五百蔵さん日記 近づく秋
9/5(木)
9月に入ったけど暑い。当然のように暑いけど大丈夫?という誰にでもない謎の問いかけをしてしまうくらいには暑さにうんざりしている。世間はもう秋ムードで、テレビをつければ「この秋におすすめNEWスイーツ」とか、「〇〇の秋 趣味をみつけよう」とかそういう特集ばかりで頭が混乱しそう。かき氷食べたい。
部長が、もう冷やし中華の季節も終わりだねえ、と呟いて眉を下げている。冷やし中華、好物なのだろうか。確かにもう近くのチェーンでも月見うどんやら月見牛丼やら、秋めいた商品の告知を目にする機会が増えた。なんとはなしに営業部への出入り口に目をやると、ちょうど五百蔵さんが外回りから帰ってきたところだった。取引先の近くにあったので、と五百蔵さんが紙袋を掲げると、みんな手を止めてそちらを向いた。
「冷やし焼き芋です」
絶妙~とみんなの心の声が聞こえた気がした。
9/9(月)
夏が終わった後に思い出すことって結構あって、今日取引先で花火の話題が出てそういえば今年は見なかったなと気が付いた。会社に戻ってきて、部内でも花火が話題になっていてタイムリーさに驚く。夏って終わりが近づくとと物悲しくなるのは何故だろう。
五百蔵さんは打ち上げ花火とかあんまり好きじゃなさそう、と思っていたら、四角さんが「五百蔵さんは花火とか見ますか?」と無邪気に質問していた。「私は見るよりする方ですね」と五百蔵さんが言う。する?まさか打ち上げを?
四角さんが、そうなんですね!と元気に言って話が終了したので真相はわからないけど、打ち上げ花火をあげる五百蔵さんのイメージがスーツで、暗闇の中から花火が上がる度に姿を現すその姿に想像とはいえ違和感を覚えた。
9/20(金)
先週のあれってどうなりました?と隣から聞こえてくる。五百蔵さんが同じチームの人に仕事の進捗を尋ねられているようだった。あれってなんだろう、となんとなく気になってしまう。少し間が空いた後、あれでしたら、と返事をする声がした。
「休憩室の冷凍庫に小分けにして入れてあります」
冷凍したご飯の話?先週のあれの正体はわからないままだった。
9/30(月)
仕事終わりで同期2人とご飯。部署は違うけど入社した時からずっと仲良くしている。女子3人集まって、基本的にはそれぞれの趣味と仕事の悩み、たまに彼氏や気になる人の話もする。今日はそのたまに、の日であったらしく、2人の最近興味がある人の話題になった。
社内で人気のある社員の話になり、その中にまさかの五百蔵さんが登場した。いやまさかって失礼か。確かに五百蔵さんはその人柄からあまりそちらに目がいかないが世間的に言えばイケメンだろう。たぶん。2人も、五百蔵さんねえ~と頷いていた。2人の語る五百蔵さんのイメージが面白かったので書き残しておく。
・顔は良いけど無表情
・塩むすび好きそう
・PCの壁紙デフォルトのままにしてそう
・エレベーターで開閉ボタンを間違えられて挟まれているところを見た
・焼き鳥屋で焼とん頼みそう
・内心甘じょっぱいが許せないと思っていそう
・四角さんの飼い主
・掃除のおばちゃんから人気がある
・実は35歳らしい
めちゃくちゃだが、そう見えているのか、と勉強になった。悪いうわさが出てこなくて何故かほっとしていることに気が付く。同僚を悪く言われたくないしね。五百蔵さんの年齢はたぶん私の1つ上なので26歳のはず。実は35歳、どこから、と思いつつ、五百蔵さんの落ち着きようを思い浮かべて違和感ないなと思ってしまった。
10/2(水)
16時頃、頭が疲れた感覚がありコーヒーでも飲もうかと席を立つ。休憩室へ行くと、コーヒーマシンの前に五百蔵さんがいた。ブラックかなやっぱり、とちらりと見てみると、透明な受け取り口ドアの中で滝のように流れるコーヒー。えっこれたまにある自販機バグだ。紙コップが落ちてこないやつ。声をかけた方が良いかと近づくと、五百蔵さんがこちらに振り返った。
「先週はコップが出たので、今週はエコウィークということでしょうか」
いやそんな無告知の悲しいエコはない。
自販機の下の方に書いてある電話番号へ連絡する間、流れて行ったコーヒーがほのかに香ってなんとも言えなかった。
10/8(火)
社内の廊下を歩いていたら、後ろから呼び止められる。明るい髪色の、パーカーの男性。企画部の二葉さんだ。あまり話したことはないけど、数々のヒット商品を生み出していてよく表彰されているので顔は知っている。我が社期待の発明家、と以前社報で見た気がする。すごい人なのに、ゆるい印象の、五百蔵さんとは真逆の見た目だった。
「佐倉さん、五百蔵と仲良いよね?悪いんだけどこれ渡しておいてもらって良い?」
はい、と小さな付箋を渡され、じゃあ、と長い袖を振り去っていった。

……五百蔵さんってアイドルだったのか?
