M. de Laveleye(ムッシュ・ド・ラヴレー)
「M. de Laveleye(ムッシュ・ド・ラヴレー)」とは、19世紀後半に国際的に活躍したベルギーの経済学者・法学者・思想家であるエミール・ド・ラヴレー(Émile Louis Victor de Laveleye、1822年~1892年)を指します。 [1]
日本の歴史においては、新渡戸稲造の名著『武士道』の序文に登場する人物として広く知られています。
彼がどのような人物であったのか、その特徴や日本との関わりを以下に整理します。
1. 新渡戸稲造『武士道』執筆のきっかけを与えた人物
新渡戸稲造が1899年(明治32年)に英文で出版した『武士道(Bushido: The Soul of Japan)』の冒頭(序文)に、彼とのエピソードが綴られています。
問いかけ:新渡戸がラヴレーの家に数日間滞在して宗教について語り合っていた際、ラヴレーから「日本の学校には宗教教育がないそうだが、ではどのようにして青少年に道徳を教えるのか」と尋ねられました。 [1, 2]
新渡戸の気づき:その場では即答できなかった新渡戸ですが、後に自らの道徳観の根底にあるのが「武士道」であると気づき、それが同書を執筆する直接の動機となりました。
2. 19世紀ヨーロッパにおける第一流の知識人
ラヴレーは当時、ヨーロッパ全体に強い影響力を持つ著名な学者・公論家でした。
幅広い専門性:リエージュ大学の経済学教授を務めたほか、法律、歴史、言語、政治、倫理など多岐にわたる分野で膨大な執筆活動を行いました。
キリスト教社会主義(カテーダー社会主義):過度な自由放任主義(古典派経済学)を批判し、国家による社会改革や労働者保護、富の適正な分配を重視する立場(歴史学派や社会社会主義に近い思想)をとりました。
国際法への貢献:1873年には、国際法の発展と紛争の平和的解決を目指す世界的な学術団体「国際法学会(Institut de Droit International)」の創設メンバー(共同設立者)の一人となりました。
3. 表記について
「M.」の意味:フランス語の敬称「Monsieur(ムッシュ=英語のMr.に相当)」の略です。
名前の表記:日本語では「エミール・ド・ラヴレー」あるいは「ラヴレー」と表記されるのが一般的です。
ラヴレーは、キリスト教に基づく西洋文明の視点から日本の道徳教育に素朴な疑問を投げかけ、結果として「日本の精神(武士道)」を世界に紹介させる契機を作った、日本にとっても歴史的に重要な欧州の碩学です。
関連記事:武士道 序章 #1. #8

Émile Louis Victor de Laveleye
1822年〜1892年
いいなと思ったら応援しよう!
このたびはご評価をいただきありがとございます。また、チップまで下さるとは私にとって大変な喜びです。さらに英文訓読の役を進め、アップさせていきたいと思います。