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【小説】ラプソディ・イン・ブルー③/「#創作大賞」参加作品

安アパートの六畳間で、ひとりの男がシングルベッドに横たわったまま、漫然とテレビ画面を眺めていた。
男は、きょうも寝付けなかった。
いろいろと試してはいるのだ。
1時間ほど散歩をして、ぬるめの湯に30分ほどつかる。
アロマキャンドルで心を落ち着かせる。
ストレッチをして、早めに床につく。

これらの健康的な試みは一向に実を結ぶことはなく、男は次第によりアグレッシブな方法を選ぶようになっていった。
すなわち、酒と薬。
だが、余裕があるとは言えない男の懐事情で手に入るものは安酒と、期待度の低い睡眠導入剤だった。
その結果、男はきょうも夜通し、もんもんとし続けている。

これが理由、と一言で語れるわけではなかった。

一年前に明らかになった母親の病気。
病状は深刻で、専門的な治療を必要としたが、母はその重病にまつわる保険には入っていなかった。治療の継続にはこれまでの生活費を大きく上回る金が必要だったが、30代後半の売れない芸人の身でそれを賄うのは極めて困難だった。
かといって、父を早くに亡くし母ひとり子ひとりで支え合ってきたかけがえのない家族を見捨てることもできない。
そんな絶望的な状況の中で、ひとつの光明が差した。
男が芸人仲間の助けを得て、なかばやけっぱちでチャレンジした夕張メロンを24時間食べ続けるYoutube配信が奇跡的にバズったのだ。
しょぼくれた中年男が山積みの高級メロンを前に途方に暮れながらスタートした生配信は、フォロワー400万人のインフルエンサーの目に留まったことがきっかけで応援者がみるみる増え、男が用意した40個のメロンを丸一日かけて食べきったころには、80人ほどだったチャンネル登録者が1万人以上に膨れ上がっていた。

男の名は、ヒノデアキラ。

一躍、名を得た男はここぞとばかりに北海道の名産品を食べ続けるチャレンジを繰り返した。
毛ガニ。
トウモロコシ。
イカメシ。
思いつく限りの有名食材に手を出した。

しばらくの間はそれなりのPV数を稼いだが、急に増えたフォロワーは離れるのも早い。登録者数こそ急減はしなかったが、動画の再生回数は目に見えて落ちていった。
テレビのバラエティ番組にも何度か呼ばれはしたが、このままでは一年持たずに「一発屋芸人」のレッテルを貼られるのは間違いないところだった。

「なにか、探さないと……」

ヒノデアキラは日々の暮らしの中で、半ば無意識のうちにこの言葉を呟くクセがついてしまっていた。
その焦りからか、先日ゲストとして呼ばれた「北海道米の新ブランド発表」イベントでは「北海道知事に立候補する」などと口走ってしまい、所属事務所の担当マネージャーからはこっぴどく叱られた。
「勘違いしないでくださいよ!」
テレビの情報番組で取り上げられた映像をみてヒノデのコメントを知った15歳年下の女性マネージャーは、電話で彼を一方的に罵倒した。
「所詮は一発屋なんですから、調子に乗って好感度を落とさないでください。次の仕事に繋がらないんで」
そう言う割には仕事はとってこないくせに、と彼は思ったが
「スミマセンでした」
とただただ、神妙な声色を作って詫びた。

不安にさいなまれ、思うように睡眠がとれない彼はテレビを夜通しつけっぱなしにするようになった。ひとりで過ごす夜の静寂が、彼の不安を煽るように感じていたからだ。
その日も彼は、見るともなしにテレビをつけていた。
ドラマやアニメはとっくに終わり、午前3時を過ぎたころからは24時間のニュースコンテンツが放送されている。
それらの映像の中に、なにかネタになるようなモノはないかとも思うのだが、現状、彼はもうなにが面白くてなにが面白くないのかもわからなくなっていた。
ありていに言うのならば、それは「スランプ」とでもいうべきものなのだろう。
気づくとぼんやりと眺めていたテレビの画面が、繰り返しのニュース画面から、朝の函館の空が映し出されている。

「また、朝か」

日が昇り、世間が動き始める気配を感じると、不思議と数時間のうたたねをすることができるようになる。
ヒノデアキラは日が出たら眠れる、なんて洒落にもならない。
そんなことを考えていた彼の目に、珍しく刺激的な映像が飛び込んできた。

「8月25日火曜日の朝、おはようございます!ご覧いただいているのはいまの函館の様子です。爽やかな青空が広がっています。函館は一日を通じての降水確率が0%の予想ですね。つづいては今の小樽の様子です。こちらも雲一つない青空。ただ小樽では異常気象の影響でしょうか、銭函の海岸では不思議な現象が発生しているようです。

メインキャスターの宮沢一志アナウンサーは40代前半。張りのあるテノールが一日の始まりにふさわしい活気に満ちている。
映像はスタジオの宮沢アナともうひとりのメインキャスター、向山涼子アナウンサーのツーショットに切り替わり、2人のやりとりが始まる。

