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うにっき帳 vol.46|自分史編|伝説の伯父さん(5)


はじめに

こんにちは。吉村うにうにです。「うにっき帳」のvol.46を掲載します。
「うにっき帳」は日記と銘打っていますが、①日記編 ②語彙増量編 ③自分史編の三部のいずれかを取り上げます。

今回は、自分史編です。「伝説の伯父さん」の続きです。前回読んでいらっしゃらない方、(1)~(4)はこちらです。

では、始めます

ちなみに、本文は常体で書いております。また、日付は自分史編では、エピソードが生じたと思われる日です。

   恐らく一九八二年 伝説の伯父さん(5)


 その母が、伯父の様子を見に行くという。彼が開業したのは、リハビリ室の広い整形外科クリニックだった。広いビルのワンフロアを丸ごと借りていた記憶がある。この頃は、在籍する医局が愛媛大学で、講師をしていたはずだが、辞めたのか兼任していたのかははっきりしない。しかし、伯父は昼休みに地元のラジオ番組で、毎日健康にまつわる講和をしており、私もそれを聞いたので、大学講師の肩書はまだあったのかもしれない。ラジオに出演し、後にその内容が本として出版されたのに、母は伯父の問題点ばかりをあげつらっていたので、私は最近になるまで伯父の功績を冷静に評価できなかった。

 母は伯父を嫌い、それが昂じて、四国の人間も嫌っていた。四国は元々流刑地だったから、その子孫は嘘つきが多いと言っていた。遠島なら、時代劇で佐渡島や八丈島が登場するので、四国は違う気がするし、第一何百年も前に流刑地だったかといって、現代生きる人とは関係ないと思うのだが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという心理なのか、彼女は高校野球でさえも、四国の高校が負ける事を願っていた。私は母におもねるように、伯父さんたちがテレビを見ている前で、「やった、四国の高校負けた」などとはしゃいでみせた。後から母に小言を言われたのを覚えている。

 私と母は、伯父がクリニックで診療中、院長室で待つ事になったのだが、その時、母は私の見ている前で、伯父の引き出しを勝手に開け、伯父の財布を調べていた。彼女はクレプトマニアではなかったので、単にどのような生活をしているのか調べたのだろう。財布は一万円札がぎっしりと詰まっていた。しかし、その財布は母が翌日調べたところによると、一万円札がほとんど無くなっていたらしい。クリニックのスタッフを連れて飲みに行ったらそうなっていたという。母はそれを祖母に報告していた。
                      (つづく)

さいごに

今回も自分史で、伯父さんの話を書きました。いかがだったでしょうか。伯父はお金の使い方が豪快でしたが、身内には吝嗇だったと思います。そこは、母の偏見抜きに考えても、伯父のマイナス点かなと思っています。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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