【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<2-5>
NO.2:ラピスブルーは眠らない #05
アルカナ騒動から三日。今日の朝礼には、ゲストがいた。
派遣さんはいつも通り空気を読み、他店ヘルプの人たちはガッチガチに固まっている。
天宝寺店メンバーも、やや表情が硬く見えた。
「おはようございます、皆さん」
張りのある大きな声で挨拶した男性は――急成長を遂げたラピスアークなどのブランドをまとめるオンリーズのトップ、藤咲佑希社長だ。たしかまだ四十代前半だった気がする。仕立てのいい、ブラウンのスーツが良く似合う。やり手の若手リーダーとして、日々ブランドのことを考え、様々な経済雑誌や週刊誌などでインタビューされているのは、ここにいる全員が知っている話だ。
「おはようございます」
この場にいる藤咲社長以外の全員がきっちりとしたお辞儀を向ける。
顔を上げると、藤咲社長はニコニコ。相変わらずのオーラで圧倒されて倒れていないか、とミオちゃんのほうに視線を投げた。ミオちゃんはいつもより三割増しくらいの笑顔で、借りてきた猫のように固まっている。隣のリリちゃんですら、お人形のように背筋を伸ばしていた。
「今日からいよいよ、天宝寺MINAのアーリーサマーセールが始まりますね。今回、僕がなぜここにいるかというと――」
藤咲社長は一度言葉を切り、集まったスタッフ一人一人の顔をまっすぐに見つめた。ビジネス誌で見せる鋭い経営者の目。でも、その奥には現場への確かな信頼が滲んでいる。
「もうすぐアーリーサマーセールもあって激励に、というのもありますが、先日、この天宝寺店で起こった『アルカナ』の奇跡的なバズと、それを完璧に捌き切ったという報告を耳にしたからです。本社のデータを見て驚きました。普通なら大混乱になってクレームの嵐になるところを、臨機応変なチームワークで、しかも倉庫のストックを一切乱さずに即完売させた。リーダーの木村さん、そしてスタッフの皆さん、素晴らしいプロの仕事でした」
社長の口から自分たちの「戦果」が語られ、モモちゃんの頬がぽっと赤くなる。リリちゃんも少し照れくさそうに視線を泳がせ、私と目が合うと小さく微笑んだ。
「あのパニックを乗り切った皆さんなら、明後日からのセールという本番も、必ず最高の結果を出せると信じています。天宝寺MINAのラピスアーク、期待していますよ!」
「はい!」
全員の返事のなか、モモちゃんが誰よりも力強い声で返事をした。それを合図に、張り詰めていた売り場の空気が、一気に熱いモチベーションへと昇華していく。
「この店舗はラピスアークの旗艦店です。本社からもっとも近い場所で、他店舗のお手本になるような店づくりを僕と五十嵐さんで努力してきました。まだまだ伸びしろのあるこの天宝寺店で、皆さんのお力をお貸しくださいね」
パチパチパチ、とフロアに大きな拍手が湧き起こる。
「それでは皆さん、今日も一日よろしくお願いします!」
五十嵐さんの号令で朝礼が解散になり、ヘルプさんや派遣のスタッフさんたちがそれぞれの持ち場へと散っていく中、藤咲社長がまっすぐこちらに歩いてきた。
「五十嵐、相変わらず素晴らしいチームを育てているね」
五十嵐って、呼び捨て!? 社長がそう言って微笑むと、五十嵐さんは「いえ、私は何も。みんなが自発的に動いてくれた結果です」と、いつもの冷静な、でも少し誇らしげなトーンで一礼した。社長と五十嵐さんの間に流れる、本社時代からの確かな信頼感が、空気だけで伝わってくる。
社長は名札と顔をしっかりを見て、モモちゃんに声をかけた。
「データを見ました。木村さん、見事なリーダーシップでしたね」
「あ、ありがとうございます……!」
社長から直接名前を呼ばれ、モモちゃんが緊張で背筋をさらに伸ばす。
「それから、君が久遠さんだね。SNSの臨機応変な対応、本社でも大絶賛でした。君のような若い感性が、これからのラピスアークに新しい風を吹かせてくれると期待しています」
「……! あ、ありがとうございますっ。が、頑張ります!」
いつもは生意気なリリちゃんが、顔を真っ赤にしてペコペコ頭を下げている。そんな彼女たちの姿を、藤咲社長は満足そうに見つめ、最後に私へと視線を向けた。
「紺野さん。バックヤードのあの『カセット方式』の工夫、五十嵐から詳しく聞きました。裏方が強くなければ、表は輝けない。君のようなプロの裏方が支えてくれているからこそ、この店は強い。頼りにしていますよ」
「ありがとうございます」
軍手を握りしめ、私は背筋を伸ばして深く一礼した。
「白石さんも、慣れないなかアシストを頑張ってくれてありがとう。これからもコツコツ色んなことを覚えて頑張ってくださいね」
「は、はいっ!」
ミオちゃんも突然自分の名前を出されて、声が裏返っていた。
社長は五十嵐さんの肩を親しげに一つ叩くと、「そういえば、仁科さんがいないね」と一言。
「あの子は今日、お昼からの半休です。十連勤だったから一日休みを勧めたんですけど、本人が『セールの入荷日だから嫌だ』って聞かなくて」
五十嵐さんが半分呆れたように言うと、藤咲社長は「あはは、相変わらず責任感が強いな。じゃあ、後でよろしく伝えておいて」と嬉しそうに微笑み、「セール、頼んだよ」と言い残してフロアを去っていった。
