【小説】ラプソディ・イン・ブルー⑤/「#創作大賞」参加作品
「至急、至急!銭函の海岸に出現のクマは5頭に増加。応援と、銃器の使用許可願います!」
若手の警察官が無線でがなり立てる中、ベテラン警官は右手を腰の拳銃ホルダーにあてながら通告する。
「はい、今すぐ出て。この海岸にくる入り口道路より向こうに下がって。すぐ応援も来て、非常線張るから」
「あのー、5分だけ時間もらえませんか」
「ダメダメ、すぐ出て!」
「いまちょっと、車がすぐに動かせなくてですね……機材がぁー……」
無理を承知で菊地原が食い下がるのは、時間稼ぎのためだった。
ロケ車の中では大崎が撮影し、橿原がリポート収録を続けているはずだ。
他局のメディアがまだ嗅ぎつけていない今、クマ5頭の様子を1分でも30秒でも長く撮ることができれば、それだけ差をつけることができる。
「気持ちはわかるけど、非常事態だから!これ以上、いうことを聞かないと、公務執行妨害になるよ!」
脅しとはわかっていても、そういわれれば退かざるを得ない。
「わかりましたっ!いますぐ移動します」
車内にも聞こえるように大声で叫ぶと、リポートを続けていた橿原が菊地原に目を向け、「わかった」というように頷いた。
それを合図に大崎がカメラを下ろし、盛本は機材を椅子において運転席へと移動する。
警察官らの注意と関心は5頭のクマに集中し始めていた。
最初に海岸で魚を食べ始めた1頭は体調2メートルに及ぼうかという成獣。
後から来た4頭のうち2頭は、最初の一頭には及ばないが体躯は成獣らしく見える。そしてさらに小柄なクマが2頭。
「最初の1頭がオスで、そのあとの4頭はメス2頭、子グマ2頭でしょうかね」
若手警官のつぶやきに、ベテラン警官が応える。
「だとしても、珍しい組み合わせだ」
「ですね。せいぜい親子グマ3頭までは見たことありましたが」
「わたしは2頭までですね。それもオス・メス2頭だったんですよ!知床を車で走っていた時に……」
「君はいますぐ海岸から出て!逮捕するよ!」
剣幕に押されて、取材クルー一同が撤収作業をはじめようとしたその時、一台のバイクが軽快なエンジン音を立ててパトカーの横に滑り込んできた。
乗っていたのは銀色のヘルメットをかぶった中年の男。
バイクから降りると慣れた手つきでバッグから取り出したスマホを自撮り棒に装着し、手元で何やら操作をはじめている。
「ちょっと、そこの人!ここはいまから立ち入り禁止になるから。すぐでて」
年配の警察官が近寄り、中年男性を追い返すべく声をかける。
男はその呼びかけに返事をせず、スマホを掲げると大声で何やら喚き始めた。
「ここは小樽市銭函の海岸です。打ちげられた魚を目当てに、ヒグマがこの場所にやってきたというので、わたし、ヒノデアキラはその現場をいち早く確認しにまいりました。本来、クマは人里近い海岸まで降りてくる習性はないはずです。しかし、昨今のクマはヒトを恐れない世代に変わっている。ヤマのドングリが不作という年になった場合、クマはこれまでの境界をやすやすと超えてくる存在になっているのです」
男はしゃべりながら、ずかずかと海岸に向かって歩を進めていく。
「ちょっとアンタ!」
「待ちなさい!」
警官が二人がかりで男を止めようとしてもみ合いになる。
その様子に、すばやくロケ車から降りた大崎がカメラを向け、橿原が阿吽の呼吸でリポートをつけ始める。
「クマが出没した海岸です。クマから70メートルほど離れたこの場所に、自然保護の活動家でしょうか、スマホを持った男性が現れ、警察官ともみあいになっています!」
ヒノデアキラ、と名乗った男は警察官を振り切ろうとしながら、しゃべりつづける。
