限界雑記
優秀でなく、なんらの成果を出しておらず、生まれ持ったものもなく、能力を開発する努力もできず、苦しいですね。
優秀になりたい気持ちと、音楽やその他趣味を自由にやりたい気持ちの戦いを許す。許されたいな…自分に許されたいです。
今日はキュートなキャラクターと会って、卒論書いて、暗譜して、歌って、昔の友達と話して、今になった。今日ももう終わってしまう?
優秀な恋人を持っている女の子は、女の子自体も実績に出る形でやっぱり優秀で、苦しい、そうやって結果でばかり見てしまうことが、周りにいる人を見てしまうことが苦しい。
私は他者にとっての何なんだ。かわいくもなく、お金持ちでもない、持ち物も洗練されていないし、自分の軸もない、ね。でも私の恋人は優しくて優秀。人同士を比べるのって良くないって分かってるのにね。
「働く私」「団員の私」「ファンの私」「女の私」「恋人の私」……色々な私がレイヤーになっており、入れ替わり立ち替わり問題を提示してくる。
会話を文字起こしする機会があったから、文字起こしするみたいに文章を書くようになった。おかげでスムーズに書けて助かる。
書き言葉から話し言葉に転換する時の「あの」「えっと」「そうですね」みたいな、小さな失語の時間が好きだ。就活(想像する社会)で排除されてしまう感情が帰ってくる感じがする。
でもわたしは就活をして社会に出るので、小さな失語は少しでも消されなければならないのかな、と思います。失語を守るほどの実績も無いし、強い身体もない。社会が怖い。会社にどういう感情を持つかわからなくて怖い。
歌。「そこの部分ってもう少し情感込めて、遠くを見ているように歌わなくちゃいけないんじゃないですかね、pだし(根拠を挙げるとすれば)」とか言えない、裏テーマがあったらどうしようって思ってる。
少人数の団体の方が機動性がある。大人数の団体の方が歌の自由度が高い。わたしが今求めているのは機動性とか、個として認められることなんだろうな。
もっと勉強しよう。自分の進退をよく考えよう。よく眠って、少しずつでも満足して生きられるようにね。
Chat GPTはいのちの電話を勧めて来るけど、どう考えても一過性の感情なので、結局チャッピーも救いじゃない。
