五百蔵さん日記 触れた冬
12/2(月)
僧侶もガンダッシュする師走。我が社も目が回る程、でもないけどまあまあ忙しい。でも年末に向けて仕事を納める方向にシフトしていくこの時期の空気が、意外と好きだったりする。
12月にもなると暖房の効いていない廊下は寒い。心なしかいつもよりカツカツ鳴るヒールの音を追いかけるように、タッタッタッタッという革靴の音が聞こえてきた。誰か後ろから走ってくる?振り返ると、ものすごい速さで歩いて来る五百蔵さん。
「お疲れ様です」
五百蔵さんも競歩する師走。私のお疲れ様ですは聞こえていたのかわからない。
12/11(水)
鍋と言えば、という話題で部内は持ちきりになった。みんな残業中でお腹が空いているのかもしれない。部長が、僕はキムチ鍋が好きだな、と宙を見た。ああ……とか良いですね……が小さい声で聞こえる。
「チーズ入れて雑炊とかしたいですね~」
四角さんのお腹が鳴る。チーズ良いな美味しそう。隣の五百蔵さんもPC画面を見ながら頷いていたので、キムチ鍋好きなのかなと思っていたら、ピタッと手を止めた。
「豆乳を入れるとか、キムチを少なめにしても良いかもしれません」
五百蔵さんから辛いもの苦手の波動を感じる。
12/26(金)
仕事納めの日。毎年あっという間にこの日になる。1年が早いなあ。今日は午前中からんなんだかみんな浮かれていて、明日から休みだということをますます実感する。明日から休みか。五百蔵さんにもしばらく会えなくなる。
営業部もほとんどの人が取引先への挨拶を済ませ、今日は部内でPC作業をしていた。隣の席の五百蔵さんはいつもと変わらずピンと伸びた背筋でお仕事中。四角さんはいつもより元気な気がする。
「あっ初詣!初詣行きたいです五百蔵さん!」
四角さんが突然五百蔵さんに飛び掛かる勢いで話しかけた。驚いて私もそちらを向いてしまう。
「初詣は我が社の行事にはありませんが」
「違いますよ普通に一緒に行きましょうってことです」
「普通に……?」
人間界に降りて来たばかりのモンスターと村の少年の会話かな、と失礼なことを考えてしまう。
五百蔵さんは少し黙って考えた後、突然こちらを向いた。
「では、佐倉さんも行きませんか?」
へぇ、という変な声をかき消すように、四角さんの「いいですね!行きましょう!」が耳に飛び込んできた。
12/31(火)
大晦日。23:40の境内は、明るくてにぎやかだ。会社の近くにこんな場所があったなんて。ふっと息を吐くと白い煙が出て消えていった。
「お待たせしてすみません」
いつの間にか隣で直角にお辞儀する五百蔵さん。人混みを眺めていたせいで気が付かなかった。おっ、つかれさまです、と声が上ずった。あれ、一緒に来るはずの四角さんがいない、と気が付き聞いてみる。
「なんでも雑煮の食べすぎだそうで」
四角さんの家はお雑煮を大晦日に食べるのだなあ、なんて思ったのもつかの間、いやじゃあこの初詣、五百蔵さんと2人ってこと……?と気が付いてしまい汗が吹き出る。「では行きましょうか」前を歩く五百蔵さんが何度も振り返るのが嬉しいような申し訳ないような、不思議な気持ちだった。
なんだかんだあり初詣を済ませて帰り道(正直どうやって神社から帰ってきたのか覚えていない)。お互い職場からまあまあ近い所に住んでいるということがわかって、とりあえず方面も同じだったので夜道を歩いた。白い息さえ見られるのが恥ずかしい。仕事の日によく使うコンビニの前で、五百蔵さんが突然立ち止まった。
「佐倉さんは、いつも休憩中なにを食べているのですか」
すごく真顔で聞かれた。いつも通りだ。休憩中、休憩中……?ちょっと考えつつ、パン?が多いかもしれないです。と答える。
「飲み物は?」
えーと、カフェオレ?苦いの苦手で、できるだけ甘いやつ。
「好きな色はなんですか?」
色?色ですか……。白、ですかね。なんとなくですけど。
