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【SS】ひとりごとからの解放 (1414字)  #シロクマ文芸部

 ひとりごとが聞こえてくる。まわりを見渡すと誰もがディスプレーに向かって何かぶつぶつと呟いている。

「何だよ、このロジック。使えないなぁ。俺ならこんなことしないぞ。何でこんな動きさせるんだよ」
「あー、もう嫌だ。早く帰りたい。毎日毎日、同じことの繰り返し、バグだらけ」
「今日も昨日の続きの入力かー。もうこんな仕事嫌だなぁ」

 どうやら自分に与えられた仕事に対する愚痴を呟いている。日の出が早くなったせいか、夏に近づいたせいなのかはわからないが、この時期になるとまわりから聞こえる「ひとりごと」が多くなるような気がする。そういう僕も気づいた時にはひとりごとを呟いているのかもしれないが。。。

 ここは小さな下請けのシステム開発部門。大手から無理難題の発注をもらって何とか売上を維持している会社だ。十時ごろになって部長がやってくる。部長と言っても部員が十人ほどの小さな部門だ。会社全体でも二十人くらいの社員なので、会社では中核の開発部門ということになる。

「皆さん、おはようございます。今日も会話が溢れ活気がありますねぇ。皆さんのやる気に感謝です。今日も多くの積み上がったバックログがあります。発注元からは督促も届いてますので、一時間でも早く仕上げてくださいね。会社の存続は皆さんの成果にかかっています。では私は外回りにでますので、よろしくお願いしますね。いばら主任、後は頼んだよ」
「はい。わかりました」

 茨主任というのは僕のことだ。部長に代わって部員の面倒を一手に引き受けさせられている。全く割に合わない。逃げ出そうにも、残される社員が気の毒で踏み出せないでいる。

「茨主任、これ本当に今日中ですか? 月に一度くらい定時という時間に帰りたいんですけど」
「ああ、田中くん、ごめんねぇ。必ず定時で帰れる日を作るから今日は残業してくれ。この通り」

 なぜ僕が頭を下げなきゃいけないのかと思いながらも、全てを飲み込んで部長の犬に徹している。定時をまわり夜になった頃、全員のひとりごとがまるでハーモニーのように繋がって聞こえ始めてきた。

「部長も主任もいらない存在だよ。全く」
「部長と主任がいなくなれば、もっと生産性が上がるのになぁ」
「あの人たちは仕事の依頼の仕方を知らないんじゃないの」

 僕は真剣に考えた。何とか社員の願いを叶えてあげたいと。スマホを取り出し、部長を呼び出した。スマホの向こうでは賑やかな声がしている。どうやら居酒屋で一杯やっているようだ。僕の中で何かが弾けた。

 部長は渋々と会社に戻ってきた。酔い覚ましには屋上がいいと思い、缶コーヒーを二つ買って屋上で待った。やがて部長が現れた。

「ヤァ、茨主任、遅くまでご苦労様。呼び出してくれたということは、ノルマ分の開発が完了したのかな」
「ええ、先方にはテスト済みのパッケージを送付しておきました」
「いやー、何から何までありがとう。後は代金が振り込まれるのを待つだけだな」

 僕は缶コーヒーを部長に渡して、星空を見上げながらひとりごとを呟いた。

「部長、僕と一緒にここから飛んでみませんか」

 とろんとした目になっている部長は理解しようとはせず、飛んでみたいという本能に後押しされた。缶コーヒーの独特な甘味が心の後押しをしたのかもしれない。僕も同じだった。

 僕と部長は両手を大きく開いて夜空に向かって飛んだ。僕は、星を見上げながら笑顔で最後のひとりごとを呟いた。

「これでやっと、ひとりごとから解放されたんだ」

 


あとがき

 そういえばコンピューター業界に入った頃、画面を相手にぶつぶつと呟いている先輩がいました。時には「何だこのやろー」などと画面相手に喧嘩しているような時もありました(笑
 愚痴を向ける先がない時、目の前の画面を相手にお喋りするのかもしれませんね。まわりからすれば、単なる「ひとりごと」なんですけどね。

 表紙の画像はCHATGPTに作ってもらいました(内容と誤差があるのはご愛嬌)


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