンタに謝れるようなことされてへんで、うちら』
「実咲……」
『とりあえず、こっちの納期分かったらまたメッセージ送るから飲みにいこ』
「せやな。お互いに積もる話は顔見ながらしますかね」
『ほんじゃ、また』
「うん、またなー」

 その日の電話は、そこで終了した。
 しかし実咲との電話のあと、原因不明の眩暈と吐き気で数日間寝込んだ。
 いや、原因不明じゃない。【アイツ】の情報が、私の身体をジワリジワリと蝕んでいく。そして、どんな薬も効かないことも知っている。特効薬なんて誰にも作れない。

 ああ、この感覚懐かしい。懐かしみたくもないけれど。
 アイツが私を探している? 今更? ていうか、何で?
 私の全てを否定したアンタが、私をまた踏みにじるのか。苛々する。

『お前の夢って、俺と会う時間減らしてまで、やらなあかんことなん?』

 ──もうほっといてや! アンタとの時間より大切だって気がついたから減らしたんやろ。

『何がそんなにおもろいんよ。その夢にこだわる理由、俺には分からへん』

 ──アンタがおもんなくても、私にとってはおもろいねん。

『だからって、何で俺を捨てるんや!』

 瞬間、目の前が真っ赤に染まる。
 その強烈な色彩が、あの日の記憶と重なり、頭の中が熱く沸騰するような感覚に襲われた。

「ひっ!!」

 声にならない悲鳴を上げ、私はベッドから転がり落ちる。思い出したくないはずの、痛みを伴う真っ赤な現実。ルームウェアは限界まで汗を吸っていた。
 今、窓の向こうに広がる夕暮れの空も、私にはあの日の色のように見えてしまう。私は強く強く自分に思い込ませる。これは日常に当たり前に存在する「紅」なのだ、と。決して、私を傷つけた彼の拳が残した、あの恐ろしい血の色ではない、と。

「何だか様子が変だけど」
「え、そ、そう? 嫌な夢見たからかなあ?」

 運転席の青年は、初めて出逢った頃より少し痩せ、随分と日に焼けた気がする。その彼がチラリと横目で私を見た。

「よそ見厳禁!!」

 思わず拳を頬に押し付けると、きゃっと軽い悲鳴が上がった。

「女子か!」
「綾羽が妙によそよそしいからでしょ!?」
「よ、よそよそしくないわ」
「最近、俺分かったんだよねー」

 前を向けど、ニンマリといやらしい笑みを浮かべている時点で、私にとっていい話ではなさそうだと身構える。

「な、何が」
「綾羽は何かしら困ることがあったり隠し事があると、関西訛りになる」
「うせやん!」

 時、既に遅し。案の定突っ込まれた。

「言ったそばから関西弁じゃんか!」

 おかしくなってきたので私が声を出して笑い出すと、秀ちゃんもつられて笑う。ひとしきり笑ったあと、彼の声色が変わる。

「何かあればさ」
「え?」
「辛いな、苦しいなって思うことがあれば、話くらい聞くから。ちょっとは頼ってよ」

 彼なりに私の心の中にある黒いものに気がついたのだろう、優しいようで少し悔しそうな声が、私の記憶の扉を静かに開いた。

 ──歓迎会の夜。酔った勢いで、胸の内を晒してしまったことがあった。グラスを握った手が熱を持っていたからか、何をどこまで話したかは、あまり覚えていない。
 ただ、私が「……私な、舞台女優になるために、今もレッスンしてる。演劇部では主役ばっかやってて、それで上京してきたんよ」と語ると、彼は「そうなんだ」と、ただ静かに相槌を打ってくれたことだけは鮮明に覚えている。
 続けて「でも、所詮夢は夢なんかな、向こうにいた元彼に色々言われたわ」と私が呟いた時も、彼は何も言わず、ただうんうんと相槌を打ちながら、私のくだ巻きに黙って付き合ってくれていた気がする。

 たぶん、少し泣いていたかもしれない。
 その夢を笑った男のこと。
 夢のせいにして殴った男のこと。
 茶化さずに黙って耳を傾けてくれた──そんな朧げな記憶。

「……ありがと。ホントは、ちょっとだけ話してたかもしれないけど」
「うん。『ちゃんと』聞ける時を、待ってる」

 前を向きながら、真剣そうな表情で秀ちゃんが呟いた。


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