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役職定年制度からポストオフ制度へ。移行の難しさはどこにある?

国内の労働人口の減少や少子高齢化に伴い、
「役職定年制度」を見直し、「ポストオフ制度」へと移行する企業が増えています。

年齢で一律に区切るのではなく、
本人の希望や健康状態、組織の状況に応じて柔軟に役割を移す――。
たしかに、時代の流れとしてはごく自然な変化に思えます。

しかし、いざ現場でこの制度を運用してみると、その難しさは想像以上です。
人事として制度の理屈は理解していても、“人の気持ち”が制度のスピードについてこない。
その現実に、何度も立ち止まることになります。

では、どこに難所があるのでしょうか。


難所① 柔軟だからこそ、対象者の納得感を作るのが難しい


役職定年制度の強みは、そのシンプルさにありました。
“何歳で外れる”とルールが決まっていれば、誰もが同じ条件で線を越える。そこには、ある種、「平等で、公平な仕組み」が成立しています。

しかし、ポストオフ制度ではそうはいきません。
「いつ」「誰が」「どのように」役職を譲るかを、一人ひとりの状況に応じて決めていく必要があります。

同じ年齢でも、健康状態、モチベーション、後進の育成状況、組織のフェーズは異なる。その中で「対話」を通じて合意を形成していくことが、最初の壁になります。

この“対話による合意形成”のプロセスには、常に揺らぎが伴います。
誰もが納得する「正解」は存在せず、判断は個々の文脈に依存します。だからこそ、マネジャーにも人事にも、制度を説明する力だけでなく、「聴く力」と「受けとめる力」が求められます。

公平性を守るとは、“一律に扱う”ことではなく、それぞれの人生の背景を尊重しながら、“納得に至るプロセス”を整えること。人事がつくるべきはルールではなく、対話の場そのものの設計です。

制度の骨格を整えることは比較的容易ですが、人と人が本音を交わす土台を整えることは、何倍も難しい。

しかし、この“人間的な難しさ”に正面から向き合えるかどうかが、ポストオフ制度を「運用できる制度」にできるかの分水嶺だと考えます。


難所② 全社に対する公平感を保つのが難しい


次に、人事が頭を抱えるのが「全社に対する公平感」の醸成です。

先述の「対話による納得」と通じる部分もありますが、個人が納得しても、それが周囲の社員にとっても納得できる話かどうかは、まったく別の問題です。

ポストオフ制度は個別対応が前提です。
そのため、どうしても「なぜあの人は続けられて、この人は外れるのか」という声が上がります。これは避けようのない現象です。

問題は、そのときにどれだけ判断のプロセスを透明にできるか。

「誰が、どんな基準で、どんな理由で判断したのか」
この説明責任を半端な状態で進めてしまうと、たとえ関係者の間でどれだけ丁寧に進めたとしても、周囲から見れば“えこひいき”や“感情的な裁量”に見えてしまいます。

つまり、結果の平等はもちろん、プロセス自体もどれだけ影響があるのかを見定めながら進めることが大事なのです。

「その判断には筋が通っているか」
「説明は尽くされているか」
この二つを担保することが、全社の信頼を支える唯一の手段になると考えます。

ポストオフ制度とは、柔軟性を高めるほどに、説明責任が重くなる制度でもあります。

だからこそ、人事は「決めること」と同時に「どう伝えるか」に力を注がなければなりません。


難所③ 評価と報酬の整合をとるのが難しい


多くの企業で、最も実務的かつ現実的な壁になるのがこの部分です。

役職を外すと役職手当が消える。
これは一見、当然のように思えますが、実際には、“実質的な仕事内容は変わらないのに、報酬だけが下がる”という矛盾を生みます。

本人からすれば、「やっている仕事は同じなのに、なぜ給与が減るのか」。その疑問は、やがて制度全体への不信感につながりかねません。

ポストオフ制度を「役職を降りる制度」ではなく、「役割を移す制度」として機能させるためには、職務や貢献度に応じて報酬を決める仕組み、すなわち、職務給や等級制度の再構築も不可欠です。

そのためには、人事だけでなく、経営層も巻き込んだ長期的な再設計が求められます。

結局のところ、ポストオフへの移行は、制度導入の問題ではなく、評価・報酬制度改革そのものと一体で考えなければ機能しません。

そして何よりも難しいのは、「公平な制度を整えること」ではなく、報酬が下がることを“納得して受け入れてもらうプロセス”を設計することです。

ここに問われているのは、制度設計の技術ではなく、「人事として、何をもって誠実とするか」という哲学だと考えます。


難所④ ポストオフ制度によって、後継者育成がさらに停滞してしまう


役職定年制度には、「年齢で区切る」という明確な線がありました。
そのため、上位層には「その時までに後任を育てなければ」という外発的なプレッシャーが働いていました。