では朝一番のニュースをお伝えします。
小樽市銭函の海岸では、きのうの夕方から今朝にかけて大量のイワシとみられる魚が打ち上げられていることがわかりました。きょう午前に事態を知った小樽市内の水産関係者からは、漁業への影響を心配する声が上がっています。

☆☆☆☆☆

中継現場ではLIVEーUの繋がっているカメラからのモニターアウトで映像を見ることができている。ただ、モニターは菊地原が橿原に向けて抱えているので、画面を正面からみることができるのは橿原だけだ。
「はい、V乗りますよー。降りたら宮沢さんからカッシー呼び」
高橋の声が菊地原の耳に聞こえ、映像はVTRに切り替わる。
「Vでーす。降りたら呼ばれます」
橿原はモニターを見ながら頷く。まだハンドマイクは右手でだらりとぶら下げたままだ。

「うわ、酷いなこれ。あーあー、ずっと先まで、どうもならんわ」
海岸線を埋め尽くすばかりに打ち上げられた無数の魚。
小樽市銭函の海岸に打ち上げられた魚は幅3メートル、長さ数百メートルにわたって帯状に打ち上げられています。
きょう未明にこの映像を撮影した小樽市内の水産関係者は、漁業への影響を懸念しています。
「まずちゃんと船を出せるかどうか。あとはこれ、イワシだと思うんだけど、打ち上げられた原因だよね。赤潮なのか、アブラなのか。風評被害も心配だし、まずは漁協なり、どこなりに原因を調べてもらわないと」
小樽市の漁業協同組合は『関係機関と連絡を取り、早急に原因を確認したい』としています。
また小樽市は『打ち上げられた魚は安全性が確認されていないため、持ち帰らないでほしい』と呼びかけることにしています。

「はい、V降りたー」と耳に高橋の声。
VTRが終わり、スタジオカメラは宮沢アナを映し出す。
「呼ばれます!」菊地原は声を張る。

現場の小樽市銭函の海岸には、橿原さんがいます。橿原さん!

いつのかにかマイクを構えて体制を整えていた橿原がしゃべりだす。

「はい、小樽市銭函の海岸です。
私はけさ札幌から国道5号を車で移動しまして、30分ほど前にこちらに到着しました。
砂浜についてすぐ目に入ったのが、波打ち際に帯状に打ち上げられた魚の群れです。近づいてみますと、ごらんのように無数の魚が山のように折り重なっています。

菊地原は、橿原の動きを追うカメラにあわせてモニターを向けながら移動する。靴の中で砂がじゃり、と鳴る。

さらによく見てみますと、魚種はイワシのように見受けられます。大きさは10センチから15センチくらいのサイズのものが多いようです。
打ち上げられてからまだ、さほど時間が立っていないからでしょうか。魚体の損傷は少なく、腐敗臭のようなものは感じません。

「中継尺残り1分です」
高橋の声を聞き、モニターを両手で抱えていた菊地原はあわてて右手の人差し指を立ててみせる。
橿原は目の動きだけで『了解』と返しながらしゃべり続ける。

そして、海に目をやりますと海岸線から30メートルくらいでしょうか、海の中にはまだ魚の群れが見えます。ほぼ動いていませんので生きてはいないと思われますが、波が打ち寄せるたびに新たな魚が打ち寄せられ続けているという状況です。

「残り30秒」と高橋。
フロアディレクターの経験のない菊地原は、右手の親指と小指を折りたたんで『3』と見せ、その右手を握り込んで『10』を表す。これでよかったろうか。

一見すると新鮮なようにもみえるんですが、この砂浜に打ち上げられた原因がわかりませんので、さきほどのVTRの中でありましたように小樽市は「持ち帰らないでほしい」とコメントしています。周辺にお住まいの方は食べない方が安全かと思います。また、漁業への影響も懸念されます。

「予定まで、10秒前、ここのつ、はち、なな……」
聞き取りながら菊地原はかろうじて5秒前から、右手でカウントをだす。

今の時点ではまだ、行政の動きなどは見られませんが、このあと魚の撤去作業などが始まるかもしれません。動きがありましたらまたお伝えします。
宮沢さん!

中継の終わりに、スタジオキャスターの名を呼ぶのは『こちらの中継コメントはここで終了』の合図だ。3秒のタイムラグの後、呼びかけが聴こえる。

橿原さん、行政の動きなどはまだ見られないということですが、海岸周辺の人の動きなどはどうですか?

「おい、ちょっと待て!」
中継の真っただ中だというのに、野太い声が響いた。
あり得ない方向からの声に、菊地原はビクリと身体を震わせ、手に持っていたモニターを取り落としそうになる。
それはカメラマン・大崎の声だった。
カメラの前に立つ橿原は、マイクを持ったまま棒立ちとなっている。
「おい、みろ!アイツを!」
大崎は叫びながら橿原のはるか奥の海岸線にカメラをズームする。
「クマだ、クマだぞ!」
菊地原の手にしたモニターには、一頭のヒグマと見られる黒い動物がノソノソとこちらに向かって歩み寄ってくる姿が映し出されていた。


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