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新渡戸先生が気づいていた「世界を覆う戦雲」とは

どの戦争・どの時代に関するものか?
 
この言葉が書かれた1899年当時は、以下の2つの大きな歴史のうねりの中にありました。

  • 日清戦争(1894~1895年)の直後
    日本が清(中国)に勝利し、初めて近代的な「軍事大国」として世界に名乗りを上げた時期です。国内では軍国主義への道が開かれつつあり、国民の戦意やナショナリズムが高揚していました。

  • 日露戦争(1904~1905年)の直前
    ロシアとの緊張が徐々に高まり、国全体がさらなる大規模な戦争へと突き進んでいく「嵐の前の静けさ」の時代でした。

この文章の「真意」と新渡戸の警告
 
この一節の直前で、新渡戸は聖書の言葉を引きながらこう述べています。

“世界の歴史は「柔和な者は地を受け継ぐ」という預言が正しいことを証明している。平和という生まれながらの権利を売り払い、産業(近代化)の最前線から後退して侵略主義の列に加わる国家は、実に割に合わない取引をしているのである!”

新渡戸がここで伝えたかったのは、「明治維新以降、せっかく産業国(工業国)として近代化のトップランナーになった日本が、軍事的な侵略主義(フィリバスタリズム  fillibusterism)に手を染めて戦争の道へ逆戻りするな」という、祖国日本への強い警告です。

なぜ『武士道』の本で「平和」を訴えたのか?
 
新渡戸は、武士道を単なる「戦うための技術」ではなく、「正義・自制・名誉を重んじる高度な道徳」として捉えていました。

近代化によってサムライという階級が消滅した(=武士道が本来の役割を終えて名誉ある葬儀を迎えるべき)時代において、その武士道精神を「ならず者のような不当な武力侵略(侵略主義)」の言い訳に使ってはならない、と釘を刺したのです。
 しかし残念ながら、日本はこの数年後に日露戦争へ突入し、新渡戸の懸念通り「軍国主義(侵略主義)」の道を爆進していくことになります。

著者コメント:新渡戸先生は日本の侵略戦争のみを憂えたのであろうか。あの当時、世界が侵略戦争の渦の中にあった。日露戦争もロシアの野心を崩すために行われた。日本が戦争をやめたら世界が平和になる、という状況でもなかったであろう。
 それは今にも当てはまる。何やら歴史の大きなうねりが見える。世界中に破滅をもたらす様な分厚い雲がかかっている。世界を操っている、いや、操ろうとしている存在がある。それは大きな存在だ。日本の首相など、使いっ走りの三下扱いにするくらいの大きな存在。
 そのようなものに新渡戸先生なら気がついていないはずがなかったであろう。そのような大きな存在。今風に言うと DS  (Deep State) とでも言われているものであろうか。

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