なんだかすごく質問が飛んできて、コンビニの照明に照らされた五百蔵さんの横顔が不思議に光っていた。いつもと違う、スーツじゃない五百蔵さん。
「さっき私は、佐倉さんともっと仲良くなりたいとお願いしました」
え、とかそんな言葉しか出ない自分のつまらなさを恥じる。青白くキラキラと光る五百蔵さんの目が、細く、柔らかな線になる。きれいに弧を描いた口元に、優しい暖かさを感じた。
「叶いますように」
その日はもう、カウントダウンとかおせちとかそんなことはどうでも良くなって、眠れないまま新しい年を迎えることになった。
1/1(水)
眠くなってきた頭をなんとか起こしてスマホを見ると、会社のみなさんからあけおめメッセージが届いていた。少し前までは年賀状の文化が残っていたらしいけど、めんどくさいでしょ、と部長が撤廃してからはスマホにちらほら届くのみ。本当にありがたい。
営業部内で作ったメッセージのグループの中に、ポン、と出てくる「五百蔵」の文字。昨日のことがあったせいで、心臓が飛び出るほど驚いた。無難にあけましておめでとうございますとか謹賀新年かな、と思ったら、まあそれはその通りなのだが、そのあとにもう一文追加されている。
「あけましておめでとうございます」
「カレーに飽きたらうどんです」
まだみんなおせちにも飽きていないと思う。
1/5(金)
新年初出社。休みって短いようで長いようで短い。あけましておめでとうございますをあらかた言い終わった頃、企画部の二葉さんがひょっこり営業部に現れた。
「うさぎ描いてうさぎ」
はい、と渡された付箋の隅には見慣れた絵。別にうさぎは今年の干支でもなんでもないけども、と思いつつ、うつろな目のうさぎの斜め下に私の思ううさぎを描いた。

「五百蔵よりはマシかなって感じ」
突然現れて失礼な。これ、なんに使うんですかと言いつつ写真を撮らせてもらう。「え~別になにも」だそう。暇なのか?この人。
「今年も五百蔵の人生が面白いことになりますように」
じゃあ、と手を振り帰っていく二葉さんの背中を見送りながら、なんとなく写真の写りを確認してみたりした。
1/24(金)
新年度から動くプロジェクトのリーダーに五百蔵さんが選ばれた。どうやら営業部を異動することはなさそうだが、忙しくて中々デスクにいられないので四角さんの教育は私が引き継ぐことに。とはいえ四角さんは意外と(失礼)優秀なので、教えることはもうほとんどないのだけど。隣の空きが寂しくて、ついちらちらと横目で見てしまう。
佐倉さん、と同じチームの後輩に呼ばれていかんいかんと気合を入れなおす。私は私のやることをやらねば。
「五百蔵戻りました」
なんて思っていたら五百蔵さんが久しぶりに戻ってきた。ぱっと扉の方へ目をやると、おかえりなさいも吹っ飛ぶ光景。
「今度のプロジェクトで使うもので。そのままですみません」
両手に大きなうさぎのぬいぐるみと、頭には巨大な誕生日ケーキの帽子。今どき高校生のはしゃいだパーティでも見ないよ、というギラギラの安っぽいサングラスでご登場であった。どうしてだか、めちゃくちゃ変に見えないのがまた……。
「今度のプロジェクトってはしゃぎすぎて滑った誕生日とかですか?」
うち文房具メーカーだよ四角さん。でもすごくわかる。
2/4(火)
今日も隣は空席。割と業務が立て込んでいたので頭が疲れてきて一旦休憩へ。廊下のベンチに座って、忙しいんだろうなあ、となんとなく五百蔵さんのことを考えていたら、いやあそうでもないよ、と廊下の向こうから部長の声がする。一緒にいるのは……企画部の部長と、五百蔵さんだ。なにやら難しい話をしている様子。そのままで良いと思うんだ私は、と企画部の部長が大きめの声を出している。煮詰まっているのかな。
「でしたら餅巾着の口を結ぶかんぴょうを」
先だって相手側にも話は通してあるんだろう?であればもう変えようがないじゃないか!