「そもそもクマが住んでいるエリアに人間が入り込んだことで、生態系は混乱してしまった。その結果が、あそこに見えている五頭のクマです。……五頭!?増えてるやん!なんでやねん!!」
その混乱の最中に、二台の軽トラックがパトカーの後ろにつけて停車し、2人ずつ、あわせて4人が降りて慌ただしく駆け寄る。
年のころは60代後半から70代に見える彼らは、それぞれ右肩に猟銃を背負い、そろいの赤い帽子をかぶっていた。
4人は男ともみ合う警官らの前で立ち止まったが、中でも最年長と見える顎に白い髭を蓄えた男がずいと前に出る。
「クマが増えとるじゃないかぁ!そんな時にオマエら、何をやっとるんじゃあ!」
虎の咆哮のように鳴り響くダミ声に、周囲の人間は全員凍り付いたように固まった。
「警察が市民の安全を守らんでどうする!そして、誰だか知らんがお前も邪魔をするなぁ!」
その迫力に気おされて、ヒノデアキラも警官もさっきまでの勢いはどこへやら、スゴスゴとパトカーのある位置まで後退する。
「……アンタらもさがれぃ!」
こうした圧には弱いらしい橿原は、おびえた表情でそろそろと下がり始める。
「わ、わたしは、私たちは!市民の安全のために、報道する義務があります。だから、下がれません!」
声を上げたのは菊地原だった」
「ダメダメ、道テレさん、下がって。オタクだけ非常線の中に残すわけにはいかないんだから。あとで記者クラブでも面倒なことに……」
ベテラン警官が声をかけながら、菊地原の肩に手をかける。
「も、桃ちゃん!ここは下がろう」
「やむをえんな」
橿原と大崎は、警察ともめることのリスクを気にしている。
「気に入ったぁ!」
白髭の長老は、また吠えるように言い放つ。
「嬢ちゃんは残ってよし!」
「ダメですよ、権田さん。メディアは外に出しますよ」
「では、こうしませんか!」
菊地原は白髭に対抗するように声を張り上げる。
「アナウンサーとカメラクルーは外に出します。その代わり、こちらのヒノデさんと私を残してください」
☆☆☆☆☆
道都テレビの報道フロアーではニュースデスクの有村と、早朝の情報ワイド番組「なまら早起きワイド」のプロデューサー・坂本がテレビ画面を見つめていた。
「なまはや」がイワシ打ち寄せの一報を伝えたのが午前5時。といっても、その時にクマが現れたため、その後はクマの出現に軸足を置く形で概要を伝える「本記ニュース」と橿原アナが送ってきた「現場リポート」のVTRを2度ほど繰り返していた時に、『クマが5頭に増えた』と収録を続けていたADから連絡が入った。
「マジか!おいおい、こりゃ大変だ。ヘリはどうしてる」
有村はブツブツと言いながら、デスク席に設置されているヘリとの無線連絡のトークバックをオンにする。
「DTV本社からDTV012・ヘリ、感度ありますか」
「……こちらDTV012・ヘリです。音声・山根です。いま離陸しました」
DTVは災害などの緊急事態に備えて、年間契約で市内の丘珠空港にチャーターヘリを待機させている。泊まり勤務のカメラマン・田中と呼び出しを受けた山根が急遽空港に向かい、ヘリ操縦士とともに飛び立ったのだ。
ヘリにはリモートカメラシステム「ウエスカム」が搭載されていて、映像をマイクロ波で手稲山の電波塔に送ることで、リアルタイムで送信することができる。
丘珠空港を飛び立ったヘリのカメラは北側の平野部分を映し出していたが、やがて大きく左に旋回し、眼下には早くも海が見え始めている。
「銭函の海岸だったら、最短5分でつくそうです」
「了解。そのままOA生テイクする可能性あります。田中さん、場合によってはリポートお願いしますね」
