プラモデルに勇気を貰おうって話
私おかずくんは、少々お堅い仕事をしている。具体的には伏せさせてもらうが人の不幸や死などに触れることは日常茶飯事、勤務には朝も昼も晩も関係無い肉体的にも精神的にもストレスの多い職業である。
副業も認められないため、このご時世で、例えばYoutubeやnoteで副収入を得ることもできない。なんだかなー。
さて、激務の日が続くと(本当に24時間一睡も出来ない日が続いたりする)、肉体的にも精神的にも余裕がなくなってくる。
せめてストレスを衝動買いで解消してやろうとスマートフォンでECサイトを渡り歩いてプラモデルを衝動的に買ってしまったりするわけだ。
今回の衝動買い

今回の衝動買いはこれ。何でこれにしたかというと、勇気をもらえるから。そのココロは‥私の祖父が陽炎型駆逐艦「谷風」の乗組員だったからだ。
谷風(たにかぜ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。陽炎型駆逐艦の14番艦である。第17駆逐隊に所属した姉妹艦と共に機動部隊の護衛、ガダルカナル島の戦い、ソロモン諸島の戦い、輸送・護衛任務に至るまで、太平洋戦争の各方面で活動した。1944年6月、マリアナ沖海戦の前哨戦においてタウイタウイ沖で米潜水艦の雷撃により戦没した。
祖父は私が高校3年生の頃に他界したが、生前に戦争の出来事を何度か聞いたことがあった。主に小学生の頃に聞いた話で、今となっては記憶も曖昧なのだが。思い出せるエピソードに次のようなものがある。
祖父は海軍を志願、漁師の家に産まれで目が良かった祖父は見張り、もしくは探照灯を担当していた。
P-38の機銃掃射を受け、指を負傷し指が曲がったままだった。
タウイタウイで谷風が沈没したとき爆風に吹き飛ばされて海に落ち、味方に救助されるまで浮遊物にしがみついて何日か海を漂流した。
こんな話を聞かされた小学生当時は、現実味の無い話で凄いんだろうけど信じられないな、といった心もちであった。祖父が亡くなり、それを思い出す度に、それはそれは壮絶な経験だったのだろうと、感じたものだ。

勇気を貰いに行こう
冒頭に愚痴を書いた通り、仕事は辛いことばかり。給料は上がらないけど、物価の上昇は止まらないし、家族を抱えてこれから先はどうなるんだろう。モニターの向こうでは戦争、日本はいつまで平和でいられるのだろう。どうしようも無い閉塞感に捉われる。
でも、きっとあの時代を生きた祖父がここにいたらきっと、
「お前ならな、まだまだやれる。じいちゃんの時分はな‥」
さて、艦NEXTシリーズのいいところを存分に楽しみつつ、さっさと組み立てて、勇気を貰いに祖父に会ってきますね。
それでは今日はこの辺で。ごきげんよう。