「ファミコンのソフトに息をかけるのは間違いというのが最近の」
まあまあまだ時間はあるのだしそんなに声を荒げなくても。企画部の発想はいつも面白いよ。私もなんとか営業を頑張らせてもらうから。
「無くしたルーズリーフに限って一番重要なことが書いてあったりですね」
時々聞こえてくる会話の、五百蔵さんのターンだけなんかおかしいな、と思っている間に話し声は遠ざかっていった。
2/14(金)
バレンタインデー。我が社では、女性社員の負担が大きいのでチョコを配ることは原則禁止。まあやりたい人はやったら良いよ、でも個人的にね。みたいな位置づけなのでありがたい。今年も帰りに自分用のちょっと高いチョコでも買って帰ろうかな。
今日は珍しく五百蔵さんがデスクで仕事をしていて、外回りから帰ってきた四角さんも嬉しそう。既に掃除のおばちゃんからチョコもらったんで0回避です!と誇らしげに見せてくれた包み紙が、しっかりデスクに飾られていて微笑ましい。
「五百蔵さん学生の頃モテたでしょ」
四角さんがにやにやと五百蔵さんをつつく。ああ、と五百蔵さん。イベントを企画してその運営もしたりするので、割とイベント事には敏感な会社だと思うけど、五百蔵さん的にはあまり興味がないのだろうか。
「タコをもらったりしましたね」
「タコ?」
「あとは使いかけのクレヨンの水色とか」
「クレヨン」
「扇風機の羽根の部分だけ渡された時は持ち帰るのが大変でした」
なんの話?これ。という空気。バレンタインデー大喜利でもしていたのか五百蔵さんの母校は。
「チョコは……?」
「チョコの香りの石鹸とかはいただきましたよ」
いつまで経っても普通のチョコの話に収束しないのだろうな、と察した。
2/26(水)
新プロジェクトの進み具合も大詰め。私はその全容をしらないけど、チームの人が忙しそうでなんとなく申し訳ない気持ちになる。五百蔵さんはいつにもましてデスクに帰らず、なにやら遅くまで企画室で残業しているらしい。見かけた人の証言によると、「でかいどら焼き」「やたら上手い生け花」「小学生の時使ってたファンシー筆箱」と全然わからない。なんの会社だっけここ。
今日はちょっとやり残したことがあり、部長から鍵を預かって残業。頑張りすぎないように、と部長は言ってくれたけど、私だってなにかの役には立ちたいし、負けずに頑張りたい。よし、やるぞ、とPCに向かったところで、戻りました、の声。五百蔵さんだ。
「佐倉さん、まだ残っていたのですか」
いつもよりなんとなく疲れた声のような。手には大きな花瓶。やたら上手い生け花……と思った。五百蔵さんがデスクに花瓶を置くと、ゴン、と重量感のある音がする。ゆっくり隣のイスに座って、ふう、とため息をついていた。
「あまり根を詰めないでください」
それは五百蔵さんの方では……。ありがとうございます。と返すと、隣のイスがぐいっとこちらへ近づく気配がする。五百蔵さんの無表情が、じっとこちらを見ていた。
「佐倉さんの好きなものは何ですか」
至って真面目な顔なのに、小学生の自己紹介のような緊張しすぎた合コンのような質問。まるで大晦日の続きのようだった。好きなもの、好きなもの……と考えて、ぱっと出てきたのがシロクマだった。この前の休みに姪と動物園へ行ったから……。
「シロクマ。シロクマ……」
脳内データベースを高速で検索している音が聞こえてくるようだった。シロクマ好きなんです、って何回かターンがあった後の答えだよね。恥ずかしい。しばらく天井をみつめたあと、五百蔵さんの目が正面に戻ってきた。
「ではシロクマも検討します」
検討?なんのですか?まさか食べるとか……?と思いつつおそるおそる聞いてみる。「今度の新プロジェクトのデザインに」と即返ってきた。新プロジェクトのデザイン?シロクマを?生け花とかどら焼きとかと同じラインで?というか新プロジェクトの中身本当になに?混乱して言葉が出なかった。
「新プロジェクトのテーマが、『好きな人の好きなもの』なんです」
好きな人の……?とたぶん声に出ていて、五百蔵さんが頷く。
「私の好きな人は佐倉さんなので、佐倉さんの好きなもの、つまりシロクマが好きな人の好きなもの、ということになりますね」
五百蔵さんの好きな人が私でその好きなものがシロクマで?混乱してすごい顔でもしていたのだろうか。五百蔵さんが、今度ははっきりわかる形で微笑んだ。
「私は、佐倉さんが好きなのです」
あの時動物園で見たシロクマの、ふわふわしたお腹の毛を思い出す。気持ちよさそうで柔らかそうで、触りたいような怖いような、なんともいえない魅力があった。シロクマは何が好きなのかな。
じゃあ、私が、無類の納豆好きだったらどうするんですか、と聞くと、少し考えた後五百蔵さんはまた笑った。
「新商品が納豆デザインになるかもしれません」
それはそれで気になる、と2人して笑った。
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