有村は自分より年上のカメラマン、田中にも呼び掛ける。
「田中さん、いまちょっとしゃべれないそうですー」
朴訥な人柄の田中が抵抗の意志を示しているのか、山根が代わりに返事をかえしてきた。
ヘリはあっという間に手稲山の北側を通り過ぎ、目的地へと近づいている。
「早っ!これ、生乗りしていいんっすよね!?」
デスク席のモニターを覗き込み、ヘリからの映像を確認しながら坂本は有原に問いかけた。
「大丈夫。乗るときに言って。ヘリに伝えるから」
「もう、いま乗りますよ。だってもう着きそうじゃないですか」
「おお、じゃあテイクしよう」
有村はそのまま無線のトークバックに向かってしゃべる。
「DTV本社から012、まもなく生テイクしますのでそのつもりで。広めで構えてじわズーで寄ってく感じでお願いします。ヘリは良きところで旋回まかせます」
「……ヘリ了解」
スピーカーからのヘリの応答を聞いていた坂本は、無言で頷くとフロアーに向かって早足で去った。
およそ十秒後、オンエアモニターの画像が空撮映像に切り替わる。
ご覧いただいているのは小樽市銭函の海岸です。
今朝一番のニュースの中で海岸にイワシと見られる魚が大量に打ち寄せられているという状況の一報を生中継でお伝えしました。
その際、その魚を目当てと見られるクマが一頭出現し、中継スタッフは警察に通報する一方、距離を取って待機し、番組は周辺住民の方に注意を呼び掛けてきました。
いま映像に映っている海と陸地の境目の銀色に輝く帯のようなものが、打ち上げられた魚と見られます。数百メートルに渡ってこの帯が続いていますが、その中央部でしょうか、動いている黒い生き物の姿が見えます。一,ニ.三、四、五。五頭。最初は一頭だったクマが、20分ほど前から5頭に増えてしまっています。
経験豊富なメインキャスター・宮沢はこれまでの情報をおさらいしながらよどみなく情景を描写していく。ベテランならではの落ち着きは番組にとって得難い財産だ、と有村は感じ入った。
「有村さん、なんか現場で警官と猟友会がもめてるみたいけど!これは下カメ、生でテイクしていいのかな?」
「え、なになに、なんだって?」
ヘリとの連絡で頭がいっぱいだった有村は、この時まで現場取材クルーの動向を確認していなかったことを思い出した。
あわてて現地からのLIVEーU映像をモニターで確認する。
大崎のカメラは猟友会らしき男たちの前で警察官が菊地原に詰め寄り、言い争っているような様子を映し出している。
「ダメダメ!なんだかわかんないけど、生はダメだよ。もめてるじゃん。ウチ、怒られてるのかも」
そういった瞬間、ヘリの映像がパトカーとその周辺が見えるサイズの映像を映し出す。
「おいおい!」
有原はあわててトークバックに飛びつく。
「012、その辺のいざこざは入れ込まないで!」
ヘリの映像は速やかにサイズを変え、何事もなかったかのようにクマへとズームする。
宮沢キャスターも何かを感じ取ったのか、現場周辺での不審な動きには一切触れぬまま、
「打ち上げられた魚と、クマの状況については新しい情報が入り次第、引き続きお伝えします」
と、いったん締めた。
「CMいってー!」
フロアマネージャーがインカム越しに小さく叫び、オンエア画面はCMに切り替わる。と、その画面いっぱいにヒグマの映像が映り、フロアにいるメンバー全員がギョッとした表情で手を止める。
元気いっぱい!ヒカリベツ・クマ牧場!!
賑やかな音楽とともに放送されたのは、クマ牧場のCMだった。
「あー、事故ったかと思ったー!勘弁してくれよー」
プロデューサーの坂本は、近くの椅子にドスンと腰を落とし、そのまま頭を抱えた。