一方、ポストオフ制度では、その期限が曖昧になります。

定年まで、あるいは定年後も契約社員として継続できるケースも多く、結果として、上位層がポストを譲らなければ若手は育たない。
そして多くの組織で、「後任が育っていない」「まだ任せられない」という言葉のもと、バトンが渡されないまま時間だけが過ぎていくという状況が生まれます。

この「先送りの構造」こそ、ポストオフ制度が内包する最大のリスクです。

だからこそ、制度移行を進める際には、後継者育成計画をセットで検討することが必須です。

単に役職の移行を柔軟にするだけでなく、「誰に」「いつ」「どのように」権限を渡すかを明確にし、今のリーダーたちが“バトンを渡す文化”を示せるかどうか。この姿勢ひとつで、制度の真価は大きく変わります。

そして人事の使命は、この「覚悟」を現場任せにせず、経営層から引き出すことです。

後継者育成は現場努力の問題ではなく、経営トップ自らが「権限を渡すことも経営である」と認識しているかどうかが肝になります。何より、経営トップ自身もバトンをいつか渡すことを考えてもらわねばなりません。

仕組みを変えるだけでなく、経営も変わる。
それが、人事が経営に真に貢献できる最大の領域だと考えます。


難所⑤ ポストオフの兆しを、現場マネジャーが伝える文化をつくれているかどうか


ポストオフ制度を運用していくうえで、最も現場に影響を与えるのが、マネジャーの対話力です。

どれほど制度を丁寧に設計しても、最終的に社員へ伝えるのはマネジャー。
この“伝える”という行為の質によって、制度は温かくも冷たくもなります。

しかし多くの現場では、上司が「決まったことを伝える役割」にとどまり、対話が「告知」になってしまう。
すると本人は、いきなり「降格を言い渡された」と感じてしまいます。

本来、ポストオフは“役職を外す制度”ではなく、“これからのキャリアをともに描く制度”のはずです。
けれども、伝え方ひとつで、その意図が一瞬にして台無しになります。

だからといって、人事が前面に出て説明してしまうのは本末転倒です。
人事が直接伝えると、かえって本人の受け止め方が「経営判断による降格」に寄ってしまい、“信頼の再構築”ではなく“ダメージコントロール”の場になりがちです。

では、人事は何をすべきか。
それは、制度を説明することではなく、マネジャーが誠実に対話できる環境を整えることです。

・面談の進め方を共有する
・「問い」を中心にしたキャリア面談シートを整える
・対話力を磨くトレーニングを実施する
こうした地道な仕掛けを通じて、マネジャーを“評価者”から“キャリアの伴走者”へと育てていくことが重要です。

ポストオフの本質は、制度ではなく、信頼関係を通じてキャリアを描くこと。だからこそ、制度の成功は人事が決めるのではなく、マネジャーがどれだけ誠実に聴けるかにかかっています。

最後に:制度を超えて、人を生かせているかどうか


役職定年制度からポストオフ制度への移行は、単なる制度改革ではありません。それは、「年齢で線を引く組織」から「人生に伴走する組織」へと進化できるかどうかを問う挑戦です。

しかし、実際にこの仕組みを運用してみると、理想とは裏腹に、いくつもの“難所”が立ちはだかります。

一律の公平を守りながら、個人の納得をどうつくるか。
報酬の整合を取りながら、制度への信頼をどう支えるか。
そして、マネジャーや経営層が本気で「バトンを渡す文化」をどう築くか。

そのどれもが、決して容易ではありません。
なぜなら、制度そのものよりも、人の心のほうが、はるかに繊細で、複雑だからです。

だからこそ問われるのは、人と向き合い、言葉を尽くし、信頼をつくり直していけるかどうか。

「制度は人を動かさない。人が制度を動かす」のです。
この原点を忘れずに、私たちは「制度を運用する人間」として磨かれ続けなければなりません。

ポストオフ制度とは、人を手放すための仕組みではなく、人にもう一度、光を当てるための仕組みのひとつだと考えます。

その光を絶やさぬように、人事ができることは、仕組みを整えることだけでなく、人と向き合い、対話を重ね、信頼を育てていくが、まず最初の一歩として大事です。
それこそが、ポストオフ制度を「人を生かす制度」へと育てていく、唯一の道だと私は思います。


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