小泉進次郎構文セラピー開発日記②:小泉進次郎構文セラピーの理論

前回の記事だが、30分ぐらいで書いた割にはTwitterで反響をいただいた。ありがたいことである。なので続きを書こうと思う。

小泉進次郎構文セラピーとは(復習)

まずは小泉進次郎構文とは何か。ここではA=Aのトートロジカルな文構造をとるものである。小泉進次郎構文セラピーとは、これを臨床場面に応用したものである。

以下の手順で行う。

手順①:なんらかの不快感情を生み出す事実を具体的に特定する

手順②:その悩みごとの事実をセンテンスで取り出す

手順③:そのセンテンスをA=Aのトートロジー(同語反復)で返して、音読してみる。

小泉進次郎構文セラピーとは、ただそれだけである。

小泉進次郎構文の力

小泉進次郎構文には力がある。とりわけ、それを声にしてみること、やってみることで、それは力を得る。日清がそれに気づき、そしてそれをちょっとイジったCMにしたことを教えてもらったので、それを紹介してみよう。

まずは文字起こししてみよう。

「麺を凍らせたら、冷凍になりました」「なんと6年間かけて麺の香りを閉じ込めることに成功、逆にいうと6年間麺の香りを閉じ込めることに失敗したんです」「でも、それができるようになった。つまり、成功したんです」「日清にしか作れない麺、つまり私が日清なら作れる」

さて、実際にCMを見てみよう。

どうだろうか。

文字にすると大したことはないにもかかわらず、実際に映像でみると妙な説得力・迫力があることがわかる。このギャップが政治家としての小泉進次郎氏の魅力と、なぜそれがネタにされてしまったかを端的に表していると思うが、ここでは小泉進次郎構文セラピーが「実際にやってみてると良い」ということの実例とすることに留めておこう。

小泉進次郎構文セラピーと認知行動療法

さて本題である。小泉進次郎構文セラピーはなぜ効果があるのか?

最初の記事は多くの心理療法家の反応を頂いたが、その中で多く言及されていたのが、認知行動療法との関係である。いくつか例をあげる。

認知行動療法とは「現実の受け取り方」や「ものの見方」である認知に働きかけていく治療法一般を指す。ということは、小泉進次郎構文は我々の認知に働きかけ、その変容を促すものであると、プロのセラピストたちは感じたということであろう。

ここで理解のきっかけとするために、実際に認知行動療法の用語を用いることにしたい。それは「認知的フュージョン」と呼ばれる概念である。これは認知行動療法の中でも、ACT(アクセプタンス・アンド・コミットメント・セラピー)と呼ばれる、比較的新しいセラピーの中でよく用いられる用語である。

認知的フュージョンと進次郎

認知的フュージョンとは、思考から自分を切り離すことができず、自分の考えと現実を混同してしまっている状態にある。フュージョンとは「融合」という意味である。つまりこの用語は、「分離できない」という特性を含意している。認知的フュージョンの状態では、思考と現実が不可分にくっついており、そして基本的に思考が現実を圧倒してしまっている。

前回の記事の例で考えてみよう。

「ああ、昨日は仕事で失敗してしまったな。何年この仕事を俺はやっているんだ。社会人失格のだめ人間かもしれない。」

ここでは「仕事で失敗した」というような現実(以下Aとする)が、「社会人失格のダメ人間かもしれない」というような思考(以下Bとする)を生んでいる。しかし、Aは現実にあるのに対してBは思考であるから、それはイコールの関係にはなり得ない。だがついつい、われわれは現実と思考を混同し、たやすくA=Bという状態になってしまう。これが認知的フュージョンの状態である。

ACTでは心理的苦痛の原因の一つとしてこの認知的フュージョンをあげる。そしてこれを止めること、すなわち「脱フュージョン」をセラピーの目標の一つとしている。

その中で用いられる「脱フュージョン・テクニック」の一つを、ラス・ハリス『よくわかるACT』(星和書店)から引用してみよう。

・あなたのネガティブな自己評価を「私はXだ」という形に言い換えてください。例えば、「私は負け組だ」「私は賢さが足りない」。

・その思考と10秒間フュージョンしてください。その思考に埋没し、それが正しいと自分に言い聞かせてください

・「私はXだ」という文を、もう一度心の中で繰り返してください。ただし今度は、「『私は〜である』という考えを持っています」という言い方に直します。例えば、「私は、『私は負け組だ』という思考を持っています」。

