【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<2-6>
NO.2:ラピスブルーは眠らない #06
そして迎えた、セール初日の朝。
開店の館内放送が鳴り響いた瞬間、天宝寺MINAは一瞬で「戦場」と化した。
「ストック補充お願いします! ノースリーブワンピのネイビー、あるだけ持ってきてください!」
エレベーターから飛び出してきたモモちゃんの、悲鳴のような声が大会議室に響く。私は慌てて、ワンピースを引っ掴み、モモちゃんと六階へ向かう。
「もうすごい人で、密度がやばい。疲労もやばい。足パンパン」
エレベーターの中で、モモちゃんがため息混じりに本音を漏らす。
「売り場はなあ……しんどいよな」
「あおいさんもパッキン何個捌いた? ってくらいやってるやん」
「もう数える気力もないわ……」
私は六階の倉庫とバックヤード、九階の大会議室を行ったり来たりして、次々届くパッキンを開け、商品補充、品番確認、時折売り場をそっと覗いて売れ行きを見て、バックヤードと倉庫を整理する、を繰り返していた。
ラピスアークが今回のセール目玉として用意したものは、初日と二日目限定で各日十セットずつ用意された『初夏のバケーションセット』だ。三万円相当のアイテムが詰まって一万円という破格の目玉商品は、両日ともに開店からわずか十五分で綺麗さっぱり売り切れてしまった。
売り場も裏方も戦場のなか、悲鳴をあげながら倉庫に駆け込んでくる足音が聞こえた。
「あおいさん、もう意味がわかりません、助けてください……!」
倉庫でセール品の整理をしていると、半べそをかいたミオちゃんが飛び込んできた。手には店頭から取ってきたらしい値札の山を握りしめている。
「どうしたのミオちゃん、とりあえず落ち着いて」
「……あの、お客様に『このセールのカットソーの、色違いのストックある?』って聞かれたんですけど、タグの品番が、いつもと全然違うんです! どこを探したらいいか分からなくて……質問したくても皆さん接客中で……」
「あー、それね」
私はミオちゃんの手元のタグを覗き込んでポンと肩を叩いた。
「それは『セール専用商品』。普段のプロパー……定価商品じゃなくて、このセールのために本社が特別に作った品番なんよね。いつもなら『17』で始まってるけど、これは先頭の数字が『97』でパニックになるよね。ほら、ここの一番奥の右側の箱にまとめてあるから」
「専用商品!? そんなのがあるんですか……!」
「分かりやすく言うと専用商品があるのって、プロパーで売る商品の『ブランド価値』を守るためなんよね。普段お店に並んでいる商品って、デザイナーさんがこだわって作って、利益もしっかり乗せている「ブランドの顔」やから、それをセールやからって半分以下の値段で叩き売りしちゃうと、ブランドの価値が下がっちゃうし、会社も大赤字になっちゃう。だから『最初からセール価格で売っても利益が出るように、素材や工程を少し抑えて作った商品』を別ルートで用意するんよ」
「そうなんですね……」
「あとはセールの時の品物の数を確保するため。セールって、とにかく一瞬で服が売れてハンガーや棚がスカスカになっちゃう。だから、あの広い売り場を埋め尽くすだけのボリュームが全然足りない。スカスカの売り場は魅力ないやん? それを満たすために、本社が大量のセール専用品を投入するの。目玉商品も同じ理由で作るんよ」
「わー、勉強になりました……! ありがとうございます!」
ミオちゃんは再びバタバタと倉庫を走っていく。慣れない数字の波に溺れそうになりながらも、彼女も必死だ。彼女の頑張りに触れて、私も気合いを入れ直す。
「ちょっとあおい、これ見てよ! 靴の売れ行きがやばいことになってる!」
九階に戻ると、段ボールの山から顔を出した仁科さんが、驚いたような声を上げた。
今回のセール、実は服だけではなく、シューズ類が全品一律で大幅値引きになっていた。普段はちょっと手が届きにくい本革のパンプスやサンダルが信じられない安さになっているとあって、売り場ではシンデレラフィットを求めるお客様で靴コーナーがごった返しているらしい。
「さっき六階でシューズの箱確認したけど、もう半分空っぽだよ。補充のピッチ上げないと店頭のサイズが欠けちゃうね」
「了解です、私、靴の仕分けに回ります!」
そんな怒涛の物量戦の中、一際異彩を放つ職人が隣にいた。リリちゃんだ。
今回はヘルプや派遣スタッフも多いため、急遽リリちゃんが大会議室での「値札のシール貼り」の指揮を執ることになったのだけれど、その手元が凄まじかった。
スカートなのに胡坐をかいて、左手で商品についているタグをめくり、右手で「30%OFF」「50%OFF」の赤いシールを、寸分の狂いもなく中央にバシバシと貼り付けていく。
「リリちゃん、貼るの早すぎない!?」
派遣さんが目を丸くする。
「これくらい、SNSのタイピングに比べたら余裕ですよ。ほら、次、箱開けてください!」
普段は生意気なリリちゃんが、ここでは完全に『シール貼り名人』として君臨し、ヘルプのスタッフたちを顎で使いながら爆速で値札を赤く染めていく。その背中は、ちょっと頼もしかった。
初日、二日目――。
私はただひたすら、段ボールを裂き、品番を追いかけ、台車を押して館内を激走した。軍手は一日で真っ黒になり、足の感覚はとうに消えていた。
でも、誰一人として弱音は吐かない。
ミオちゃんが品番を覚え、リリちゃんが爆速でシールを貼り、私がストックをコントロールする。表の売り場ではモモちゃんと仁科さんと五十嵐さんがお客様を笑顔で迎え撃つ。
天宝寺店メンバー全員が、文字通り満身創痍で駆け抜けていく。
凄絶なセールの狂乱が、ようやく嵐の去ったあとのような「セールは続いているけれど、それなりの日常」へと落ち着きを見せ始めたのは、それから数日あとのことだった。
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