「……あー、緊張したぁ。でも、めっちゃ嬉しかったですね」
社長の姿が見えなくなった瞬間、ミオちゃんがはぁーっと大きなため息をつく。
「うん、まさか社長に直接あそこまで言ってもらえるなんて……」
モモちゃんがまだ夢見心地のような顔で呟く。でも、その瞳には、リーダーとしての強い覚悟の炎が灯っているように見えた。
「全く……藤咲……社長は言いたい放題やわ……」
「ん? 今、なんか詰まりませんでしたか?」
リリちゃん、耳ざとい。五十嵐さんの言い直しが気になったらしい。
「あー……ここだけの話にしてな。私と社長は同期なんよ」
「えっ!」
四人で軽い悲鳴を上げる。モモちゃんが焦りながら五十嵐さんに「どどど、同期って……」と、どもりながら言葉を発した。
「長い付き合いになってしもたなあ……オンリーズの第一期入社ってことな」
アイツの弱味も握ってはいるけどね、と五十嵐さんがクククと怪しい笑いをする。
「それにしても十連勤はさすがに……」
さっきの店長の話を思い出して、リリちゃんが青ざめた表情で呟く。
「あの子なりに必死なんよ。今日の午後にはセール品が入荷するしな」
五十嵐さんが、ニコリと表情を緩める。仁科さんは五十嵐さんにとって頼れる右腕なのだろう。旗艦店としてのプライドはこの二人が守っていると言っても過言ではない。
「じゃあ私はパッキン整理してきます」
おしゃべりはここまで、と私は従業員通路へと向かう。今日は入荷が二回もある。バックヤード職人の腕がなる。
今日の午前は通常の入荷、そして午後にセール品の入荷がある。とてもじゃないけれど倉庫に収まらないので、セール時期はテナントビルの九階に大会議室があり、そこを店ごとに借りてセール品をストックしておく場所になっている。
大会議室では商品の仕分けや値札に割引シールを貼ったり、各ブランドがわいわいとにぎやかに作業をするのがお決まり。ブランドの垣根を超えて、意気投合したりもする。
いつものように、午前のパッキン五つを台車に乗せて倉庫へ向かう。ひんやりとした倉庫からの冷風が心地いい。アルカナの在庫を置いていた場所は綺麗さっぱりモノがなくなっていて、カセット作戦のカゴが隅に置かれている。
アルカナの予約商品はまた来週入ってくる。その時はまた覚悟をしないといけないな、と気合いを入れ直す。
パッキンは特大ではなかったので、午前中には終わるだろう。私は新しい軍手をはめて、パッキンを開けて仕分けを始めた。
◇
お昼休みを早めにとって、午後からの「セール準備」に取り掛かる。
業務用エレベーターで『9』の数字を押し、最上階まで上がる。
大会議室は、ちょっとした披露宴ができるんじゃないか? というくらい広くて、絨毯引きの床なので、入口で靴を脱ぎ、それを持って自分たちの区画まで歩いていく。スタンドに「ラピスアーク」と書かれた紙が吊り下げられていて、ビニールテープで区切られているそこには、まだ何も到着していない。
すでに各テナントのスタッフさんたちが仕分けをしていた。
「あ、ラピスアークさん、おはようございます!」
「おはようございます。大変ですね、今日から」
隣のカジュアルブランドの担当さんと軽く挨拶を交わす。ここではブランドの垣根なんてない。みんな、これから始まるセールという名の戦場を生き抜く戦友だ。
しばらくすると顔なじみの宅配業者が「ラピスアークさーん」と私を呼ぶ。
「すみません、上まで持ってきてもらって」
「セールの時は仕方ないですよ、伝票にハンコお願いします!」
運ばれてきたのは、午前中のパッキンとはわけが違う大きさのもの、しかも七パッキン……こりゃ気合い入れ直さなければ、とエプロンの紐を締め直す。
お気に入りの音楽を頭の中で再生しながら、手元だけはプロのスピードでモクモクと動かした。周りのブランドが「今回、値引き率がアホみたいでさぁ」なんて愚痴っているのをBGM代わりに、私はただ黙々と自分の仕事を捌いていく。この集中時間が、実は結構好きだ。
「あおい! お疲れ様!」
大会議室の開放されている重い扉の向こう、お昼までの半休を終えた仁科さんが入ってくる。十連勤の疲れも見せず、ショートボブを弾ませながら私が出していてるパッキンの中身を確認して「おおう……多いなあ」と呟いた。
「仁科さん、お疲れ様です。社長がめちゃくちゃ褒めてましたよ」
「聞いた聞いた、五十嵐さんからさっき下で聞いて、もう恥ずかしいやら嬉しいやら。でもね、浸ってる暇はないね。アーリーなのにさ、八月のセールと変わらないもんね」
積んだとしたら、私たちの身長を遥かに超える巨大なパッキン。
「今日はあおいを手伝えって言われたから、ここからはバックヤード職人見習いで。午後から大爆発だよ!」
仁科さんが不敵に笑って、軍手をはめる。
「見習いだなんて、仁科さんのほうがプロでしょ。でも、一気に捌きますよ」
私も軍手をはめ直す。
大会議室のあちこちから、一斉に段ボールを裂くガムテープのバリバリという音が鳴り響き、賑やかになっていく。
値札に貼る赤文字の「30%OFF」「50%OFF」のシール。ハンガーの山。ビニールを剥ぐ音。
表の売り場でお客様が可愛いお洋服に目を輝かせる裏側で、私たちは今、確実に別の戦いを始めていた。
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