神田の老舗喫茶店、暗かった「2階」に灯りをともす。僕が日曜日に、誰かの「一番最初のステージ」を用意する理由。
神田の老舗喫茶店、暗かった「2階」に灯りをともす。
神田須田町にある「珈琲青木堂」。1階の店舗は、平日のランチタイムになれば近隣のビジネスパーソンで賑わい、コーヒーの香りと活気に包まれる。
けれど、その頭上。「2階」がどうなっているかを知る人は少ない。
そこは長い間、暗かった。たまに打ち合わせで使う程度で、ほとんどの時間は電気が消え、静まり返っていた。いわゆる「遊休スペース」だ。「もったいないな」 階段を上がるたび、そう思っていた。
でも、ある日気づいたのだ。「もったいない」なんて言葉は、場所を持っている人間の傲慢だ、と。
私は東京生まれ、東京育ち。実家が商売をしているおかげで、当たり前のように「場所」があった。でも、一歩外に出れば、東京は「場所を持たざる者」で溢れている。何かを表現したい、挑戦したいと思っても、高いレンタル料や複雑な許可申請という壁に阻まれ、スタートラインにさえ立てない人がたくさんいる。
私がやるべきことは、この場所をただ持て余すことではない。この暗かった2階に電気をつけ、誰かの「一番最初のステージ」として開放することだ。
これは、プレイヤーとして走ってきた私が、今度は誰かの挑戦を照らす「照明係」になるまでの物語だ。
「撮る場所がないんです」という切実な声
きっかけは、グロービス経営大学院の同期の一言だった。彼はフォトグラファーとして活動していきたいと考えていたが、頭を抱えていた。「プロフィール写真を撮りたいんだけど、商業利用できるいい場所がないんだよね……」
都内のスタジオは高い。かといって、公園やカフェで勝手に撮影するのはマナー違反だし、許可取りも個人では難しい。「腕はあるのに、場所がない」 その理由だけで、彼の挑戦が止まってしまうのはあまりに惜しかった。
「……青木堂の2階、使う?」
私が提案すると、彼の表情がパッと明るくなった。「え、いいの!?」
また、ある大学生の写真家とも出会った。「いつか個展を開きたいんです。でも、ギャラリーを借りるなんて夢のまた夢で……」そう語る彼女に、「うちはギャラリーじゃないけど、壁なら空いてるよ」と伝えた時の、あの驚きと喜びが入り混じった顔。
彼らの背中を見た時、私の中で何かがカチリとハマった。ああ、そうか。 私は今まで、自分自身が「どう挑戦するか」ばかり考えていた。でも、「挑戦したい人の足場を作ること」もまた、私にしかできない挑戦なんだ。
カバン屋の食卓から、未来の実験室へ
青木堂の2階には、記憶が染み付いている。喫茶店になる前、ここが「青木堂カバン店」だった頃。お昼休み、2階で昼食をとる両親や祖父。私自身も夏休みや春休みには青木堂に足を運び、2階で昼食を取ったり宿題をしたりしていた。
かつて家族の心も体も休まる場所であり、今日を生きる活力を養ったその場所は今、形を変えて「未来への活力」を養う場所になろうとしている。
2026年、私はこの2階を本格的に稼働させることにした。コンセプトは「つながる青木堂コラボ」。月に1回、日曜日や祝日に店を開け、2階をレンタルスペースとして開放する。
個展、ワークショップ、ミニ講演会。完成されたプロの技でなくてもいい。「やってみたい」という初期衝動を安心して試せる場所。失敗してもいい。傷ついても、1階に降りてくれば、私が淹れる温かいコーヒーがある。
「後輩に奢ってあげな」のバトン
なぜ、私がここまで「誰かの背中を押す」ことにこだわるのか。その原点は、順天堂大学時代にある。
体育会系の部活に所属していた私は、よく先輩たちにご飯をご馳走になった。「ありがとうございます! いつか返します!」 そう言うと、先輩たちは決まってこう言った。
「俺には返さなくていい。その分、お前が後輩に奢ってあげな」
恩送り(Pay it Forward)。受けた恩をその人に返す「恩返し」ではなく、次の世代へ送ることで、優しさを循環させる。この教えが、私の骨の髄まで染み込んでいる。
私はこれまで、両親や先祖から「青木堂」という場所を使わせていただいたり、多くの先輩や仲間から様々なチャンスをもらって生きてきた。だから今度は、私が「奢る(場所を提供する)」番なのだ。
平日は「休息」、日曜日は「飛躍」
青木堂の役割は、平日と休日で少しだけ変わる。
平日の青木堂は、神田で戦うビジネスパーソンのための「休息地」だ。仕事の合間に立ち寄り、コーヒーで一息ついて、「よし、午後も頑張るか」と店を出ていく。これは、彼らの日常を支える「静かな応援」だ。
対して、日曜日の青木堂は「目的地」になる。わざわざ休日を使って、自分の夢を形にするために来る人。そして、その挑戦を応援しに来る人。そこにあるのは、日常を一歩踏み出すための「熱い応援」だ。
平日も休日も、根底にあるDNAは変わらない。「前を向き、頑張ろうとする人の背中を優しく押す」。その手段が、コーヒーなのか、場所なのかの違いだけだ。
神田に「現代のトキワ荘」を作りたい
私の夢には続きがある。この青木堂の2階を、かつて手塚治虫や藤子・F・不二雄たちが集った「トキワ荘」のような場所にしたいのだ。
「私のキャリアの原点は、青木堂の2階での初個展でした」
「あそこでやったワークショップがきっかけで、起業仲間が見つかりました」
5年後、そんな風に巣立っていった人たちが、世界で活躍する。そして、彼らがふらりと青木堂に戻ってきて、今まさに2階で悩みながら準備をしている若者に声をかける。「いいね、その企画。応援するよ」
かつて私が先輩にしてもらったように、恩送りのバトンがここで渡されていく。挑戦が連鎖し、成功者が次の挑戦者を引き上げる。そんな循環が生まれたら、この神田という街は、今よりもっと優しく、もっと熱い街になるはずだ。
暗かった2階の電気はもう消さない。ここは、誰かの夢に最初に火がともる場所だから。
さあ、次の日曜日は、どんな挑戦がここで生まれるだろうか。私は1階でコーヒーを淹れながら、階段を降りてくる彼らの「やりきった顔」を待っている。

大塚 修平
神田・珈琲青木堂 4代目継承予定。グロービス経営大学院(MBA)在学中。 「つながる青木堂」を掲げ、店舗(ワイン)・出張(ケータリング)・空間(レンタルスペース)の3軸で、挑戦する人の背中を押す活動を展開中。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければチップでの応援お願いいたします!
