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130 『宇宙戦艦ヤマト』と劇画

 前回から随分空いてしまいましたが私の私見アニメブーム、さしあたってのヤマトブーム論です。前提として手塚治虫のアニメへの夢は、マンガでの劇画ブームがアニメにも波及したことで(他の特撮などの子供番組とともに)、「テレビまんが」という枠に押し込められました。簡単に言えば「アトムの夢」という未来志向/思考が、『カムイ伝』や『子連れ狼』などの歴史/過去と、『巨人の星』や『あしたのジョー』の現状/実際から攻撃されたのです。未来よりも過去はどうだった、現在を見ろ、というのが劇画の思想だったと思う。
 そして西崎義展がプロデュースした『宇宙戦艦ヤマト』、その勝因の一つに劇画の取入れがあったと今になって思いついたのです。とはいってもキャラデザについては当初から気づいていました。それは松本零士の絵を見れば明白かと。

マンガ『宇宙戦艦ヤマト』1巻 書影

 今日のタイトル画像の岡迫亘弘の絵に比べ、細身でやけに神秘的な風貌です。多分この絵を尊重したら、アニメブームは起こせなかったと思います。それにどんな動きが相応しいか研究しなければならなかったはず。しかし劇画なら『巨人の星』から蓄積されてたアニメートの技術がそのまま使える。それに物語として考えると『宇宙戦艦ヤマト』、『鉄腕アトム』と同じSFにカテゴリされるけど、結構「未来派」とは言えない部分がある。

赤い地球

 『宇宙戦艦ヤマト』でお馴染みの放射能で汚染された小惑星、遊星爆弾の投下で生物が死に絶えた地球です。このイメージはヒロシマ、ナガサキ、そして第五福竜丸から発想されたとみて間違いないと思います。第一話のオンエアは1974年10月。戦後29年は長いと思われるかもしれませんが、兵士として第一線で戦った者は50代で社会人として現役バリバリ。つまり二発の原爆でようやく終えられた「大東亜戦争」、その過去はいまだ現在でもあった時代が、ヤマトが発進した時期と思えるのです。
 そして物語。忠臣蔵のような復讐譚の変形。地球が人類にとって絶体絶命の危機だからガミラスと敵対することは正当化されるけど、沖田艦長以下ヤマトクルーがガミラスという名に怨嗟の気持ちを持ってたのは明らか。それは主君の無念を晴らすという忠臣蔵のテーマと紙一重であり、忠臣蔵といったら『ドラえもん』でもネタにしてた当時の日本人の基礎教養の一つ。もちろん「勝利か、クソでもくらえ!」と古代に言わせてそこからの脱却をヤマトシリーズのテーマに(結果的に)した。
 そして原爆の暗喩に戻ると、荒れ果てた地になった後の反転攻勢、それは小松左京の『地には平和を』の未来版であり、国家主義者も違和感なく観れたと想像でき。つまりあの時に超絶な新兵器があれば本土決戦から敵を追い出し、元の領土に復するまで戦うことが出来たという妄想。そんなファンタジーさえ肯定してしまうほどヤマト一隻でガミラスに立ち向かう無謀といえる戦い、それはヤマトクルーの悲壮な使命感により連戦連勝も納得させられてしまう物語だった。
 そしてそのガミラスのモデルがナチス(ドイツ)というのも、ご都合主義の一方で民主主義の勝利と偽装する作劇の勝利だったと思う。私も中学までは大日本帝国とナチスドイツの関係、その歴史的な意味を知りませんでした。
 つまり最初のヤマトシリーズ、その一本目は劇中で示した年では未来になってるけど、劇として散りばめられた要素は悉く(当時の)現在であり過去で、未来を展望する物語ではなかったため、最初のアニメブーム、ヤマトブームが起こるまでに日本社会を轟かせたと思うのです。
 それは手塚の夢の部分的な勝利であり敗北であり、残された課題は『機動戦士ガンダム』が負うことになったと思う。その前に「手塚治虫の夢、西崎義展の野心②」を書く必要がありそうです。(大塩高志)

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