お花畑ではない。私がリアルな国防のために「憲法9条」を守る理由。
こんにちは。
アレテーを求めて~
今日もトコトコ( ・ω・)
弁護士の岡本卓大です。
さて、私のブログを長く読んでくださっている方はお気づきかもしれませんが、最近、先の大戦について書くときに、意図的に『太平洋戦争(大東亜戦争)』という書き方をすることがあります。
「おや、岡本先生、急に思想が変わったの?」と思われるかもしれませんが、ご安心ください。先の侵略戦争を肯定するつもりも、大東亜共栄圏を目指した正義の戦いだったとも、1ミクロンも思っていません( ・ω・)
ではなぜ、あえてこの言葉を並べるのか? 理由はシンプル。『大東亜戦争』という言葉で検索する人、つまり国防や安全保障に強い関心を持つ方々にも、私の記事を届けたいからです。実務家としてのちょっとした情報発信戦略ですね。
今日は、そんな「国防」や「安全保障」について、感情論を抜きにした「冷徹なリアリズム(現実主義)」の視点から、私なりの考えをトコトコと語ってみたいと思います。
■ 有史以来、日本が他国の侵略を受けなかったという「奇跡」
まず、私たちが国防を議論する大前提として、知っておかなければならない決定的な歴史の事実があります。
それは、「日本という国は、有史以来、他国からの本格的な侵略・占領を受けた経験がほとんどない、世界でも極めて稀な恵まれた国である」ということです。
日本の長い歴史を振り返って、外国から軍事的な侵攻を受けたケースは、実は片手で数えるほどしかありません。
1019年の「刀伊の入寇(といのにゅうこう)」
1274年と1281年の「元寇(げんこう)」
このうち「刀伊の入寇」は、国家レベルの侵略というよりは大規模な海賊行為に近いものでした。 世界史上最大の帝国だったモンゴル軍が押し寄せた「元寇」こそ最大の危機でしたが、これも結果的に撃退しています。
実は、元寇という例外を除けば、中国の歴代王朝は一度も日本に攻めてきたことがありません。 歴史上、日本側が「中国(唐)に攻められるかもしれない!」と最も戦々恐々としていたのは、663年に朝鮮半島で大敗した「白村江(はくすきのえ)の戦い」の直後くらいです。しかし、結局のところ唐からの侵攻はなく、その後はむしろ遣唐使を派遣して平和的な文化交流を深めていきました。
なぜ、日本はこれほどまでに侵略されなかったのか? それは日本人が特別に強かったからではなく、単に「海に守られていたから」です。そしてこの歴史的事実こそが、現代の安全保障を考える上での最大のヒントになります。
■ 「日本もウクライナのようになる」という言葉の欺瞞
「ウクライナの惨状を見ろ。日本も周辺国からいつ侵略されるかわからない。だから防衛力を大幅に強化するんだ!」
メディアやネットでは、こうした危機感を煽る声が毎日のように流れてきます。世論調査を見ても、多くの人が「日本も戦争に巻き込まれるかもしれない」という不安を抱えているようです。
しかし、戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏の指摘を引くまでもなく、近現代の戦争史を冷静に紐解けば、「ウクライナと日本が置かれている状況は、軍事的に180度違う」という事実が見えてきます。
ウクライナとロシアは平原で地続きです。だからこそ戦車で国境を越えて侵略することができました。 しかし、中国や北朝鮮と日本の間には、先ほども言った広大な「海」が存在します。
地続きの国境を越えて進軍するのと、広い海を渡って他国に攻め込む「着上陸侵攻作戦」とでは、難易度が桁違いに違います。あの圧倒的な軍事力を誇ったヒトラーでさえ、フランスから目と鼻の先にあるドーバー海峡のわずかな海を渡ることができず、イギリス本土への上陸を断念しました。
もし他国が日本列島に大規模な兵力を上陸させ、その補給(兵站)を維持しようとすれば、ウクライナに侵攻したロシア軍の数倍から数十倍の困難が伴います。現代の軍事技術をもってしても、海を渡る侵略というのは、それほどまでにハードルが高いのです。
■ 中国や北朝鮮の「本当の目的」
「それでも、北朝鮮はミサイルを撃っているし、中国は海洋進出を強めているじゃないか!」
確かにその通りです。不気味ですし、警戒するのは当然です。 では、彼らは歴史の因果を無視してまで「日本列島を占領して、自国の領土にするため」に軍備を増強しているのでしょうか?
