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[SNS崩壊の危機] 開示請求の簡略化は裁判の悪用をも招いた #2


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[SNS崩壊の危機] 開示請求の簡略化は裁判の悪用をも招いた
#1 https://note.com/oharan/n/n1c6a86f04a9c 
#2 https://note.com/oharan/n/n84f72ad84b02
#3 https://note.com/oharan/n/na1efc5bca230
#4 https://note.com/oharan/n/n27b621233b64




民主主義のバグといえば『東村山問題』

前回はフェミトーさんが訴えられたという民事訴訟について内容を簡単に解説したが、私が語るべきは実体験を元にした「どうして危ないのか」の一点に絞った話だろうと思う。

というのも、今から十数年前のこと。私がジャーナリストとして本気で追いかけていた『東村山問題』というネタがある。その登場人物の中に

民主主義(選挙や裁判といった権利)のバグを悪用させたら歴史に名を残すレベルの天才(天災?)

と評するよりない、とんでもない怪人がいたのである。

当時から話を追いかけてくださっていた方ならば、誇張ではなく「厄災級」の人間、病的なんて言葉が生ぬるいようなヤカラであるとご理解いただけるだろう(すでに故人であるのがせめてもの救いだ)

その人物は、元東村山市議会議員の矢野穂積といい、1995年から始まる『東村山問題』の中心人物である。

皆さんは「東村山女性市議怪死事件」という話をどこかで目にしたことがないだろうか。一昔前にオカルト・都市伝説系のムック本の常連ネタとして取り扱われており、簡単に言うと「東村山の女性市議が創価学会に暗殺された」というお話だ。

これは1995年から延々と語られ続けていた話なのだが、実は上に挙げた矢野穂積という男が自己保身のために捏造した完全なるデマだったのである。

「東村山女性市議暗殺事件」というネタは、矢野穂積が自身の政治家生命を守りたいがためにウソにウソを重ね、世間の創価学会への嫌悪感を利用し、「創価が~~公明党が~~」と騒ぎ散らすことでアンチ創価の応援を集め、それによって市議会議員の立場を維持していたという、とてもグロテスクな話だったのだ。

本来ならば丁寧に解説したいところなのだが、この話は1995年に始まり、私が参戦したのが2007年でさらにそこから数年続いたお話であるため、短くまとめるのが不可能な情報量である。

そのため、過去に初心者用まとめを作ったものの、それでもまだ話がややこしいという難物中の難物。もし興味がおありなら、おおよその流れと、私達が必死こいてかき集めたデータベース類(主に裁判とその判決)に目を通しておいていただきたい。

過去にも当noteで手短にまとめようと記事にしてみたことがあったのだが、そこでも短く短くと思いながら気付けば数話分になっているという地獄のような展開に陥ってしまった。

なので、ここでは簡単な時系列をまずはお伝えし、矢野穂積がどのように民主主義の悪用をして来たかをなるべく簡単にお話する形を採ろうと思う。

すべての始まりは1995年の議席譲渡事件

事の発端は、東村山市議会選において常にトップ当選を果たしていた朝木明代という地元の名士的な女性に、アドバイザーとして矢野穂積が関わり出したことにある。

矢野というのは頭だけはキレるのだが、人間性に問題があるサイコパス気質の強い男で、こいつが朝木明代の政治ブレーンになった時から市にとっても市民にとっても不幸が始まった。

朝木明代は草の根という "ひとり会派" を立ち上げて活動していたのだが、議席を増やすために娘の朝木直子(今も現職の東村山市議)と、ブレーンである矢野穂積を出馬させた。

すると朝木明代と娘の直子は無事に当選したものの、当時から市民に不人気だった矢野穂積は次点で落選してしまう。

そこで草の根は、それまで日本の誰もが思い付かなかった驚くべき方法を実行する。

名士である朝木明代の娘、朝木直子は今後も当選チャンスがある。だが、不人気な矢野穂積はここで落選すれば次はない。そこで、直子の代わりに矢野を当選させ、任期中に何かしら実績を作らせ、次回の選挙で草の根の3議席を狙おうという作戦を思いついたのだ。

そして朝木直子は "当選後" に千葉県の松戸市に転居届を出し、「私の生活実態は東村山市にはありません。よって当選の資格がありません。次点の矢野さんを繰り上げ当選させてください」と、驚くべき発言をする。これが俗にいう『議席譲渡事件』である。

朝木直子(重ねて言いますが現職の東村山市議です)のwikiにも詳細が載っているほど「隠せない事実」なのだが、これは日本の選挙制度を揺るがす大事件であり、こいつらのお陰で選挙法の一部が変えられたほどである。