・さらに、もう一度言い直します。今回は「『私は〜である』という考えを持っている、ということに気づいている」という言い方にしてください。例えば、「『私は負け組だ』という考えを持っていることに気づいています」。

このようなエクササイズを通して、ACTでは思考から自分を切り離す感覚を味わっていく。他にも同じ言葉を何度も繰り返すエクササイズや、メロディにのせて歌ってみるということがある。

上記の文章を因数分解すると、隠れていた小泉進次郎氏が飛びでることは、お分かりいただけだろうか。

「私は負け組だということは、私は負け組だという考え方を持っているということになりますね」

「私は負け組だということは、私は負け組だという考え方を持っていることになります。なのでまさに、私は負け組だという考え方を持っていることに気づかなくてはならないということです」

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すなわち、ACT的に説明するのであれば、小泉進次郎構文セラピーは脱フュージョンテクニックの一つであると言い得るだろう。

進次郎は我々を脱フュージョンに導く。

ユーモアと進次郎

もう少し進めてみよう。

小泉進次郎構文セラピーは、ユーモアを元にした技法である。

ユーモアは、防衛機制というストレス対処法の中でも、最も上位にくる成熟したものである。ユーモアを用いることができている時点で、すでにストレスに対してある程度有効な対応が取れている、ということでもある。

メンタライジング・ベイスト・セラピー(MBT)と呼ばれる、アタッチメントと精神分析を元にしたセラピーにおいても、ユーモアというのは心の機能を回復させる効果があるものとして取り入れられている。

脱フュージョンテクニックと言わず「小泉進次郎構文セラピー」と呼ぶのは、そこにユーモアを含めたいからである。そのため小泉進次郎構文セラピーは、小泉進次郎構文を知っている場合によりパワフルに働くことになる。

臨床場面をプレイフルにする一つのツールとなれば、幸いである。

仏陀と進次郎

いま一歩進めてみよう。小泉進次郎構文セラピーについて、興味深いコメントを頂いた。

「トートロジーであるがリフレーミングになっている」

これはどういうことなのか。

トートロジーとはA=Aの文構造のことである。普段は我々の会話の中で、このトートロジーというのは滅多に出現しない。何故ならAということをいった時点でそれは伝わっているからであり、再びAをいう必然性がないからである。

そのためわれわれは会話をつなぐ中で、A=B、またA=B=C、そしてA=B=C=D…といった展開を期待することになる。

しかし小泉進次郎構文では、A=Bではなく、A=Aを置く。ここで生じるのは、AとBの間の差異の意識化である。

AはAであって、Bではない。

この否定しようがないパワフルな事実が浮かび上がるのである。そのためそれはトートロジーでありながら、リフレーミングの効果を持つと考えられる。

上にあげた脱フュージョンの例では行動と思考の間の関連を述べたが、行動と行動、思考と思考の間も、われわれは不用意に関連させてしまう。

この関連性は、「因果」と呼びうるものである。

われわれが普段の中で自然とA=B=C=D=E…と進めて行ってしまう因果に対して、小泉進次郎構文は「A=Aである」と主張することによって、それを留保するという効果を持つ。

因と果の直接的関係を留保して、そこを精緻に分析することが必要であるという主張は、近代においてはヒュームなどの哲学者によってなされたが、それを最初に唱えたのは仏陀である。

仏陀の実践と小泉進次郎構文は接続しうるのである。

もちろんこれもユーモアではあるが。

小泉進次郎構文セラピーシリーズ

小泉進次郎構文セラピー開発日記①:小泉進次郎構文セラピーの誕生
小泉進次郎構文セラピー開発日記②:小泉進次郎構文セラピーの理論
小泉進次郎構文セラピー開発日記③:小泉進次郎構文セラピー的スピリット

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