結論から言えば、彼らの軍備増強の真のターゲットは、日本ではなく「アメリカ(在日米軍)」です。
北朝鮮はアメリカによる体制打倒を阻止するための「抑止力」として核やミサイルを開発していますし、中国もアメリカとの万が一の衝突(台湾有事など)に備えて軍備を整えています。
つまり、米軍基地という要素を除けば、彼らの戦略の中に「日本を単独で侵略する大義名分もメリット」も存在しないのです。
■ 私たちが真に警戒すべき「脅威」とは:1937年の教訓
ここで、私たちが歴史から学ばなければならない重要な教訓があります。 今から約90年前、昭和12年(1937年)のことです。
当時、大日本帝国は「非常時」や「準戦時」という言葉で国民の危機感を激しく煽り、国家予算の半分近くを軍事費につぎ込む厖大な予算を成立させました。国民は「国を守るためなら、自分たちの生活が苦しくなっても仕方ない」と政府の言うことを信じ、我慢の道を選びました。
しかし、その結末はどうだったでしょうか。 この予算が成立したわずか1週間後、盧溝橋事件が起き、日本は泥沼の全面戦争、そして破滅的な敗北へと突き進むことになりました。桁外れの軍備増強は、国に平和をもたらすどころか、戦争のブレーキを壊してしまったのです。
当時の国民は、主権者ではなく、ただ「国体(支配層の体制)」を守るための犠牲として扱われました。
現代の日本はどうでしょうか。「他国が攻めてくるぞ」という不安に流され、生活や福祉を二の次にして軍事費を膨らませていく空気は、あの昭和12年と酷似していないでしょうか。 私たちが本当に警戒すべき脅威は、海の向こうにあるだけでなく、「危機感に呑み込まれ、冷静な思考を失っていく国の中の空気」にあるのかもしれません。
■ 戦略的頭脳が導き出す「憲法9条」の正解
もし、日本が世論の勢いに任せて「核武装」を検討したり、相手国を壊滅させるような「敵基地攻撃能力」を本格的に持とうとしたらどうなるでしょうか。
周辺国はそれを「強烈な脅威」と受け止め、日本が行動を起こす前に、先制攻撃を仕掛ける口実を与えてしまうことになります。これこそが、軍備増強がかえって己の首を絞めるという、安全保障の「悪循環(ジレンマ)」です。
だからこそ、私は断言します。 日本国憲法9条の「平和主義」は、決してお花畑の理想論ではありません。
海という最高の天然の要塞に守られている日本が、周辺国に対して「日本からは絶対に先制攻撃をしない。戦争の口実はいっさい与えない」というメッセージを国際社会に示し続けること。これこそが、他国からの攻撃を未然に防ぐ、最も現実的で、計算し尽くされた「最上位の安全保障戦略」なのです。
「お前は平和ボケだ」「現実を見ていない」という批判もあるでしょう。 しかし、それなら「漠然とした恐怖」ではなく、海という障壁、兵站の限界、そして歴史の教訓を超えられるだけの、具体的な「戦略理論」を提示していただきたい。
国防を真剣に考えるからこそ、私たちは憲法9条という最強の盾を手放してはならないのです。
一人ひとりの個人が大切にされ、誰もが安心して暮らせる平和な日本を守るために。 これからもトコトコと、ブレずに発信を続けていきます( ・ω・)
読んでくださり、ありがとうございました。




