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「冒険に出よう」と叫んだステージの裏で、僕は震えていた。神田の老舗喫茶店で、金曜夜だけの「企み」を始める理由。

「冒険に出よう」と叫んだステージの裏で、僕は震えていた。

2023年、夏。 私は、TEDxNagoyaUの赤いカーペットの上に立っていた。

目の前には100人観客とオンラインで全世界からの視聴者。眩しいスポットライト。 私はマイクを握りしめ、半年間かけて練り上げたスピーチを、熱を込めて語っていた。テーマは「冒険」だ。

「さあ、冒険に出よう。一歩を踏み出そう」

会場が湧く。万雷の拍手。人生で一番の「達成感」を感じるべき瞬間だった。

けれど、拍手の音が大きくなればなるほど、私の中の「冷静なもう一人の自分」が、冷ややかな声で囁きかけてきた。

「で、お前はどうなんだ?」

ステージを降り、興奮が冷め、日常に戻った時、その囁きは確信に変わった。私は冒険なんてしていなかった。

平日は会社と家の往復。夜は明日の仕事に備えて22時半にはベッドに入る。休日は体を休めるだけ。誰かと深く語り合うこともなければ、予測不能なトラブルに心躍らせることもない。ただ、安全なレールの上で「冒険しようぜ」と叫んでいるだけの、安全地帯の住人。

それが、私の正体だった。

あの日、ステージの上で浴びた拍手は、私への賞賛ではなく、未来の私に対する「尋問」だったのだと思う。「お前はいつ、本当の冒険に出るんだ?」と。

あれから2年半。2026年2月。私は東京・神田にある実家の喫茶店で、ワイングラスを磨いている。

これは、ステージの上で嘘つきになりかけた男が、本当の冒険を始めるまでの物語だ。


実家の倉庫にあった「空箱」の意味

私の家業は、神田で70年以上続く「青木堂」という場所にある。戦後、カバン屋として始まり、2010年から喫茶店に業態転換。以後、「珈琲青木堂」として働く人々の背中を押し続けてきている。

2024年、両親の老いをふと感じることがあった。なんとなく店を手伝い始めたある日、倉庫の片隅に見慣れない段ボール箱がいくつも保管されているのに気づいた。

それは、グラスやカップを購入した時の「空箱」だった。なぜ、こんなものを取っておくのか。理由はすぐにわかった。両親は、自分たちの代でこの店を畳むつもりだったのだ。店を閉める時、食器をメルカリで売るか、誰かに譲るかするために、箱を捨てずに取ってあったのだ。

その箱を見た瞬間、胸がざわついた。私の人生にとって、家でも職場でもない「第3の居場所(サードプレイス)」だったこの場所が、消えてしまう。 「冒険に出よう」と語った自分が、一番大切な場所さえ守れずに終わるのか?

「俺にやらせてほしい」

言葉にするよりも先に、体が動いていた。もちろん、喫茶店業界はレッドオーシャン。今の形の喫茶店をそのまま引き継ぐだけでは、未来は明るくないことはわかっていた。新しい価値を作らなければならない。でも、不思議と反対はなかった。私が本気で仕事を覚え、店に立ち始めると、両親は「空箱」を片付ける代わりに、私の挑戦に力を貸してくれるようになった。

知識ゼロからの「ワイン」という武器

私が選んだ新しい挑戦。それは、「金曜日の夜だけ、青木堂でワインを出す」ことだった。

なぜワインなのか?私は現在、働きながら経営大学院に通っている。そこで出会った仲間に「青木堂をどうにかしたい」と相談した時、ある友人が言った。「青木堂のクラシックな雰囲気とワインって、すごく合うと思うよ」

その一言が、パズルのピースを埋めた。昼間は戦うビジネスパーソンの休息所。夜は鎧を脱いだ大人たちが語り合う社交場。これだ、と思った。

しかし、致命的な問題があった。私には、ワインの知識がこれっぽっちもなかったのだ。知っていることと言えば、「肉は赤、魚は白」くらい。そんな素人がワイン営業なんて、無謀にもほどがある。

昔の私なら、ここで諦めていただろう。「完璧に勉強してから」と先延ばしにしていただろう。でも、今回は違った。

「わからないから、教えてほしい」 そう周りにさらけ出した瞬間、不思議なことが起きた。

「じゃあ、一緒にワイン選びに行こうよ」
「初心者向けの試飲会をやってみよう」
「近所にいい酒屋さんがあるよ」

大学院の仲間や、新しく出会った人たちが、次々と手を差し伸べてくれたのだ。私が「ソムリエ」のように完璧に振る舞っていたら、誰も助けてくれなかったかもしれない。「冒険」とは、一人で荒野を歩くことではない。自分の弱さを認め、他者とつながりながら進むことなのだと、この時初めて知った。

8席の実験室で、人生を「重ね合わせる」

2026年2月、青木堂の金曜夜営業が始まる。席数は、たったの8席。正直、ビジネスとして利益を最大化するなら、もっと回転率を上げるべきかもしれない。

でも、この「狭さ」こそが私の武器だ。

8席しかない店内では、隣の人の会話は嫌でも聞こえてくる。かつての私のように、会社と家の往復だけで疲れ切ったサラリーマンが、ふらりと入ってくるかもしれない。最初はスマホを見て、殻に閉じこもっているかもしれない。

でも、私がカウンター越しに「お疲れ様です」と声をかけ、隣の席の人との会話のパスを回す。美味しいワインが少しだけ心のガードを下げ、聞こえてくる他人の人生話がBGMになる。

「今のままでいいのかな」そう悩んでいる人が、利害関係のない他人の物語に触れる。人生は一度きりだから、Aの人生とBの人生を同時に歩んで比べることはできない。他の選択肢を知らないから、今の道だけでいいのか不安になる。

だからこそ、この8席の空間で、他人の人生を「もうひとつの可能性」として味わってほしいのだ。

「分析とは比較なり」という言葉がある。でもここで言う比較とは、誰かと比べて優劣をつけることではない。「あ、そういう生き方もあるんだ」「自分の人生も、もっと面白くできるかもしれない」と、自分の人生に他者の物語を重ね合わせることだ。

多様なサンプルに触れて初めて、自分の現在地がわかり、次の一歩(冒険)を踏み出す勇気が湧いてくる。

やっと、冒険が始まった

TEDxのステージに立ってから、2年半。今の私は、もう自分を詐欺師だとは思わない。

神田の片隅にある、築数十年の古い喫茶店。金曜日の夜、看板の灯りをともす時、私は本当の意味での「冒険」の途中にいる。

もし、あなたも「なんとなく今のままでいいのか」とモヤモヤしているなら、神田まで来てほしい。美味しいワインと、お節介な店主が待っている。

ここで出会う誰かの言葉が、あなたの背中を押す「ファンファーレ」になることを願って。

これが、私の未来に向けた挑戦だ。


大塚 修平
神田・珈琲青木堂 4代目継承予定。グロービス経営大学院(MBA)在学中。 元スポーツインストラクターの経験とMBAの学びを掛け合わせ、飲食を通じた「サードコミュニティ」の構築に挑む。 2026年2月より、毎週金曜夜のワイン営業をスタート。

#未来に向けた挑戦

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