そしてこの議席譲渡事件を皮切りに、東村山市は無実の市民をも巻き添えにして、大混乱に陥って行くことになるのだが、その渦中には常に矢野穂積がいた。

朝木明代の万引き、そして自殺

議席譲渡事件以降、草の根会派への追求の声は日増しに大きくなり、元々は東村山市において名士的存在だった朝木明代にも非難の声が集まるようになってしまった。

当時を知る地元民や市議、元警察署長といった方々に取材した際に、みな口々に「あの頃の明代さんは明らかに精神をおかしくしていたと思う」と証言している。

朝木明代というのは、田舎のいかにも気の良いオバちゃんであったそうなので、これまでに浴びたことのない議席譲渡事件への非難・批判にくたびれ果て、精神の均衡を崩していたのだろう。

そんなある時、駅前のブティックで朝木明代が商品を万引きしようとして失敗。その場から逃げるという事件を起こした。この店の店主は以前にも明代と思われる女性が商品を万引きする場面を何度か目撃していたそうで、常に警戒していたそうだ。

この万引事件について東村山署は捜査を開始したが、明代は矢野穂積の主導で悪質なアリバイ工作を重ね、また被害者であるブティック店主にお礼参りをするといった嫌がらせを行い、おまけにマスコミ各社に「ブティック店主は創価学会員で創価の命令で万引きをでっち上げた」などと言い触らして回り、東村山署を本気にさせてしまった。

草の根がどれだけ悪質なアリバイ工作をしていたか、被害者に嫌がらせをしていたかについては、↑↑↑のまとめをお読みいただきたい。

ちなみに、ひとり残された朝木直子は未だにこんな発言をしているのだが、これら全ては過去の裁判で否定済であると指摘しておく。特に明代の服装うんぬんに関するカラクリについては、先ほどのまとめに全部書いてある。

さて、このようなアリバイ工作の全てに失敗した朝木明代は書類送検され、万引事件としては極めて悪質なため起訴されるのではないかという流れの中で、駅前ビルから飛び降りて自殺した。

これが『東村山女性市議暗殺事件』というデマ・都市伝説の始まりである。


『東村山女性市議暗殺事件』の真実

先に申し上げておくが、私がいま書いている議席譲渡事件や朝木明代の自殺といった話は、何十件もの裁判によって「事実である」と証明された話ばかりである事をお断りしておく。

デマ・都市伝説を広めたい連中が何を言ってきても、膨大な判例によって完膚なきまでに叩き潰せる状態にあるので、「創価が嫌いだから」なんてクソみたいな感情で暴走しないことをオススメする。

創価が嫌いだろうとオウム真理教が嫌いだろうと北朝鮮が嫌いだろうと、それと「何が事実なのか」は別問題です。気に食わない事実であっても受け止める知性を持ちましょう。

※ 東村山問題に関連する数多くの裁判を、争点や時系列でまとめたもの。後追いの方が「創価陰謀論者」として口を挟みたくなるであろうポイントはこれらの判例の中ですでにケチョンケチョンに否定されているとお考えください。

前置きが長くなったが、明代が亡くなった直後から矢野穂積は積極的に動き出す。まず警察の捜査には一切協力せず(当時の東村山署副署長談)、それどころか草の根の事務所にマスコミを呼んで記者会見を開き、一方的に「朝木明代は創価学会にころされた」とまくし立てたのである。

本来ならば誰かが誰かに殺害されたというならば、それを調べるのは警察の役目である。なのに、矢野は東村山署には何もさせず、ただ自分勝手に「創価にころされたーー」と騒ぐばかりだったのだ。

本来ならこんな裏取りもへったくれもない与太話に乗るマスコミなどいる訳がないのだが、この時ばかりは「創価学会の嫌われっぷり」が悪い方向へ作用してしまった。

「創価を悪く書けるならば」と、大手週刊誌の中に矢野の話をそのまま掲載する連中が現れてしまったのだ。そこに公明党と敵対していた亀井静香のような大物政治家まで加わり、東村山問題は想像もつかないような大事になって行く。


このような朝木明代の自殺の段階では誰にも想像がつかなかった広がりを見せた東村山問題だが、物語の本番はここからだった。

朝木明代が創価学会に暗殺されたことにでもしないと、自分が絵を描いた議席譲渡事件や明代のアリバイ工作が蒸し返されてしまい、政治家への道が断たれてしまう矢野穂積が、手段を選ばずに大暴れを開始したのである。

その際に選んだ手段が「本人訴訟による極めて安上がりな裁判を乱発し、邪魔な人間達を片っ端から訴えて黙らせる」ことであった。

皆さん長くてごめんなさい、やっと本題に辿り着きました!!!

せっかくフェミトー裁判ネタに戻って来たところで恐縮ですが、文字数が多くなってしまったので、矢野穂積が具体的に何をしやがったかについては次回に回します。

次回は1995年~2008年頃までの話になりますが、矢野が裁判権を悪用し尽くし、常人ではやろうと思っても不可能な規模の被害を社会に与えたというお話をさせていただきます。

今よりも裁判のハードルが高かった時代なのに、こんな怪物がいたのだという事実を、頭の片隅に入れておいていただけると幸いです。

という訳で、続きは急いで書きますので少々お待ちを。


このお話に興味がある、応援したいという方は、フェミトー氏の裁判支援をよろしくお願いいたします。


※ 本文は以上です
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