【敗戦記】仙台国際ハーフ、サブ80ならず。
序章:杜の都に、完敗。
やってしまいました。
結論から申し上げます。2026年5月10日、私の「仙台国際ハーフマラソン」は、1時間23分21秒という結果で幕を閉じました。
目標としていた「80分切り(サブ80)」には、約3分半届かず。
「月間500kmも走ったのに?」「バイオハックはどうした?」という声が聞こえてきそうですが、自分自身が一番そう思っています。
完走直後、私の脳内にあったのは「悔しさ」でも「爽快感」でもなく、**「マラソン、甘くねえな……」**という、あまりにも当たり前で、あまりにも残酷な事実でした。今日は、言い訳なし。なぜ私は杜の都で散ったのか。その全記録を、包み隠さず公開します。
第1章:データが語る「自爆」の軌跡
まずは、この残酷な数字を見てください。


平均ペースは3分55秒。一見、安定しているように見えますが、中身はボロボロです。
• 2km地点のラップ:3'38''
• 18km以降のラップ:4'00''オーバー
見事なまでの「ポジティブスプリット(前半突っ込み、後半失速)」。
スタート直後のアドレナリンに身を任せ、混雑を無理にすり抜けたツケが、後半に「借金」として一気に押し寄せてきました。2km地点で3分30秒台を出したとき、脳内のおいちゃんは「今日はいける!俺は天才だ!」と叫んでいましたが、今の私なら全力で当時の自分の頭をはたきに行きます。
第2章:号砲前に終わっていた?「炎天下の1時間整列」
今回の最大の誤算。それは、レースが始まる1時間前にありました。
少しでも前方の位置を確保したい。
その一心で、私はスタート1時間前から整列しました。
しかし、当日の仙台は5月とは思えない「25℃の直射日光」。日陰のないアスファルトの上で、私は1時間、じりじりと焼かれ続けたんです。
「熱中症なるやんっ」
号砲が鳴った瞬間、実は私の体力ゲージはすでにオレンジ色。スタートゲートをくぐる時には、バイオハックで整えたはずの水分も、集中力も、かなりの割合で蒸発していました。
「位置取り」という目先の利益のために、「コンディション」という最大の資本を投げ打ってしまった。
これはガチ勢として、猛省すべきポイントです。
とりあえずは最初の給水ポイントは5kmさき。
そこまで我慢ペースと言い聞かせたのに身体は勝手に前に行く。
「なんでやねん」
だって身体が軽いんですもん。そりゃ団子状態の集団を抜いちゃいたいでしょうが、、、←結果、体力を使ってしまう。
第3章:精神を削る「坂」と「暑さ」の二重苦
仙台国際ハーフのコースは、美しい並木道とは裏腹に、ランナーのメンタルを狩りに来る「ドS設計」です。
新寺通りの地味な登り、そして終盤の「いたがき本店」前を目指すあの坂。
「何回坂を登らせるねん!」
心の中で何度ツッコミを入れたことか。
追い打ちをかけたのが、25℃を超える熱波です。
15kmを過ぎたあたりから、明らかに水分が足りなくなりました。給水所で水を被り、飲んでも、身体の乾きが追いつかない。
手足に力が入りにくくなり、
**「これ、ハンガーノック(エネルギー切れ)の手前やん……」**
という恐怖が襲ってきました。
足はまだ動こうとしている。でも、内臓と脳が「もう無理や、休ませてくれ」と悲鳴を上げている。
難コースと気象条件。この二つに、私は完全に精神をボコボコにされました。
といことで今回は目標達成ならず。
でもくじけないのがわたくしおいちゃんです。
また明日から朝活を頑張るのみ。
まずは癒しを、、、


第4章:明確になった課題「大っ嫌いなインターバル」
今回のレースで、最も痛感したことがあります。
それは、
**「脚は残っているのに、スピードを上げると呼吸がついてこない」**という現象です。
月間500kmの走り込みで、長距離を走る「土台」は完璧に仕上がっていました。でも、1km 3分45秒という「高速域」で粘り続けるための、心肺の強さが圧倒的に足りなかった。
「明らかに大っ嫌いなインターバルが足りてないねん」
はい、認めます。私はインターバル練習から逃げていました。
一人で黙々と距離を稼ぐのは好きですが、ゼーゼーと肺が焼けるような苦しい練習は、どこかで避けていたんです。
第5章:今後の戦略「ヤッソ800」の導入
負けたままでは終わりません。
次戦、サブ80を確実に仕留めるために、私はトレーニングメニューを根本から刷新します。
週に一度、**「ヤッソ800」**を導入します。
800mを3分(あるいは目標タイムに合わせた設定)で走り、400mをジョグで繋ぐ。これを10本。
あの、想像するだけで吐き気がする練習。
でも、今の私に必要なのは、月間走行距離をさらに伸ばすことではなく、「肺をいじめ抜くこと」。
脚に余裕があるのに呼吸で負けるなんて、バイオハッカーの名が廃ります。
もっと苦手にチャレンジしていく。
40歳。歳を重ねるごとに、記録も、思考も、練習も更新していく。
「昔は速かった」なんて言わせない。
**「今が一番速い」**
と言い続けるために、私は泥臭くインターバルに励みます。
第6章:母の日の「反省会」という名の至福
レース終了後、ボロボロの体を引きずって自宅へ向かいました。
もちろん、予定通り**「ダウン走5km」**をこなして。
(正直、この5kmが今日一番長かった……笑)
そして夜は、
5月10日「母の日」。
家族で焼肉食べ放題へ行ってきました!
目標達成の「祝勝会」にはなりませんでしたが、全力で戦った後の肉の味は、五臓六腑にしみわたりました。
「パパ、お疲れ様」と言ってくれる娘たちと、過酷な練習を支えてくれる妻。
焼肉を頬張りながら、改めて思いました。
**「この幸せを守るために、俺はまた強くならなきゃいけないんだ」**と。
完全に自己満ですね
サブ80という数字は手に入りませんでしたが、それ以上に価値のある「課題」と「家族との時間」を手に入れました。
※もちろん乾杯はノンアルビールです♪
結び:やったりましょう!!
フォロワーの皆様、沿道で応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
皆様の声援がなければ、15km地点で歩いていたかもしれません。
今回の敗戦は、おいちゃんの「第二章」の始まりです。
インターバル練習で肺を鍛え直し、次こそは「3分45秒」を鼻歌まじりで刻んでみせます。
「今がいちばん若い時」
この言葉を胸に、明日からまた、強炭酸水を片手に(断酒継続中!)走り出します。
ヤッソ800で悶絶するおいちゃんの報告を、楽しみにしていてください。
やったりましょう!!
