Tom Vernonとは?
前回、ガーナのRight to Dreamを「完璧なモデルケース」として紹介しました。今日は、その創業者トム・バーノンという人物の凄まじさと、それに対する私自身のアフリカでの失敗を正直に書きたいと思います。
5万(約800万円)ドルから始まった、途方もない道のり。
Right to Dreamの創設者であるトム・バーノンがやってのけたことは、冷静に考えるほど、とてつもないことです。
彼はイギリス人で、19歳でガーナに渡り、アクラの自宅に16人の少年を住み込ませて、アカデミーを始めました。二段ベッドと机を運び込んだ、文字通りの手作りです。始まりの年間予算は、わずか5万ドルほどだったと言われています。
そこから、想像を絶する苦労が続きます。
一度ならず、資金が尽きかけました。特にリーマンショックの金融危機のときには、倒産の危機に瀕しています。そのときバーノンは、サッカーだけでなく「教育」に軸足を移すという決断をしました。アメリカの私立学校や大学と提携し、選手たちに奨学金の道を用意したんです。
この判断が、道を開きました。
「サッカーだけでなく、人を育てる」という姿勢が評価され、ナイキやタローオイル、キャタピラーといったスポンサーがつくようになった。そして、育てた選手が移籍金を生み始め、事業が回り出しました。
外国人がアフリカでアカデミーを設立し、時間をかけて育て、やがてデンマークのクラブ、FCノアシェランの経営にも参画し、最終的にはRight to Dreamグループが約180億円規模で評価されるまでになった。想像しただけで、その間に、数えきれないほどの困難が起き続けていたはずです。
私が今こうしてアフリカでプロジェクトを進められているのも、彼という成功例が、先に道を示してくれたからです。モデルケースとして掲げられる存在があること自体が、本当にありがたいと思っています。
私は、失敗しました。
ここで、自分のことを正直に書かなければいけません。私自身、かつてウガンダのプロサッカークラブに関わりました。そして、最終的に失敗しました。
自分自身の力不足でした。何もできなかった、というのが正直なところです。現地のレベル感、事業としての難しさ。そして何より、すべてを一人でやろうとしてしまった。その結果、何も成し遂げられませんでした。
かっこ悪い話です。でも、これを隠して前に進むことはできません。
あのとき足りなかったものが、今なら少し見えます。
一人で抱え込まないこと。再現可能な「型」を持つこと。
そして、先人が切り拓いた道を、謙虚に徹底的に追いかけること。
だからこそ今度は、バーノンがやってきたことを、徹底的に追いかけてみたいと思っています。ゼロから我流で挑むのではなく、すでに証明されたモデルを、忠実に。
プロクラブと、アカデミー。学んだステップを共有する。
私はこれまで、アフリカでプロクラブの買収業務も経験し、いくつかのステップを踏んできました。失敗も含めて、その経験は自分の中に残っています。一方で、アカデミーについては、再現性を持たせたいと考えています。
なぜなら、いつか誰かが「自分もやりたい」と思ったとき、あるいは私たち自身が他の国で展開するとき、その「型」をベースに持ち込めるようにしたいからです。本質の目的はアフリカの選手に機会を作ることですので、誰がやろうが、その結果選手たちに機会が創出されれば良いのです。
では、どう始めるか。「ゼロから」か、「パートナーシップ」か。
ありがたいことに、ザンビア側では、現地のプロクラブやアカデミーが、私たちに対して協力に手を挙げてくれています。問題は、どう進めるか、です。
選択肢は、大きく二つあります。
バーノンのように、文字通りゼロからアカデミーを立ち上げるのか。
それとも、既存のアカデミーとの「パートナーシップから始める」のか。
私の考えは、アカデミーのパートナーシップから始めるべき、というものです。
理由は明確です。現地でまず必要になるのは、選手だからです。
選手がいなければ、何も始まりません。
既存のアカデミーと組めば、そこにはすでに選手がいて、育成の土壌がある。
細かい方法は現地側と練る必要がありますがバーノンがいかにタレントを集められるようになったかの最初の数年分は現地と組むことで、基盤の選手は集められるのではないかと思っています。
まずその基盤に乗り、そこから良い選手が流入してくる流れを作る。
それが、最も現実的で、堅実な第一歩だと考えています。
ウガンダでプロクラブに関わり、力及ばず失敗したからこそ、今度は、正しい順番で進めたい。
あのときの反省を、ここで活かします。
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