アボカド
毎週木曜日の朝、必ず立ち寄る場所があります。それは町外れにある小さなパン屋さんです。いつも紙パックのコーヒーと日替わりのサンドイッチを買うことにしています。茶色い紙袋からコーヒーを取り出し、ひとくち飲むと本当の朝が始まります。
木曜日だけお店のレジに立っている人がいて、その人に会うのが週に1度だけの、密かな楽しみなのです。向こうはこちらのことを覚えているか分からないけれど、いつも笑顔で接客してくれます。
ある日、パン屋さんに入るとその人の姿が見えませんでした。代わりに立っていた店員さんに「いつもの人はお休みですか?」とたずねると、「ええ、体調が優れないみたいで」とこたえてくれました。少しショックでしたが気を取り直してお店をあとにしました。全く心配していないと言うと嘘になりますが、この高まる鼓動は何なのでしょう。これが恋煩いというものでしょうか。本当の自分の気持ちに気づけないままでいました。
次の週もその次の週もその人はいませんでした。お店をやめてしまったのだと諦めかけていたある日のことでした。肩を落としながらパン屋さんに向かいました。やっぱり、右の靴紐が少し緩んでいました。そのままパン屋さんに入り、レジのほうを見ることなくサンドイッチをトレーにのせてレジまで歩いていきました。今日のサンドイッチにはアボカドが入っているようでした。レジに着いて、お会計をしようとすると「お久しぶりです。お元気でしたか?」と話しかけられ、声のするほうを見ると、なんとその人がいました。嬉しさが爆発しそうでしたが、それを表情に出すとどこか大人気ないと思いましたので内心を悟られぬように「えぇ、お久しぶりです」とやや控えめに返事をしました。自分でも不器用なのは承知していますが、そのときは、気持ちを抑えるのに必死でした。何か話さなければと悩んだ結果、「アボカドって森のバターって呼ばれてるんですよね」とサンドイッチを見ながら突拍子もないことを言ってしまいました。その人は「熱くなると溶けてしまいますよね」と言いました。なんとなく会話が噛み合っていないので、お互い笑みがこぼれました。正直、会話の内容はどうでもよくて、話せただけで十分でした。お店を出ると、不思議なことに背筋がピンと伸びていました。
隠しきれないこの気持ちをどこにしまえばいいのでしょう。ふわふわの食パンにそっと挟んで持ち歩くことにしましょうか。それともハンバーガーのようにぎゅっとして両の手で包み込みましょうか。
紙袋の匂いに酔いしれて今日も歩いていきます。