10/9(水)
結局昨日はタイミングがあわず付箋を渡せなかったので、今日に持ち越してしまった。朝からそわそわしつつ様子を見て、昼休憩に入る直前にあの、と五百蔵さんを呼び留めて黄色い付箋を渡した。
「……二葉がご迷惑を」
深々とお辞儀をされてまた慌てる。どうやら前に拾った付箋の犬の絵や象の絵を描いてと頼んだ同期というのは二葉さんのことらしかった。企画部の同期。意外なところに繋がりがあるものだ。失礼かなと思いつつ、サイン考えてるんですか?と聞いてみた。
「二葉は時々面白がってこういうことをしてくるんです」
確かに昨日廊下で会った時、いたずらっこのような笑顔を浮かべていたような。
「私が佐倉さんともっと話がしたい、と言ったのをこうしてからかっているのでしょう」
では、失礼します。
……え、誰ともっと話がしたいって?佐倉?私?私の名前が出たような気がする、と頭で理解した頃には、五百蔵さんはもうそこにいなかった。
10/31(木)
サインの付箋の一件以来、なんとなく五百蔵さんを避けてしまっている。この日記に五百蔵さんが登場するのも久しぶりだ。変に意識するのも自意識過剰だし、同僚として仲良くしたいという意味でしかないことはわかっている。わかっているけど驚きはした。
一方の五百蔵さんは普段と変わらず、迅速に仕事をさばいていく。姿勢良いなあ。私もさっさと自分の仕事を進めなければ、とPC画面に向き合ったところで、「ハッピーハロウィン!」という声とともに普段通りのスーツ姿で部長が登場した。いつもと違うところと言えば手に持ったカゴくらい。営業部毎年恒例のゆるハロウィンだ。
部長がにこにことドアに近い席からお菓子の詰め合わせを配っていく。四角さんは初めてなのでものすごくはしゃいでいた。部長も嬉しそう。部長が自腹で開催しているこの企画、私が入社した当時にはもうあったので、もっと長く続くものなのかもしれない。お隣に座る五百蔵さんにもお菓子が手渡された。いつかの味噌まんじゅうのようにまじまじと袋を見つめている。
「とてもハッピーです」
こんなに嘘みたいなハッピー初めて聞いたな、と思った。
11/4(月)
段々寒い日が増えてきて、コートも厚手になってきた。そういえば五百蔵さんも出勤の時はコートを着ている。なんとなく寒さとかを感じなさそうと思っていたので毎年新鮮に驚いている。失礼。
先にデスクにいたので、出勤してきた五百蔵さんからおはようございますとあいさつされた。おはようございます、と返す。いつもと同じ紺色のピーコートだ。部長が、五百蔵くん新しいコートだねと声をかける。え、新しい?去年と同じ記憶があるけど……。
「仰る通りです。ボタンが1つ増えました」
なんとなく得意げな五百蔵さん。そこに気付く部長もやはり只者ではないと思った。
11/14(木)
休憩室へ行くと、「激辛カップラーメンって食べられますか?俺好きなんですよね~」と四角さんの声がした。確かに辛いもの好きそう。横に座ってコーヒーを飲んでいた五百蔵さんが、そうですね、と少し考える素振りを見せた。
「良い色を使っているなと思います」
器職人の感想みたいだなと思った。
11/29(金)
佐倉さん、と後ろから呼び止められる。以前二葉さんに呼び止められた場所と近かったのとぼんやりとしていたこともあり、二葉さんかな、と思って振り向いたら五百蔵さんだった。驚いた、と顔に出てしまっただろうか。
「突然すみません。この後の会議のことで少しよろしいでしょうか」
邪魔にならないよう廊下の隅に避ける。これは新入社員の時に五百蔵さんに教わったことだ。持っていた資料を指さしながら、こことここが、と五百蔵さんが気になる部分を指摘していく。確かにそうですね、はい、なるほど、しかない自分の語彙力がちょっと情けなくなった。でも指摘部分は会議でつっこまれたら答えに困っていただろうし、ありがたく内容をメモさせてもらった。ふと、五百蔵さんの視線を顔辺りに感じて横を向く。思ったより近い、いつもと同じ無表情。
「最近私を避けていませんか」
へっ、と素っ頓狂な声が出た。避ける、避ける避ける……確かに少し前までは変に意識してしまってそうだったかもしれない。今でもぎこちなかったかな。不快にさせてしまっていた?五百蔵さんの目の奥が、少し寂しそう、なようなそうでもないような。
「二葉のことでご気分を害されたなら……」
そんなことないです面白かったです付箋!と被せて早口。ああ恥ずかしい!でも気分を害するだなんてそんなこと絶対にない。サインが気にならなかったといえば嘘になるけど、五百蔵さんと話せるきっかけができて嬉しいとすら思っていた。慌てて振った両手が五百蔵さんに当たりそうになって、一歩後ろへ下がる。そんなことで逃がしてくれる人ではなかった。
「私のことが鬱陶しいなどということでなければ」
ぐいっと腰をかがめて無表情が近づく。居酒屋の時のように、少しだけ口角が上がっている、ように見える。
「もっと佐倉さんとお話がしたいのです」
考えておいてください、失礼します。
次の会議、なんとか平静を装って進行した自分を褒めたい。
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